(ネタバレの可能性あり!)
脚本家・宮藤官九郎の最新作は舞妓映画。そのタイトルも「舞妓Haaaan!!!」だ。遊び心たっぷりというかふざけているというか、このタイトルを初めて知ったときは我が目を疑ったものだ。しかも主演を阿部サダヲが務めるという。もはやこの時点で、「祇園の姉妹」(1936)や「古都」(1963)のような、昔ながらの京都の風情を楽しむ作品でないことは明らかだ。
実際、予想に違わず宮藤官九郎テイスト満載のハイテンションな映画だった。宮藤は「GO」(2001)や「アイデン&ティティ」(2003)などストーリーに比重を置く脚本も手がけたが、最近では「真夜中の弥次さん喜多さん」(2005)など歌、ダンス、お色気といった様々な要素を盛り込んだコメディ的映画で監督としても活躍しており、本作はその流れを汲むものとなっている。
さて物語は、阿部サダヲふんする鬼塚公彦が「舞妓さんと野球拳がしたいっ!!」という中学時代からの悲願をかなえるべく奮闘するというもの。社長の眼鏡に叶うように画期的なアイデアで会社に貢献し、ついにお茶屋に入るのだが、そこには鬼塚の舞妓ファンサイトにいちいち難癖を付けてくるお茶屋荒らしの野球選手、内藤貴一郎(堤真一)に出くわし、しかも席を台無しにされるのだった。因縁の相手と勝負をつけようと、鬼塚は彼に張り合って野球選手、俳優、格闘技選手、ラーメン屋、議員、市長選とのし上がってゆく。
宮藤官九郎が仕掛ける、ハイスピードで、ハイテンションで、アクの強い、畳み掛けるようなギャグの連発。そこにきて主演の阿部サダヲだ。彼のエキセントリックな演技が本作のノリにマッチし、特異な娯楽作品としての個性をくっきりと際立たせている。ただ、ハイテンションで突っ走る作風には、途中で少しばかり食傷気味になった。序盤に鬼塚が立ち回る「嫌われ松子の一生」(2006)ばりのミュージカル、「電車男」(2005)にも似たネット上の掲示板でのやり取りなど、臆面もない東宝映画のセルフパロディで笑いをとるが、鬼塚が所狭しと奇声をあげて駆け回るスラップスティック的な場面など、もはや悪ノリの域であり、抵抗を覚える人がいるかもしれない。しかしそれは変に含みを持たないストレートなコメディ的表現の連続でもある。悪ノリし過ぎるのを除けばだが、自分も思わず声を上げて笑ってしまうほど楽しんでいた。
とはいえ本作はスラップスティックなギャグだけの映画、というわけではない。今回宮藤が選んだ舞台が京都のお茶屋ということから、お茶屋についてのガイドの役割も果たしている。たとえば「一見さんお断り」という言葉が本編の重要なキータームとなってくるが、そういった基本的なルールは作中で巧みに説明されていて、世界観に興味を持ちやすい。ただ、いかんせん本作はコメディに比重が置かれているため、伝統的なお茶屋の雰囲気を楽しむというものではない。現代のコメディ脚本家による新たな語り口で昔ながらの日本が描かれる、と考えたほうが適当だろう。
ではその現代のコメディ脚本家の口を通じて、何が語られるのか。
舞妓に心酔し自分を捨てた鬼塚を追って、自ら舞妓になった恋人の富士子(柴咲コウ)。彼女は鬼塚の前に何度か現れるものの、彼はそれに全く気づかない。鬼塚が何を見ているのか、それは舞妓である駒子(小出早織)に思わず口走るセリフからも分かる。
「駒子ちゃんが舞妓じゃなかったら、嫌いになるにきまってるでしょ」
この言葉に、駒子や彼女の母はもとより、鬼塚自身も驚く。慌てて訂正するが、まさにそれは言い間違いならぬ本心の言葉だ。また、舞妓に扮した富士子に気付かず本人の前で、鬼塚は彼女と再会したことを、「何ていうか、いつの間にか女らしくなってて……」と漏らす。短期間とはいえ舞妓を務めた彼女に舞妓の姿が残っていることを、彼は敏感に察知するのだ。ただただ舞妓さんと野球拳がしたい、その執念だけに生きてきた彼にとって、舞妓は一般的な恋愛対象となるような生身の女性とは一線を画する。むしろ彼女たちは、あくまで一定の距離を取って愛でるべき理想の女性像、すなわち“幻想”という意味合いを持つ。
野球選手として一稼ぎした鬼塚には、お茶屋遊び以上のチャンスが訪れる。舞妓の旦那になる余裕ができたのだ。さっそく彼は駒子の旦那になりたいと申し立てる。旦那は舞妓や芸妓に帯や着物を与えるなど、身の回りを経済的にバックアップする役割にあずかれる身だ。かつてそれは男性の最高のステータスであり、露骨に男女の関係を意味していた。旦那とはすなわち舞妓の“所有者”なのだ。鬼塚は結果的に駒子の旦那=“所有者”とはなれないが、代わりに、終盤の演芸で内藤と並んで舞妓姿で舞台に引っ張り出される。その時の彼が、はにかみながらも何とも嬉しそうな顔を見せたのだ!このシーンで私は、自分がそれまで何か勘違いをしていたことに気付いた。実は彼は、舞妓という“幻想”の“所有者”になる、つまりモノにすることよりも、“幻想”と同一化する、つまり舞妓そのものになるという究極の願望成就を見ていたのだ、と。
「京都ももう終わりだな」と、演芸場の舞台に立った鬼塚の舞妓姿を見て鈴木社長(伊東四朗)はつぶやく。その一方で鬼塚は「京都は日本の宝だー!!」と絶叫する。一度は“幻想”と同一化し、京都の伝統に受け容れられた鬼塚でもさすがに本当の舞妓になれるはずはないが、その代わりに、何十年後かにちゃっかりお茶屋の下足番に収まっている姿を見せる。では彼の舞妓そのものになる願いはどうなったのか。彼の行き着いた先が下足番というお茶屋の伝統を支える一員だということを考えると、彼の舞妓になるという究極の願望は、舞妓たちの伝統それ自体になる想いへと変容したことになる。すると先の鈴木社長のと食い違う鬼塚の叫びは、新世代が旧世代に代わって伝統を受け継ぐ、いやむしろ伝統そのものになる意気込みだったとさえ言うことができるだろう。
そして今回舞妓を扱った宮藤官九郎もまた、コメディ、そして映画として日本の伝統を新たな形で継承しようとした一人だといえる。つまり本作によって彼は、新世代による伝統の新たな継承を謳っている、と言えるだろう。そんな作品のタイトル「舞妓Haaaan!!!」とは、彼、そして私たち若い世代の、舞妓への熱い呼び声でもあるのだ。
(2007.7.1)
舞妓Haaaan!!!
2007年 日本
監督:水田伸生
脚本:宮藤官九郎
撮影:藤石修
美術:清水剛
出演:阿部サダヲ,堤真一,柴咲コウ,小出早織,京野ことみ,
キムラ緑子,大倉孝二,
生瀬勝久,真矢みき,北村一輝,植木等,
木場勝己,吉行和子,伊東四朗
(C)2007 「舞妓Haaaan!!!」製作委員会
6/16(土)より、全国東宝系にて公開中
主なキャスト / スタッフ
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