地球はイデ隊員の星

連載第27回 放送第15話『恐怖の宇宙線』(後の2)

 ウルトラマンと日本神話の相似について、多少粘ってみた前回でした。
 天上から降臨した光の力を持つ初代ウルトラマン。すなわち、日出る国の未来を平定する新しい神……。これはなにも、佐々木・実相寺の異能コンビによるシリーズ設定の拡大解釈というわけではないでしょう。
 「光の国から僕らのために/来たぞ 我等のウルトラマン」
 『ウルトラマン』の主題歌「ウルトラマンの歌」の有名なフレーズは、メイン監督・円谷一による東京一名義の作詞です。M78星雲=光の国。天照大神が治める高天原と、自然と連想が通じます。むしろ、初期設定のファンタジー要素を素直に解釈した結果として、具体的なモデル・イメージに近づいたのか。実相寺は1987年に出版した、ウルトラ・シリーズに参加していた頃をモデルにした半自伝的小説「星の林に月の舟 怪獣に夢見た男たち」(大和書房)のあとがきでこう書いています。
 「私のやった『ウルトラマン』は、佐々木守脚本の意図だが、地上に紛れ込んできた怪獣を、成るだけ殺生せずに元いた場所へ戻すように、ウルトラマンを仕立てている。これも円谷英二、本多猪四郎監督以来の怪獣イコール自然という公式からくる畏れや信仰が流れているからだろう。私のものに限らず、日本の怪獣もの、エイリアンものには、どこか異形への畏怖がある。」
 また、同じあとがきには「特撮ものは、神仏の世界と隣接している。」という、カミソリのような一文もあります。かなり久し振りに同書を本棚の奥から引っ張り出して、作り手側からのこれだけ端的な解説があったとは……と唸ってしまいました。最初から文献に頼らず、それこそ開高「裸の王様」の少年のようにまず自力でいろいろ考えてみるのも、本連載の目的のひとつでありまして。迂回の多さはごカンベンください。

 しかし、「星の林に月の舟」! 1989年3月にTBSで放送されたドラマ『ウルトラマンをつくった男たち 星の林に月の舟』を見て大感激、翌日には原作となった同書を買い、一気に読みました。数日後には専門学校の友人たちと世田谷区砧までノコノコ出向き、円谷プロ旧社屋の倉庫を見学させてもらったという。なつかしいなあ。
『地球はイデ隊員の星』イデ隊員シルエット 久し振りに思い出してみて、十代半ばからほとんど意識の外になりつつあったウルトラマン及び特撮ものへの興味は、そういえば一時期、あのドラマで急に覚醒したのだったと気付きました。人気俳優主演でスタッフたちの試行錯誤の奮闘を描く、バックステージの青春ドラマ。こういう成人対象の切り口、放送当時はかなり斬新で、大っぴらに話題にしてもいいのだ、と随分と力を得たものでした。なんでも大瀧詠一は、はっぴいえんど解散後、ソロになった頃に小林信彦「日本の喜劇人」を読んで衝撃を受け、子どもの頃に大衆芸能が大好きだったルーツと音楽活動を分けて考える必要は無いのだと気付いたそうです。この逸話に、僕の心理的手続きは似ています。まあ、戦後音楽界の大御所・大瀧の場合は自作にナンセンスや乾いたユーモアを持ち込む実験をすぐ実行に移し、僕はこの「イデ隊員」を始めるまでに20年余以上かかりましたから、似ているというだけで全く比べようはありません。ここらへんが、れっきとした才人と凡人の差です。

 子どもが描いた怪獣が実体化するアイデアの背景にある、児童の図画教育が熱心だった時代。当時の少年少女だったユーミンら国内ポップス第一世代への影響。実相寺が演出した『7時にあいまショー/坂本九』と〈シネマ・ヴェリテ〉の手法。そして、日本神話。第15話について書き始めた連載第24回以来、話題はめまぐるしく変わってきました。ところがよくしたもので、ノープランで思いつくまま書いたことは実はみな、怪獣ガヴァドンをウルトラマンが運んでいった空の向こう―夜空の星をムシバたちが見上げる姿に集約されるのでした。
作り手である大人と子どもそれぞれの宇宙へのあこがれと、満点の星空に神を感じた古代人の思いが、あのラストで交差しているのです。『7時にあいまショー』もハイライトは、九ちゃんの当時の最新曲「見上げてごらん夜の星を」の歌唱シーンでした。

 宇宙線と太陽光線の作用によって現れ、日が落ちると土管の絵に戻るガヴァドンは、変身後の「太陽エネルギー」による地上での活動が3分間に限られているウルトラマンと、実はよく似ています。宇宙から降り注ぐものによって実体化する同士。ウルトラマンが今回は戦いにくそうなのも当然で、そこらへんをカン良く見抜いていたのが、イデ隊員です。
 ようやく、第15話におけるイデ隊員の話に入れます。ただ、これまでの子どもがフィーチャーされた話と同様、イデ隊員はあまり前に出ません。目立つのは、ガヴァドン対策ミーティングの時ぐらい。しかし、そこでさすがなところを見せます。こっちが何もしなければガヴァドンは怠けて寝ているだけ、と気付いたイデ隊員は、こう提案します。

