リュミエール兄弟が訓練を受けた撮影者を世界中の"秘境"へと送り出し、
メリエスが月世界の旅を映像によって作り出し、映画はその始まりから異世界への畏怖や憧れを自らの力として利用し、
観客を幻惑しようとしてきた。秘境や創造の世界を描く映画の初期の幻惑作用が思いのほかその効果を早くに失い、
それに取って代わったのが、観客を幻惑的な非日常的世界に参加することを可能にさせることを生業とする俳優、「銀幕のスター」
だった。
木村恵吾によってつくられた狸御殿シリーズは、人に化ける狸たちの世界を時代劇の中に設定し、幻惑的な世界を作り出したわけだが、
もちろん観客は狸の変身に幻惑されたわけではなく、そこに登場する銀幕のスターに幻惑されたのだ。
絢爛豪華なスターたちが人間界ではない世界に住み、歌や踊りを披露する。映画の非日常的世界の裏が象徴的に描かれているともいえる舞台設定。
映画は銀幕のスターを失い、TVによってほとんどスターは日常の隣人になってしまってからもうだいぶたつ21世紀初頭に、
鈴木清順はどれだけ観客を幻惑の世界へいざなうことが出来るのだろうか。
50年代から60年代の全盛期日本映画界において清順は、
極度にデザイン化された画面の中に登場人物を配し、アクションや恋愛ドラマを本物らしさとは逆の方向へ推し進め、
それが日活アクションの抽象化されたパロディーぎりぎりの世界観を作り出し、
皮肉にもそれらは日活アクションの代表作品に数えられている。木村威雄が作り出す、セットそのものが四方へと広がり、
ライティングされたホリゾントスタジオ世界が現れるというような、異空間とリアリティー世界をつなぎ合わせる装。
だまし絵的に繰り広げられるスペクタクル。その世界観の荒唐無稽さは、映画の幻惑世界を最大限に引き出していた。
今回も、オダギリとチャンの踊る後ろで展開するCGの2次元屏風の単純なアニメのようで、
がらさ城が蜷川幸雄の大げさな舞台のようだったり、季節が雪国、灼熱、
紅葉がホリゾント世界の光りひとつで行き来させられるなどのセット空間が積み重ねられるが、
屋外に立てられたセットなどを交えながら登場人物たちがそれらを行き来するのが、奇妙なリズムを作り出している。
そんなセットの中で展開する道ならぬ恋に落ちる狸姫と城主の跡継ぎの物語は、
時代を安土桃山の異国情緒あふれる時代に設定し、
ポルトガル人や唐の人を出すことによって更に幻想的な世界を作り出そうという努力が伺える。
アジアの国際女優チャン・ツイイーを起用したのも、もはや「銀幕のスター」の後光を当てに出来ない日本映画界のことを考えれば、
苦肉の策として納得出来なくはないが、もはや日本映画が娯楽の王様ではない現在においては、
付け焼刃にならざるを得ないことは目に見えている。その努力は買わないではないが、彼女が舌足らずに話す日本語や、
文化的なズレが呼び起こすかもしれないしぐさや表情を、唐からやってきた狸のお姫様と設定してしまった時点で安易に納得、
消耗させてしまったのは、新たな魅力を引き出す努力を諦めてしまったようでいただけない。「グリンデスティニー」や「Hero」
「Lovers」において可憐な彼女が荒々しく男勝りに戦うことによって異化として引き出されている部分も、見逃してしまったようだ。
清順監督には「男装の麗人」というアイデアがあったようだが、
そうしていれば異世界に住む幻惑的スターの魅力をもっと引き出すことが出来たろうと思うと残念でならない。
例えばオダギリとチャンの役どころをまるまる代えてみるぐらいの無茶な設定にしていれば、両者からまた違った魅力が引き出せたかもしれない。
清順監督 の日活時代のやくざ映画の登場人物たちは、ダンディズムとは反対の、中性的な魅力をたたえていたのを思いだす。
そんななかで異才を放っていたのは、お萩の局を演じた薬師丸ひろ子だ。終始上ずった声で話し続け、
歳のころもプロポーションもまったく不明なメークと衣装が作り出す奇妙な存在は、
登場するたびに捉えられない異世界の魅力を感じさせた、画面を引き締めていた。チャンを始め、
その他のスターたちが清順の作り出す独特のリズムと異世界に飲み込まれる中、
薬師丸ひろ子はそれに拮抗できる異様さを振りまいていた。
スターが清順世界に飲み込まれたのか、はたまた、スターがもはや機能しない時代なのか。本作は清順の力量としては十分な映画ではないが、
それに拮抗するだけのスターをほとんど見ることが出来なかった。絢爛豪華で奇妙だったのは清順の世界で、決してスターではなかった。
CG美空ひばりの登場が奇抜さばかり目立ち、魅力を湛えなかったのは、清順映画異世界の書割として機能したという事だろう。
(2005.5.10)
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