今月の注目作
(2004 / 日本 / 行定勲)
世界の果てまで逃げ延びろ!

膳場 岳人

 見る者の人生/恋愛経験によって、かなり好き嫌いの分かれる映画ではなかろうか。高校時代、 淡くも真剣な恋をしたことのある人にとっては、魅了される要素の多い作品かもしれない。心底好きだった相手を事故や病気で亡くした人なども、 心の奥深く秘めていた喪失の哀しみを刺激され、平井堅熱唱のエンディングにいたっては滂沱必須なのかもしれない。

映画の出来不出来とは関係なく、そういうことは大いにありえる。筆者が『菊次郎の夏』の夢のシーンで号泣する理由なんて誰にも分かるまい。 みんながみんな、ひと時の涙を流すことで浮世の世知辛さを忘れようとしている時代なので、こんな映画が必要とされるのも分かる気がする。 片山恭一の原作の売上、251万部(5/7現在)は出版不況のご時世では圧倒的である。しかし、 原作を購入したもののわずか数ページで挫折し、薄幸の美少女との悲恋を、 何千パターンも妄想はしたがとうとう実践することのなかった工業高校(当然男子校)出身の筆者などには、これはもう拷問に近い映画であった。

描かれる物語にも、人物にも、出来事にも、人々の感情にも、まったくリアリティを感じられないのである。その理由は上述したように、 「それはあんたがこういう経験をしていないからだよ」と悉く反駁されかねない要素を多分に孕んでおり、内心、「ひでえ映画だ!」と思っても、 「歪んだ孤独な青春を送ったあんたに、この映画を論じる資格はない!」ともう一人の自分が言い返すありさま、平井堅が熱唱する頃には、 くたくたに疲れ果ててしまっていたのであった。

見所はある。男性客の誰もが指摘することだろうが、男の美少女幻想をみずみずしく体現する長澤まさみは特筆ものだ。 焼けた素肌に迸る健康的なお色気。南国に生まれ育った者にとっては、彼女の色の黒さに郷愁をくすぐられずにいられなかった。 長澤がオレンジ色の水着で画面一杯に波と戯れる、アイドル映画さながらのスローモーションは、 是非ともスクリーンで見て堪能して頂きたいものだ。おじさん、頭がくらくらしてしまいました。

しかしそれはプロモーションビデオでも借りてくれば十分満喫できる範囲のことなので、少しは物語にも触れねばなるまい。 声高に主張されなくとも、確かに人は亡者に人生を支配されるものだ。イエス・キリストが磔刑にならなかったら、 今の西欧文明はないのと同じことである。しかし、亡者の呪縛に徹底抗戦するからこそ、新しい価値観や社会変化が生まれ、 歴史は新たな局面へ向かって鳴動するのだ。

だから、早世した長澤に妙なトラウマを仕込まれた大沢たかおと柴崎コウは、彼女の呪縛と徹底的に戦うべきだった。 逃げても逃げても追いかけてくる腐乱したゾンビの長澤を足蹴にして、丸刈りにした頭をかち割って、 世界の中心どころか世界の果ての果てまで逃げ延びて、この現世を浅ましく卑しく享受してみせるべきだった。極端なことを言えば、 死んだ長澤の遺影の前で、「ホラホラ、大人になればこんなに気持ちのいいことができたのよ」といわんばかりに、 裸体の二人が蛇の如く絡み合う濃艶な場面があったってよかったのだ。

まあ、あちこちからすすり泣きの聞こえる劇場で、一人そんな妄想に耽っていた筆者は、 やはり孤独で歪んだ大人になってしまったということだろう。

長澤の夢を、遠路はるばるオーストラリアくんだりまで行って叶えてあげるリッチで親切な二人だが、まずはクリント・ イーストウッド監督の映画群を見直すところから喪の仕事を始めるべきだろう。『アウトロー』の序盤で非業の死を遂げるサム・ボトムズを、 イーストウッドは終盤、どんなにさりげなく弔ってみせたことか。亡者達の思いを引き受けることで物語を語り始めるイーストウッドは、 死者に対する義理を立派に果たしながら、同時に現世を飄々と生きてきた。ここはじっくり思案のしどころである。年がら年中悲嘆に暮れた、 忌中のようなカップルなどぞっとしないのである。

大沢たかおはとてもいい。日本人の若手(でもないか)俳優の中でも、最高の一人だということを改めて認識した。しかし、 あまりに彼のかもし出すオーラや苦悩の表情がドラマティック過ぎて、この役柄にフィットしていたかどうかは疑問である。 追憶に囚われたセンチメンタルな男には見えず、いまにも拳銃を取り出して派手な撃ち合いでもやらかしそうな雰囲気なのだ。早くスティーブン・ セガールと堂々渡り合う殺伐とした姿が見たいものだ。

(2004.5.10)

2005/05/01/12:12 | トラックバック (4)
世界の中心で、愛をさけぶ ,膳場岳人 ,今月の注目作
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