私事だが、今年の2月にソウルへ行く機会があった。僕にとってははじめての韓国で、
大学の先生が小さなイベントへ招待してくれた。 3泊のあいだに美術にかかわる学生や若いアーティストたちにたくさん会ったが、
女性たちは当初想像していたような所謂韓国美人ではなく、自然な仕草と話し方の女性たちで、とても親近感がわいた。
もちろん男性たちもとても素敵でした。僕が会った人たちはほぼ全員、美術関係者だったので、
所謂普通の大学生やOLとはちょっと違うのかも知れないが、「子猫をお願い」の登場人物たちはソウルで会った「等身大」
の彼女たちを思い出させた。そして彼女たちは、日本の若い女性たちと同様、実によく携帯電話を使っていた。
もう大分前の事だが、携帯メールの普及で若者が文章を書く機会が増えているという事が話題になっていた。
若者の文学離れが解消しつつあるみたいな文脈だった。実際、今は多少治まったが、
通勤帰路の車内にはともすると一両の3分の1ほどの人が携帯に向かって作業しているのを目撃することがあってビックリさせられたことがある。
新しいメディアの出現は、新しい感情表現や、思考、そして感情そのものを作り出したりするものだが、
文字というメディアが戻ってきたことによって、昔の感情や思考が再発見されたりするのだろうか。勿論それが新しい通信メディアや、
それによる新しい感情の上に表れたものだから、突然情緒が昔の人のようになったりするわけではないだろうが。
映画の冒頭、通勤電車の車内にメールの文字が映し出されたとき、沈黙の多い都市の生活に、
知らず知らずに様々な情念が言葉と共に流れるという展開になるのかと想像した。障害者の詩人の書く詩と、
彼女たちの打つメールの言葉たちに共通事項を見出させられて行くというような展開を期待した。しかし良くも悪くも、
そんな大げさな物語の展開は起こらなかった。
同じ高校を卒業した5人の少女たちが、卒業後も月に一度は集まり、お祝い事や買い物などをするのだが、
学校時代は気にする必要のなかった事情や、現在の事情に少しづつ疎遠になってゆく。よくある話だが、
監督はそれを不必要に感傷的に描いたりはしない。
5人の女友達たちは仕事中でも友人といても、歩いていても、果ては他の電話に出ていても頻繁に携帯でやり取りし、予定をあわせる。
それぞれの隙間の時間を合わせてゆくそのやり取りは、パズルのピースを合わせて行くようだ。
彼女たちにとっての共通の言葉がまだそこにはある。
障害者である詩人の詩をタイピングするボランティアをするテヒは、愛情を感じる詩人からの彼女へ対する苛立ちを、
詩という形でタイプさせられる。それに対して、彼に対する物理的、
精神的な別離の言葉をやはりその中空に言葉を投げ出す機械に残すことになる。親密な二人きりの言葉を交わすテヒ。
物が飛び交うほど陰惨を極めた家から、何事にも動ぜず出社のための駅へと向かうヘジュの友人たちとの約束のメールは、
出勤電車の車内や残業で人気のないオフィス外壁に広告のように映し出される。友人の誰よりも社会性と野心を持ち、
無意識ながらも自身の美貌を利用することに長けた彼女が携帯メールで交わす友人達との約束や連絡は、矛盾するかのように「孤独」
な都会の風景に良く似合っている。
ジヨンが喫茶店で友人を待ちながら、子猫を抱きしめながら、書きつづけるテキスタイルのデザインは、勉強のためと言うよりも、
自らの心に平静をもたらす魔法の言葉のように見える。言葉がデザインとして示され、逆にデザインが平静さを保つ心の状態を表す。
感情がデザインとなりデザインが感情となる。
メインタイトルの世界地図とエンドタイトルのフライト・インフォメーション・ボード風が「海外」と「デザイン」をうまく混ぜ合わせていた。
けれども「海外」は「ここでない別の場所」なのは確かなのだが、一向に具体的な目的地は見えてこない。出てくる外国は、
フィリピンの船員だったり、やはり東南アジアの港湾労働者であったり、バスの車内で歯ブラシを売る不法滞在者だったりする。
それでもテヒにとってはここではない場所、行くべき場所を示唆する記号だ。
テヒとジヨンはフライト・インフォメーション・ボードの前に立ち、これからどこへ行こうか思案している。
めまぐるしく更新されるインフォメーションの前で、二人の後姿はたくましい。育ててくれた祖父母の死により帰る場所をなくしたジヨンと、
父系家族の幸せな家庭に耐えられず、帰る場所を捨てたテヒの「ここでないどこか」への出発は、まるでロード・ムービーの始まりの様だ。
彼女たちは自分たちにとって、新しい言葉を探しに行くのだろう。少なくともほんの短いあいだは携帯電話を持たないはずだ。
それぞれ登場人物が、幾つかの位相の言葉を持つというきわめて現代的なリアリティーと、それを捨ててみることを描いた映画としてみると、
「等身大」という良いのか悪いのかわからない言葉が、少し生き返るように思える。
(2004.7.20)
小林泰賢ディレクションで送る映像イベント『香港・ソウル・
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