白血病による恋人との死別――
悲恋物語のモティーフとしては新しいわけでも珍しいわけでもなかった本作の原作が、空前の大ヒットを飛ばしている。恐らく、
現在進行形の物語ではなく、物語に「過去の追憶」というフィルターをかけたことが、
多くの人に感銘を与えた最大の要因だったのではなかろうか。本作は、その原作をそのまま映画化するのではなく、
少しだけ未来の地点から描くことで、原作を読んだ人にも楽しめるようにしたという。
物語は大別すると大沢たかおのパート(原作)と柴咲コウのパート(オリジナル)に分けられているのだが、
現在の風景を曇り空の暗い映像にし、過去の風景をビビッドな映像に分けるなど、
丁寧に作り込まれた大沢パートは実に味わいのある仕上がりである。
初めての恋愛、二人だけの秘密、白血病といった、言ってしまえば手垢にまみれた素材を、例えばバイクの二人乗りをして
「胸があたるのわかる?」という無邪気な問いかけ、緊張しつつ初めての口づけを狙ったがものの見事に空かされる――
といった青春ラブコメディのクリシェを臆面もなくふんだんに用いることで、巧みに"アク抜き"してみせる行定監督の手腕が鮮やかだ。加えて、
さり気なく配された小道具達の存在も見逃せない。深夜放送にウォークマン、
ファミコン専用のキーボードといった80年代を端的に象徴する小物を所狭しと画面に配することで、
ある時代の雰囲気が匂い出してくるような奥行きのある映像群に仕立て上げられているのである。
小道具と映像とによって構築された回想シーンの数々が、どうしようもなく眩しい本作であるが、その画面の中心に絶えず輝いているのは、
長澤まさみの瑞々しい存在感である。その彼女が次第に病魔に冒されていく様は、やはり痛々しいし、空港で倒れた亜紀を抱え、為す術もなく
「助けて下さい!」と叫ぶしかない朔太郎の姿は誰の胸にも堪えるだろう。このクライマックスの悲痛で劇的な雰囲気は、
予定調和という言葉を軽くいなした屈指の場面と言えるだろう。
ただ、本作の両輪の一方をなす柴咲パートの処理がそれほど上手く行われているとは言い難く、
木に竹を接いだような歪みが感じられるのは否めない。柴咲扮する律子にも共感させようとして様々な肉付けを施して、
却って作品の贅肉と化していると言うべきか。柴崎コウ扮する律子の不可解な行動が、物語を牽引するという体裁をとっているのだが、
それによって物語の主体が大沢パートなのか、柴咲パートなのか曖昧になってしまっているのである。このアプローチを試みるのであれば、
律子の造形描写やエピソードを今以上に織り込まないと、大沢パートとのバランスがとれないのは明らかだろう。何より原作の「追憶の物語」
から踏み出した部分、すなわち二人の出会いと生活風景といった現在状況が描かれないと、「亜紀と朔太郎の物語」に酔っている観客の意識を、
「朔太郎と律子の物語」に引き寄せることは難しいのではなかろうか。大沢パートが素晴らしかっただけに、
それに比例して柴咲パートの弱さがはっきりしてしまうのは皮肉なことだし、何より作品として勿体ない。
が、実は本作の最大の問題は柴咲パート出来不出来にあるのではない。それは幕切れのオーストラリアの場面によって、
それまでの全てを台無しにしてしまっているということだ。いちいちあげつらうことは敢えてしないが、
少なくとも一度でも実際にウルルを目指したことのある人間には、
この一連のシークエンスの描写が普通では殆ど考えられない状況なのは自明すぎるほど自明なのである。はっきり言ってしまえば、
このシークエンスを考えた人間は、ウルルの鎮座するアウトバックのこと殆ど何も知らないだろう。シーンの繋ぎ方一つからして、
想像で書いていることが露呈されてしまっているのだ。キャストと映像に支えられた、この切なさに彩られた虚構の華が、最後の「大ウソ」
であっけなく萎れてしまったのは残念としか言いようがない。
(2004.5.10)
主なキャスト / スタッフ
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