内田 伸輝 (映画監督)
映画「ふゆの獣」について
2011年7月2日(土)より緊急レイトショー! テアトル新宿 他順次全国
昨年の東京フィルメックス・コンペティションで最優秀作品賞を受賞した内田伸輝監督の『ふゆの獣』がいよいよ劇場公開される。予算は110万円、男女4人の登場人物が繰り広げるのはありふれた今の若者の恋愛事情。だが幻想ゼロの小さい物語はやがてドラマティックに疾走を始め、恋愛の普遍的な神秘さは海外からの審査員の心も掴んだ。役者たちを追い込み、烈しく強靭な恋愛ドラマを作り上げた内田監督に、即興の演出術やキャラクター作りなどをうかがった。(取材:深谷直子)
――4人で鉢合わせしたときのシゲヒサのセリフが傑作でした。浮気を正当化するために「料理と一緒だよ、味付け必要だろ?」とか突拍子もないことをいろいろと。あれは佐藤さんのアイディアで言っているんですか?
内田 料理というのは佐藤さんのアイディアで言ってますね。でも彼自身は全くそういうキャラクターではないので、役作りの上で予備知識が必要で、自分で勉強していたと思いますけど。僕の方では知合いにああいうことを言う人がいたのでそれを拾ったり、あとはネットで調べたりして「男の暴言集」みたいなのを作って渡していました。それを佐藤さんは結局全部言ったんですけど(笑)。
――そのシーンでは高木公介さん演じるノボルがシゲヒサと対峙して豹変するところもすごかったです。
内田 包丁を持つところですか。あそこでは包丁を持つという設定はありましたが、なぜ包丁を持つかというのはノボル自身は分かっていなくて、高木さんに役を追い込んで動いてもらったところですね。包丁はいわゆる力の象徴で、それまで言葉で負けてきたけどやっぱり負けたくないという意識が生まれて、包丁を持ってしまうっていうことなんです。でも本物の包丁なので実際の撮影のときは怖くて。ノボルが台所に行って包丁を持つんですけど、ユカコ役のめぐみさんはノボルの側に行く予定ではなかったんですよ。でもノボルが台所で吐き出したら思わず行ってしまったんですよね。僕としては「危ないな」とは思ったんですけど長回しで撮影しているのでもうストップはできず、本当にこれは誰か刺されるんじゃないかと思って恐怖でしたね。でも仕上がってみたらみんな大爆笑(笑)。
――本当に壮絶過ぎてみんな笑ってしまう感じでしたね、あの場面は。あと残るひとり、シゲヒサの浮気相手のサエコは4人の中ではクールで現代的な感じがしますが、キャラクター的な意味は?
内田 サエコ役を演じた前川桃子さんに最初に役柄の説明をするときに言ったのは、「サエコ自身は出世魚で、将来的にはユカコになるはずだ」ということなんですね。今はまだ別の魚の状態なので性格も違うんですけど、この事件をきっかけにユカコを尊敬するようになるのではないかと。また、実際演出するときは、他の3人があまりにもぶっ飛んだ状態になってしまうので、サエコには傍観者と言うか撮り手と近い目線を持っていてほしいなと思っていて、ある程度冷静なところもあれば捨てられた悔しさもあり、という形でやっていきましたね。
――確かにサエコのような役回りがいないと収拾が付かなくなりそうですね。この4人の鉢合わせのあと、彼らは部屋から走り出て、それまで密室劇といった感じだった映画が突然躍動的になります。
内田 登場人物が4人だけという狭いスケールの中でも、大風呂敷と言うかスケールが大きい部分を見せたいというのがあったんです。それで森の中だとかああいうところで突然スケールを大きくするっていうことをしました。
――ラストの森は衝撃でしたね。鳥居をくぐると異空間に行ってしまうようで。
内田 あの鳥居はファンタジーの入口っていう設定にしているんです。ほぼゴリ押しみたいなものなんですけど、鳥居をくぐれば神のみぞ知るという感じで、森が深くなっても何でもありだというような。
――撮影はどこでされたんですか?
内田 埼玉県の上尾市でしました。
――関東近郊という設定だろうなあと思って観ていると、いきなり田舎の風景になるのが不思議な感じでした。
内田 埼玉県というのは都内からも電車で通えて、でも15分なり30分なり歩いたら荒川があって田園風景があって、と本当に映画の中のああいう感じの風景がたくさんあるんですよ。映画を観ていると「こんな設定あるのか?」と感じるところもあるとは思うんですけど、決してぶっ飛んだ設定ではなかった。
――あと、意外で新鮮だったのは、こういう情痴の物語にベートーヴェンの音楽を使っているところです。クラシックを使おうと思ったのはなぜですか?
