グッドモーニング!ラピュタ阿佐ヶ谷
第七回

槙原 啓二

柿の木のある家(1955年・東宝)
■スタッフ
製作................ 熊谷久虎
          中田博二
監修................ 内田吐夢
監督................ 古賀聖人
脚本................ 浄明寺花子
原作................ 壺井栄

撮影................ 岸寛身
音楽................ 佐藤勝
美術................ 高木芳男
録音................ 安倍恒男
照明................ 伴野功
■キャスト
上原謙 高峰三枝子 桑野みゆき 中村のり子 小杉義男 村瀬幸子

 「貧乏人の子だくさん」の生活苦を朗らかに描いた映画。『二十四の瞳』と同じく、時代は戦争前夜か?  口減らしのために次女の小学生が東京の親戚の豪邸に奉公に出される。そこの下りがなかなかおもしろい。 先に奉公に出されていた長男から手紙が来て、それなりに豊かな暮らしを伝える。そんなにいいのなら僕も養子に出してほしいと次男がぼやく。 そこへ新たな奉公の話が。誰を出そうかと両親は胸を痛める。あんなにうらやましがっていたから兄ちゃんが行けばいいと、 妹たちがはやし立てる。次男はうつむいて口をつぐむ。結局次女に決まり、次男は身代わりになった次女に気が咎め、 その日が来るまで顔色をうかがいつつ思いやりを見せる。しかし、東京の奉公先から次女へ立派な洋服が届いて身支度をしていると、 こんなにいい服が着られるのならならやっぱり僕が行きたかったと、やっかむ。次女も、こんなにいい服を着させてもらえるのならと、 精一杯奉公を前向きに捉えようとする。というように、 この時代の貧しい家庭では物品に対する底知れぬ憧れが人心を動かしていたのがかいま見える。
 「一億層中流」といわれる今でこそ、何事もなかったかのように現実離れしたお話が主流の映画界だが、 日本の社会には貧乏や回想に対する差別が歴然とあり、かつての日本映画はそれらに果敢に切り込んでいたわけだ。もっとも、社会の弱者・敗者へのシンパシーという描き方はかつての日本映画の定型だったのだが(その定型をぶち壊したのは、50年代後半の大映の増村保造と日活の中平康、それに続く松竹ヌーベルバーグだといわれる)。
 さて、奉公先の母親が高峰三枝子ではなく、たとえば田中絹代だったらどんなに気楽だろうと思っていたら、さにあらず。 高峰が意外と物わかりのいい継母を演じているのにびっくり。対する継父の上原謙は、『煙突の見える場所』(五所平之助監督・53年松竹) 以来の子供嫌いを徐々に発揮し、ついには次女を里に帰してしまう。“人の心はけんけん獣であったとさ”といわんばかりに。
 長女を演じた松竹大船のSHIHOこと(本作は東宝の配給だが)、桑野みゆきがかわいい。彼女の母親は日本映画黎明期の大スター桑野通子。 岡田茉莉子続くサラブレッド女優として世に出た彼女はこの後順調にキャリアを重ね、大島渚の『青春残酷物語』で清純派から脱皮する。
 しかしなんといっても一番の見どころは、次女を演じた中村のりこだろう。その可憐さは『アイ・アム・サム』のダコダ・ ファニングの比ではない。うれしいときも悲しいときもとにかく、背筋が真っ直ぐに伸びているのが美しい。 家族会議で奉公に出されるのが決まったときの、うつむいてじっと運命を受け入れようとする姿勢は神々しくすらある。 彼女のその後のキャリアは、私の知るところまったく不明。インターネットで検索してもそれらしい情報は見当たらない。誰か詳しい方がいらしたらぜひ!
 高峰のでき過ぎた継母ぶりと上原のご都合主義が玉に瑕だが、『二十四の瞳』のような問題作ではない、純粋にいい映画なのは確かだ。

2005/10/19/16:57 | トラックバック (0)
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