 イデ隊員のおとこ語録:第15話 「ヘタに手出しして暴れられるより、ひとつ、我々も怠けてみたら」

 やっぱりイデ隊員は尊敬すべき天才、根っからのアナーキストだ、とつくづく思います。科学文明社会の発展を阻害する怪獣が脅威なのならば、その発展自体をやめてしまおうではないか。今はこの提案が意味することが、非常によく分かります。ポスト・グローバル社会の新しい価値観を指し示す金言だと言い切ってよい。(つまりは佐々木守の脚本が凄い、ということです)
 だが『ウルトラマン』が放送された時代には、そこまで価値逆転に踏み込めば提案ではなく現状否定ととられてしまう。要するに早すぎる。イデ隊員の提案も、「バカモノ」と即座にムラマツキャップに却下されます。ただ、キャップが続けて「我々科学特捜隊の任務はだな、そういう宇宙の暴れ者と戦い、人類の永遠の平和と繁栄のために……」と訓告する時、金科玉条を信奉するタイプの教師や役人のようになってしまい、自分でもやや苦しげなのがおもしろい。さらに、いつもはイデ隊員と意見がぶつかることの多いアラシ隊員が「でもねキャップ。ひょっとしたら、イデの言う通りかもしれませんよ」と理解を示すのです。キャップも「う~ん……」と唸りつつ、提案の本質をすぐ理解し、一日待機して様子を見ることを決めます。さすがは科特隊。彼らが真のエリート集団だというのは、会議におけるこうした柔軟な姿によって証明されます。

ウルトラマン Vol.4/DVD しかしあいにく、ここまでが限界。ガヴァドンは「ただ寝ているだけで我が国の経済生活をメチャクチャに打ち壊すということが判明した」ため、科特隊指揮による防衛軍の攻撃が決定されます。イデ隊員はここで再び、夜のうちに土管の絵に戻ったガヴァドンを消してしまえばいい、と決定的なアイデアを出すのですが、これがあまりにも決定的なので(実行すれば怪獣も出てこないしウルトラマンが出現する理由もなくなり、番組そのものの不成立につながる)、今度はムラマツキャップとアラシ隊員両方に否定されてしまうのでした。
 イデ隊員の提案に、第14話でかなり気の合う仲であることが分かったフジ隊員はすぐ納得し、(ウルトラマンと一心同体である)ハヤタ隊員はノーコメント。ここらへんの人間模様がまたなんとも興味深いのですが、ここで僕がポイントにしたいのは、イデ隊員のアイデアが子どもの発想に近いところです。だから、大人の話し合いのなかでは乱暴に聞こえてしまう。イデ隊員も強いて意見を貫こうとはしない。つまり本人が、自身のナイーブな天分の価値にまだ確信を持ててはいない。これはウルトラマンが、ガヴァドンは果たして倒すべき相手かどうか迷う姿と相通じます。イデ隊員とウルトラマンはどちらも子どもと大人のあいだで揺れ、そして結局、子どもの側には付かない(付けない)のです。

 ガヴァドンが宇宙に運び出されていなくなり、悲しみながら星空を見上げるムシバたち。するとウルトラマンが「泣くな、子どもたち。毎月7月7日の七夕の夜、きっとガヴァドンに会えるようにしよう。この星空のなかに」と、ムシバたちの心に語りかけて約束します。
 ここで子どもたちの笑顔が戻って幕、となりきらないところが、第15話のものすごさです。「七夕の夜、雨が降ったらどうなるんだよ」とムシバがつぶやく、ほろ苦い余韻。至極もっともである素朴な訴えは、ウルトラマンの優しさが、すなわち大人側の配慮でしかないことへの鋭い批評となっていました。
 地球の平和を守るのと、子どもたちの夢を守ることは、実はあまりシンクロしない。そこの断層を汲み取り、ゆえにジレンマを抱える。初代ウルトラマンの新しいタイプのヒーローとしての魅力は、こうした点からも語ることができます。

 しかし、父権行使型ヒーローからの脱却に向かう途中とはいえ、それでも初代ウルトラマンはオトナなのだ。子どもたちが怪獣を生み出す奇想譚によってやんわりと批評してみせる第15話を咀嚼すると、佐々木守が後に脚本を書いた学園ドラマ「ピーマン白書」を見たくなります。1980年にフジテレビで放送された、成績の悪い中学生たちが自分たちを受け入れてくれる小学校を求めて全国を旅するという奇想天外な内容。放送当時はなにやらワケが分からなく、ちょっと怖いものを感じてすぐ見るのをやめたのですが、今やそう感じさせるほどの風刺の質が高く評価される、伝説のカルト番組です。後年、1993年に出版された切通理作「怪獣使いと少年-ウルトラマンの作家たち」(宝島社)に紹介されていたのを読んで、勿体ないことをしていたんだなーと思いました。
 そうそう、「怪獣使いと少年」を読んだ時の、こんなアプローチもあるんだ! という驚きも、本連載のパンの種です。「『イデ隊員』は切通さんの本みたいなのを狙ってるの?」とこれまで数人に聞かれ、人から借りて読んでそれっきりなもんで再読しないと何ともいえない、と正直に答えてきましたが、無意識の影響と敬意の念そのものは確実にあります。つながりついでにもうひとつ。同書のタイトルは『帰ってきたウルトラマン』屈指の人気エピソードであり、地球で静かに暮らす宇宙人を人間側が冷たく迫害する、という問題作「怪獣使いと少年」がもとになっていて。演出の東條昭平は、この第15話では助監督(クレジットは東条)をつとめているのでした。

(つづく)

( 2012.2.16 更新 )

(注)本連載の内容は著者個人の見解に基づいたものであり、円谷プロダクションの公式見解とは異なる場合があります。

『円谷プロダクション公式Webサイト: 円谷ステーション』 2012年3月24日(土)公開「ウルトラマンサーガ」

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2012/02/16/19:57 | トラックバック (2)
若木康輔 ,地球はイデ隊員の星
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