今週の一本
(2007 / 日本 / 周防正行)
猿でも分かる裁判の仕組みと冤罪の可能性

仙道 勇人

それでもボクはやってない1 「Shall we ダンス?」(96)以来、実に10年ぶりとなる周防監督の新作は、「痴漢冤罪事件」を題材にした超硬派な社会派劇だ。と言っても、ユーモラスな作風で一世を風靡した監督だけに、 特有のユーモアを随所にちりばめながら明瞭明快にこの重いテーマを描き切っている。
 本作を観れば誰もが感じるとは思うが、とにかく周防監督のストーリーテリングの切れは尋常でない。 これは或いは筆者が男だから尚更強くそう感じたのかもしれないが、就活の面接に向かう途中の満員電車で痴漢に間違えられた徹平(加瀬亮)が、 警察署に任意同行させられてから、留置場に勾留、起訴、裁判、判決に至るまでの経過を淡々と描いているだけにもかかわらず、 全く飽きさせるということがないのだ。
 「話は署で聞くから」と促されるまま連れて行かれた警察署で何が待ち受け、拘留中に何をさせられ、 流れ作業のように踏まれていく行政手続きに対してどのような対応をするべきか――そうした刑事裁判に関連した各組織の仕組みや実情、 裁判知識などを、観客はスクリーン上の徹平と一緒になって目の当たりにしていくことになるのである。 裁判システムやその現状と限界を見つめる周防監督の眼差しはぶれることがなく、ありのままを果てしなく誠実に映し出していく。

それでもボクはやってない2 本作が社会システムを真っ正面から見据えた作品としては、 近年稀に見るほど誠実な作品であることは紛れもない事実である。だが、と言うか、そうであるからこそ、筆者は本作を「映画」 としては全く評価できなかった。
 確かにこの作品を観るだけで、裁判の流れを一通り理解できるだけでなく、 裁判システムにおける例外エラーと言うべき冤罪が発生してしまうメカニズム、その恐ろしさを理解できる。また、 傍聴ヲタクや裁判経験者達の声という形で裁判システムの疑問点や問題点が詳らかにされる一方、 裁判官や弁護士達は裁判の仕組みを一般人にも分かりやすい言葉で咀嚼して解説してくれる。その上、 痴漢行為が基本的に許すべからざる卑劣な犯罪であることや、女性の痴漢に対する一般的な感情を観客に理解させることも怠らない。 登場人物の構成や配置、幕切れに至るまで緻密に計算され尽くされた完璧な脚本であるとも思う。
それでもボクはやってない3 しかし、そうやって周防監督が裁判システムに真摯に焦点を合わせようとすればするほど、 この作品は裁判システムを理解するための単なる「教材」になってしまっているのである。と言うのも、本作に登場する人物の殆どは、 裁判システムを解説するための「インストラクター」としてしか描かれておらず、 生身の人間性が全くと言っていいほど感じられないからだ。 弁護士に代わって裁判に関する講釈を垂れ流し始める徹平の友人(山本耕史)に至っては、 どんなに分かりやすく説明してくれていても、人物としては噴飯モノとしか言いようがないだろう。はっきり言って、 ここまであからさまに登場人物を「駒」として扱った作品を、筆者は「映画」と呼ぶことに強い抵抗を覚えずにはいられない。

それでもボクはやってない4 それでも、この作品が「観られる」作品になっているのは、『硫黄島からの手紙』 (06)でも確かな存在感を披露していた加瀬亮によるところが大きいだろう。 僅かながらに挿入された被告人としての苦悩を映し出すショットには、不条理に直面した人間の生身の呻きが確かに感じられたし、同じ男性の一人として感情移入せずにはいられなかった。実際、こんなことが自分の身に降りかかったらと思うだけでもゾッとする。
 もしもあなたが男性であれば、絶対に痴漢なんかに間違われたくないと思わされるだろうし、 疑いの眼で見られる不快感や冤罪のリスクを常に背負わされているという意味で、 痴漢などと無縁の大多数の男性自身にとっても痴漢野郎は憎むべき敵である、と認識を新たにすることだろう。 映画としての魅力は殆どない作品だが、教養の一部として世の男性諸氏は観ておいた方がいいとは断言できる。
 なぜならば、明日乗る満員電車で、あなた自身が徹平と同じ境遇に追いやられない保障はどこにもないのだから。自分の身を守るためにも、 知識と情報を身につけることがどれほど重要かが痛感できる作品である。

(2007.1.22)

c2006-2007 フジテレビジョン アルタミラピクチャーズ 東宝

2007/01/23/08:57 | トラックバック (0)
仙道勇人 ,今週の一本
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