話題作チェック
(2005 / 中国 / チャン・ヤン)
彼らの居場所はいまどこにあるのか

佐野 亨

胡同のひまわり 胡同(フートン)とは、北京の旧城内に残る伝統的民家が密集した横丁のことである。現在では、 経済成長に伴う生活基盤の西洋化によって、これらの家屋はかっての半数ほどに減少し、 2008年の北京オリンピック開催に向けて再開発事業が進行中である。
 本作の監督チャン・ヤンは、1967年生まれ。『ウォ・アイ・ニー』のチャン・ユアン(1963年生まれ)、『世界』のジャ・ジャンクー (1970年生まれ)らと共に、いわゆる“中国第6世代”の映画作家に属する(もっとも、チャン・ユアンとジャ・ ジャンクーでは10歳近い年齢の開きがあり、それぞれ独特の作風を持っているため、 彼らを世代論的な枠組みの中で論じることはあまり意味がない)。先行する“第5世代”の作家たち(チャン・イーモウ、チェン・カイコーら) より一回り若い彼らの親の世代には、文化大革命の時代に反革分子として拘束され、強制労働所に送られた経験を持つ者も多く、チャン・ ヤンの父親もその1人。本作は、そんな監督の実感をふまえた自伝的要素の強い作品になっている。

 1976年(映画の中でも触れられるが、毛沢東が死去し、文革4人組が逮捕された年である)。母親(ジョアン・チェン) と2人で暮らす9歳の少年シャンヤン(チャン・ファン)のもとに強制労働に従事させられていた父親(スン・ハイイン)が6年ぶりに姿を現す。 幼くして離別した父親の顔を憶えているはずもないシャンヤンは、母親との平穏な生活に闖入してきた父親を忌み嫌う。一方、 強制労働所における体罰で右手の自由を失い、好きな絵を描くことができなくなってしまった父親は、その思いを息子に託そうとする。
 とこのように書くと、家族の心温まる情愛の物語を想像してしまうかもしれないが、本作で描かれる父親は、何とも酷いエゴイストなのである。 教育の名のもとに幼い息子を威圧して無理矢理絵を描かせ、友達と遊ぶことすら許さない。大学生になったシャンヤン(ガオ・グー) が家を出て広州へ行こうとすると、追いかけていって力ずくで列車から引きずり降ろす。シャンヤンの恋人(チャン・ユエ) が妊娠したと知るやシャンヤンに黙って堕胎させ、にもかかわらず、その後結婚したシャンヤン(ワン・ハイディ)が妻(リャン・ジン) との間にできた子供を堕ろしたいと主張すると烈火のごとく怒る。

ジャン・シャオガン「全家福」 この父親をここまでファシスト的に駆り立てた根拠となるものが、 革命派による文字通りの抑圧であったことは想像に難くない。彼を強制労働所へ追いやったことを悔い謝罪する旧友(リウ・ ツーフォン)を頑なに許そうとしない父親の姿は、 革命期の混沌とした相互監視社会によって植え付けられた人間不信がいかに根深いものであるかを表している。
 だが、そうして抑圧を強いることでしか息子と向き合うことができない父親は、家庭内において決して求心力を持ち得ているわけではない。 息子にとっては目の上のたんこぶであるし、母親にとってはプライドばかり高い生活力皆無のダメ亭主である。 彼は社会においてもはやそうであるのと同様に家庭内においても強者のふりをした精神的弱者なのだ。そのことを心のどこかで理解しているから、 シャンヤンはどんなに酷い仕打ちを受けようとも父のもとを離れようとはしないし、 観客もそんな父親にどこか憐れみのようなものを感じてしまう。
 中国社会全体がグローバリゼーションの波に乗って急成長を遂げる1999年以降、父親は如実に時代から取り残されていく。 スパルタ教育の甲斐あって(?)シャンヤンは画家として成功を収め独立、そして結婚。役割を終えた父親は、母親と離婚し (実はマンションを購入するための偽装離婚なのだが)、 高層ビルが建ち並ぶ大都市となった北京に埋もれるように残る胡同で旧友と顔を突き合せることなく将棋に興じるが、 時代の表裏を共有することができた唯一の存在であったその旧友もやがてこの世を去る。その時、 彼は社会からも家庭からも孤立した自分の存在を初めて実感するのだ。
 そして、個展で息子の絵(新潮美術運動の代表的作家であるジャン・シャオガンの「全家福」が使用されている)を目にした父親は、 思いの丈を吹き込んだカセットテープを残して胡同を去る。新しい居場所を探して。
 本作は、父親の死をあえて描かないことで、真の社会の発展とは古い世代を葬ることで起こり得るものではなく、時代の傷跡を解消 (少なくとも理解)することから導き出されることを示唆している。このことを先進国に生きる我々は重く受け止めねばならないだろう。

(2006.7.11)

2006/07/12/21:07 | トラックバック (1)
佐野亨 ,話題作チェック
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『胡同のひまわり』を観たよ。 E 【待宵夜話】++徒然夢想++

「丁寧」、このひと言。 『胡同のひまわり』 原題:"向日葵" 英題:"SUNFLOWER" 参考:胡同のひまわり@映画生活 『胡同(フートン)のひま...

Tracked on 2006/07/13(木)00:04:00

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