印象派のピエール＝オーギュスト・ルノワールの絵が動き出したかのような美しい映像

『ピクニック』はジャン・ルノワールがこの世に贈った最も美しい愛の映画だ。印象派を代表する画家で、高名な父ピエール＝オーギュスト・ルノワールの絵画が動き出したかのような躍動感！息子ジャンは父と異なる芸術の道に歩みながらも、偉大なる父から大きな影響を受けた。柔らかなモノクロの映像はため息が出るほど。『ピクニック』はかつて父が描いた代表作「田舎のダンス」、「ブランコ」といった印象派絵画の空気感を再現した、「フィルムによる印象主義」と謳われた映画だ。

夏のある晴れた日曜日。うららかな陽の光、風に揺れる樹木、穏やかな水面、幸せなピクニックの一日はきらきらと輝いていた。パリからやってきた結婚を控えた娘アンリエットとその家族。アンリエットは自然に導かれるように、現地の青年アンリに恋する。それは人生で一番華やいだ瞬間だった。そして待ち受ける別れと再会……。歓びと悲しみ。調和と崩壊。そこには人生の歓びや切なさが凝縮されている。

原作は、フランスの自然主義の作家モーパッサンの短編＜野あそび＞。19世紀の古きよき時代を背景にした絵画的作品でありながら、鋭い考察をもって、感情の深淵を見事に表現した。舞台は父オーギュストの愛したパリ近郊のセーヌ河岸。光の諧調までもが鮮明に見えてくるような抒情と官能に満ちたルノワール絵画の神髄だ。美しい自然の中、そこに息づく人々を、この世界の儚い一瞬一瞬として捉えている。

本作は映画史上に残る名シーンでも名高い。まずはアンリエットを演じるシルヴィア・バタイユが、ブランコに乗る場面。パリジェンヌが自然の中で感じる非日常の歓喜はなんと幸福な時であろうか。カメラはブランコをこぐ彼女の姿を見つめ、また揺れるブランコの下からも彼女を映し出す。揺らめく風景や彼女を眺める人々の姿もカットバックされ、画面に向かう我々観客もシルヴィア・バタイユと一体化してしまうのだ。また青年アンリとのラブシーンは、著名な映画批評家アンドレ・バザンに「映画史上、最も残虐で、最も美しい瞬間である」と言わしめた。

戦後70年――数奇な運命をたどった奇跡の映画が、デジタルリマスター版で待望の日本公開

本作が撮影されたのは1936年だが、公開されたのは、なんと10年後の1946年。最初の完成版は、戦争が勃発した後、占領してきたドイツ軍によって破棄されてしまう。ところが、オリジナルネガはシネマテーク・フランセーズの創始者アンリ・ラングロワによって救出されていたと判明。そしてプロデューサーのピエール・ブロンベルジェの執念により、当時アメリカに亡命していたジャン・ルノワールの了承を得て編集作業が進められた。戦争の不幸とそれに負けぬ幸運を経てきた『ピクニック』は、まさに奇跡の作品であり、平和の象徴とも呼べる作品でもある。

2014年、二つ目の奇跡が起こる。ピエール・ブロンベルジェの娘と、シネマテーク・フランセーズによってデジタルリマスター版が完成したのだ。今回のデジタル修復においては音声が見違えるほど向上した。

豪華なスタッフ・キャスト

アンリエットを演じるのは、今なお熱狂的なファンを誇るシルヴィア・バタイユ。その美しさ、優雅さ、可憐さにはため息がでるほど。フランスの著名な哲学者ジョルジュ・バタイユ、そしてジャック・ラカンの夫人だった知性派女優である。
余談ではあるが、この作品のスタッフ陣のなんと華やかなこと。助監督には、ルキノ・ヴィスコンティ、ジャック・ベッケル、アンリ・カルティエ＝ブレッソンなどの後の巨匠たちが勢ぞろいした。ジャック・プレヴェール、ジョルジュ・バタイユなども撮影に参加し、まさに幸せなピクニックを彩った。
ジャン・ルノワールという芸術家を知る上で恰好の逸話をもった『ピクニック』。この至福の映画が戦後70年を記念して日本でも公開となる。