内田 僕自身がベートーヴェンがすごく好きで、日常でもよく聴いているんですね。最初は音楽なしの映画を作ろうかなと思っていたんです。こういう映画だと音楽は付けないことが多いですし。でも撮影中にベートーヴェンの「月光」に取り憑かれてしまいまして(笑)、絶対使いたいっていうのがありました。ラストの「ハンマークラヴィーア」については、追いかけるシーンに合う音楽はないかとすごくたくさん聴いて探しましたね。後期ベートーヴェンのピアノソナタなんですけど、聴いた中でとてもいい曲だったので使いました。
――踏切の遮断機の音とかカラスの鳴き声とかも絶妙な感じで入っていましたが、あれは後で入れたんですか。
内田 はい、遮断機などの音は後付けの効果音として入れました。入れるタイミングにすごくこだわって、どのタイミングで入れれば緊張感が出るかだとか合の手のようになって効果的になるかということを考えながら録音していきました。
――細かな部分まで考え抜かれているという感じですね。次回作はもう撮っているんですか?
内田 まだ撮ってはいないんですが、新作は常に考えていて、やりたい作品が長編で2本あります。でもまだ企画書を書いている段階ですね。
――それも恋愛ものなんですか?
内田 そうですね、恋愛ものもひとつ書いていますし、あとは恋愛ものでも夫婦愛と言うんでしょうかね、結婚した後の二人のやりとりとか、そういうのに興味がありますね。
――また即興でやるんでしょうか。
内田 状況によって変えていこうとは思うんですけど、自主映画でやる場合には絶対に即興でやっていきたいとは思いますね。
――商業映画のお話が来たらどうですか?
内田 即興が許されるのであれば即興で撮りますし、即興ではなく台詞を書いて脚本でやってほしいというのであれば考えます。いろいろな案が自分の中であって、例えば第1稿を書いて、読みあわせの段階でキャストのみなさんに台詞をあえて変えてもらってそれを取り込んでみようかとか。
――役者任せの生々しい即興的手法にはこれからもこだわりたいということですね。楽しみにしています。ところでフィルメックスで最優秀作品賞を受賞して賞金が出ましたよね。新作はそれで撮れますね?
内田 いやいや、そういうことはないですね。賞金に関しては借金の返済に消えていってほとんど残っていない状態です。
――そうなんですか。『ふゆの獣』は製作費110万円ということで、低予算と言われますけどやっぱりこの額を捻出するのは大変ですよね。それでも自主で撮りたいという思いがあるんですか?
内田 そうですね、撮っていかなければという気持ちがありますね。作品を作っていく中で、やっぱり至らない点というのは絶対出てきてしまうもので、もっとこうすればよかったっていうある意味後悔な部分というのが常にあって。次こそはそれを埋めたいって思うんですよね。あとは、作っている最中に次の新作のアイディアが自然に浮かんでくるんです。そんなにたくさんではないんですけどポツポツと。だからやっぱり撮りたいと思うのかもしれないですね。
――また、フィルメックスでの授賞理由のひとつとしては、チャレンジの姿勢を買って、映画作りを目指す若い人たちに活力を与えたいっていうこともあっただろうと思います。何か今映画作りを志す人に言いたいことはありますか?
内田 いやあ……、そうですね、3月11日の震災があって、多分作り手の価値観はあそこで大きく変わった気がするんですよね。映像作家の方々とお話する機会があると、何人かの方は、「3月11日以降価値観が変わったので脚本が全く進まない」というようなお話をされるんですよ。作り手にとってはしんどい状況ではあると思うんですけど、それを乗り越えて作っていきたいと自分も思いますし、乗り越えた作品を観てみたいという気持ちもあります。ともに作っていきましょう、としか言いようがないです。
――最後に公開を迎えてのメッセージをお願いします。
内田 この映画は自発的に作った自主映画です。本当に作りたい人が集まって撮った1本の恋愛映画です。ここに描かれた恋愛は、観る人によって受け入れられる人と受け入れられない人といると思うんですけど、何かが残ればいいなと思って撮りました。ぜひ観てください。
( 2011年6月2日 月島で 取材:深谷直子 )
主なキャスト / スタッフ
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