自称「漫画芸術家」の青年と同人漫画とコスプレが趣味なOLの破天荒な恋の行方を描いた漫画を原作に、「比類なき鬼才」松尾スズキが初メガホンをとった本作は、
ポップな演出と切れ目なく放たれる笑いで観客を片時も厭きさせることがない極上のコメディー映画である。正直に告白すると、
特報と予告編を見た限りでは、食指が全く動かなかった筆者であるが、予想外に面白く何度も笑わされてしまった。一回性が強い面は否めないが、
鬱憤を晴らしたい時にうってつけの作品だろう。
驚くべきことにと言うべきか、当然と言うべきか、松尾スズキは映画的なドラマトゥルギーに一切拘泥する風がない。
その非映画的なスタンスが、却って本作に溢れるナンセンスなギャグや、
通常では挿入できそうもない表現をあっさりと許容する素地となっているように思われる。例えば、本作の主人公の二人は、
時折箍が外れたように喋って喋って喋りまくる。それも喋っているのは「心の声」だ。
その喋りに追随する形でカメラが動いていることに気がついた時、
それが漫画特有のモノローグ手法をそのまま実写化していることに気づかされる。こうした手法は、
通常では作品の映画的な枠組みや構造を破壊してしまうものなので、多くの場合避けられるものだろう。しかし、松尾スズキは平然と、
何の違和感も感じさせずに作品に取り込んでみせる。それどころか、
このマシンガンのように繰り出されるモノローグの数々が滅法愉快なだけではなく、映像に独特なリズム感を与えてさえいるのである。
漫画を原作にした映画は数あれど、本作ほど「ギャグ漫画テイスト」に溢れた映画を筆者は知らない。
また、松尾スズキは元々演劇人であるせいか、劇空間そのものが極めて演劇的なのも本作の特徴だ。屋内であれ屋外であれ、
本作の画面には奥行きが余り感じられず、大抵は舞台装置の置かれた舞台の延長にすぎないようにすら見受けられる。その証拠に、
しばしば演技の中心から少し外れた画面の隅で、敢えて人を動かして笑いを誘う小ネタを盛り込むという荒技を披露しているが、
これなども(舞台を)観客に見渡されるという視点がなければありえない発想であるように思う。なんにせよ、本作に見られる特徴は、
閉鎖的な空間の連続によって劇を進行させることになる一方、濃密な劇空間の構築にも繋がっており、舞台空間的「間」
の取り方が自然と活きる画面構成となっている。
スラップスティックなギャグとナンセンスな表現で埋め尽くされた本作だが、実は意外なことにそれほど荒唐無稽な印象は与えない。寧ろ、
青春ラブコメに必須とも言える、爽やかさと甘酸っぱさを備えているのだから驚かされる。これは何と言っても、
ラブコメの王道的な展開を巧みに包摂した物語の骨格の堅牢さに起因しているのだが、それ以上に大きな比重を占めているのは、
何度も何度も繰り返し挿入されるキスシーンによると言えるだろう。息遣いが感じられそうなくらい生々しく濃密なキスシーンを、
執拗と言えるくらい繰り返し描くことによって、本作には漫画や演劇にない映画特有のリアリティが与えられているのである。
もしも本作が凡百のラブコメの如く、キスシーンが一度くらいしかなかったならば、犬も食わないような酷い代物になったに違いない。
漫画的テイストと演劇的魅力、更には映画的な興奮が絶妙な形で統合された本作だが、難点がないわけではない。
それは本作が王道からの意図的な逸脱によって物語のテンポとバランスを巧みにコントロールしているがゆえに、
最後の最後で物語を落とし切れなかったことだ。嘔吐という形で定型化された逸脱方法を最後まで用いて物語そのものを矮小化させるか、或いは、
ラブコメの王道に回帰する形をとるのか。恐らく、松尾スズキ最後のオチをどうするのか、かなり迷ったのではないかと思う。結論から言えば、
かなり肩透かしなオチになってしまっているのは否めないわけだが、最後のオチに全てが集約されるタイプの物語ではないので、
それほどとやかく言うほどのことはないかもしれない。とにかく、愉快なひとときを過ごせること請け合いの快作であることに変わりはない。
なお、本作には実に多くの"業界人"がカメオ出演している。個人的にアニソンの帝王・
影山ヒロノブの熱唱を大音量で聴けただけで随喜の涙が出そうになったが、中には「え、あの人が?」
というくらい有名な漫画家も名を連ねており、画しか知らないような漫画家の顔を拝むことができる。
エンドロールには配役名と併記されているので、記憶と照合してみるのもまた一興だろう。本編とはなんら関係ないことではあるが、
こっそりと仕掛けられた松尾スズキのこうした遊び心に、本作の魅力の秘密の一端を垣間見ることができると思う。まさしく、
本作は作品の隅々までエンターテインメントに徹した上質の娯楽作品なのだ。
(2004.10.20)
主なキャスト / スタッフ
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