今月の注目作
(2005 / 日本 / 宮藤官九郎)
人間不在のお笑いを如何にして笑うか

仙道 勇人

 恥を忍んで最初に断っておきたいのだが、筆者は本作の原作を読んだことがないし、 連載当時に手塚治虫文化賞のマンガ優秀賞を獲得していたことも知らなかった。原作者のしりあがり寿の描く世界と言えば、 現在朝日新聞夕刊で連載されている「地球防衛家のヒトビト」くらいしか知らない。イラストはちょくちょく見かけるけれど。当然、 本作の桜を背景に弥次喜多コンビがハーレーに跨っているポスターを見た時は、ぶっ飛んだ。まさしくぶっ飛んだのである。「あの『弥次喜多』 がハーレーに跨ってるってどういうことだ?!」と。このありえない世界観を当然のように描く作品とは如何なるものなのか、 観てみたいが観たくもないような……。

 そんな複雑な思いを胸に秘め、スクリーンと対峙して数十分。愛する喜多さんを薬中から更生させるために、 彼を引き連れてお伊勢様参りの旅に出る弥次さん。道中に立ち寄る宿で様々な難問に直面しながらも、 二人はそれを乗り越えてひたすらお伊勢様を目指していく――この基本構成が見えた時に、筆者の脳裏に閃いたのは、 本作がある種の地獄巡りなのではないのか、ということであった。冒頭シーンで「なんで俺の見た夢を知ってるんでぃ?!」 と弥次さんに問われた喜多さんが、実に奇怪な返答をする。「そらぁあよ……、そいつは俺の夢だからに決まってんじゃねーか……」と。勿論、 それは薬物中毒による妄言という形で処理されていた。しかし、実は妄言などではなくて、全てが喜多さんの妄想だったとしたら――?即ち、 作品では二人は仲良く東海道に旅立っていたが、本当は初めから旅になど出ていなかったと考えられはしないか。

 本作が薬物中毒末期の喜多さんの妄想を描いた話だと考えると、全てのシュールな表現も説明がつくかもしれない。が、それ以上に重要なのは、 妄想の東海道を旅する喜多さんが、各宿で様々な"生"の情動を繰り返し体験していくことで、 少しずつリヤルを取り戻していくという構造になっていることだろう。この旅の行き着く終点である伊勢で、 喜多さんは人が決して体験することの出来ない最後のリヤルである「死」を得て、遂に魂の平安を手にする……。つまり本作は、 重度薬物中毒である喜多さんの死出の旅路(それゆえに「真夜中の」と冠されている)を描いたメタ作品であり、 ダンテの神曲にも一脈通じた構造を有した作品なのではないのか、そう筆者は想像したのである。

 ――想像したのであるが、これはやはり筆者の単なる妄想に過ぎなかったと言わねばならないようだ。 確かに本編でも冥府巡りをすることになるという点においては、この想像も強ち妄想と言い切れなくもない。が、 しかし本作を覆い尽くしている無邪気なまでの能天気ぶりからは、宮藤官九郎がそうした構造性に留意しているようには到底思えない。 本作にあるのは徹底的な逸脱と軽薄さだけなのである。言い換えれば、ただひたすらに一切を"ネタ"に還元しているだけであり、「生身の人間」 というものが全く描かれていないのだ。

 スラップスティックな――そう表現すれば耳障りはいいかもしれないが、本作に見られる笑いはスラップスティックと言うよりも、 場の空気や勢いだけの一発ネタを数珠繋ぎにして場を保たせているだけに過ぎない。驚くほど巧みに場と笑いを繋ぎ合わせてはいるが、 これがテレビの「お笑い番組」仕様の構成であることは誰の目にも明らかだろう。その証拠に本作にはなんと多くの「お笑い芸人」が顔を見せ、 己がネタを披露していることか。その画面はさながら"お笑い超特番"といった風情が濃厚に漂う。昨今のお笑い好きの人ならば、 この馴染み深い空気を十二分に楽しめるのかもしれない(事実、筆者の隣で観ていた女子高生は手を叩いて歓び、 左斜め後方のいた中年もネタの度に声を出して反芻しながら楽しんでいたようだ)が、 笑いを表現するにしても芸人がネタを披露するだけでこと足れりとするような姿勢には、個人的に疑義を抱かずにはいられないのである。 映画としては余りにも薄っぺらで、余りにもインスタント過ぎはしないか、と。

 確かにクドカンは、その笑いのセンスに関して当世随一の脚本家と言っていいかもしれない。テレビ世代の感性を彼ほど熟知し、 的確に把握している人間はいないとも思う。しかし、そうであればあるほど彼の表現するものは、「テレビ」 という枠組みの中でこそ輝きわたるものなのではないだろうか。本作によって、 お笑い(芸)と喜劇の間に如何に巨大な断絶が横たわっているかを、まざまざと見せつけられた思いがしてならない。

(2005.4.15)

2005/05/01/13:14 | トラックバック (0)
仙道勇人 ,今月の注目作 ,真夜中の弥次さん喜多さん
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