(2007 / アメリカ / レイ・ワイズマン)
思い出のジョン・マクレーン

膳場 岳人

 レイトショー料金1500円を支払った客の一意見として言わせてもらう。『ダイ・ハード』シリーズの中でいちばんつまらない。全然駄目だ。こんなんじゃちっとも気分が盛り上がらない。三作目より面白い? 冗談じゃないって。三作目の冒頭、N.Y五番街の爆破に相当するような戦慄がこの最新作にあったか? 登場するなり、いきなり酒びたりでヘロヘロになっているだらしない姿をさらし、良識ある客の眉根を数ミクロンでも顰めさせたか? サイモン(ジェレミー・アイアンズ)のような愛嬌が今回の悪役にあったか? ない! 皆無だ! これだったら去年の収穫『16ブロック』(リチャード・ドナー監督)のほうがよっぽど“らしかった”。

 不安材料はいくつもあった。まず監督が、先に発表されていたジョン・マクティアナンではなく、『アンダーワールド』のレイ・ワイズマンだということ。『アンダーワールド』。一部のヴァンパイア好きには好評を博したらしいが、筆者にとっては暗がりの中で息苦しくチープにまとまったアクションをちまちまやっていた駄目映画、という印象しかなかった。今回の映画では、危惧したほどチープでもなく、それなりにド派手なアクションを展開してくれたとは思うけれど、まだ『X-MAN』の三作目を大駄作に仕立て上げたブレット・ラトナーのほうが、血や汗の匂い、硝煙や粉塵や火の粉を観客席へと運ぶ演出を見せてくれたんじゃないかという思いは拭えない。さらに、今回の敵はサイバーテロだという。かのジョン・マクレーンの相手としてこれほど退屈な相手もいまい。あれだろ、キーボードをかちゃかちゃ叩くだけであらゆるサーバーに侵入して各機関を麻痺させるんだろ? と思ったら本当にそのままじゃないか!

 だいたい今回のマクレーンは少しおかしい。画面に現れるなり、クリント・イーストウッドばりに目を細めているし、皮ジャンなんて着用している。ギンガムチェックのもっさりしたシャツでもなく、汗のしみが広がる薄汚いシャツでもない。あまつさえ恒例のランニング姿にもならない。相方の青年(『ジーパーズ・クリーパーズ』のシスコン、『ギャラクシー・クエスト』の引きこもり、のジャスティン・ロング)に「君もヒーローになれる」的な『ラスト・アクション・ヒーロー』ばりの大味なセリフを吐きつつ、深刻な表情で国民を救い、囚われた娘を助け出しに向かう。なんかハード。なんか沈んだトーン。

 確かに三作目から四作目へと移行する間に9.11テロがあった。あれは「コメディとは悲劇+時間だ」と定義付けたウディ・アレンですら今なおネタにできない悲惨な出来事だった――少なくともほとんどの米国人と、墜落した旅客機やWTCビルに居合わせた無辜の被害者たちにとっては。本作はN.Yでのテロを扱った物語だから、そうしたテロの遺族や被害者、全米の国民に多大な配慮を払ったのであろうことは想像に難くない。けれど、だからといってこんなにも沈痛な面持ちで『ダイ・ハード』シリーズを作らなければならないものだろうか。致命的なまでに茶目っ気を欠いた沈痛なトーンが、大いに不満である。シリーズすべてに何らかの爆笑シーンがあるのに(「1」は全編、「2」は飛行機のレポーター実況と脱出シートにまたがったまま天に舞い上がるマクレーン、「3」は「もっと難しいクイズを出せ!」)、今回はケヴィン・スミスの登板さえ笑えなかった。終盤の戦闘機と大型トレーラーの戦闘、という大がかりなクライマックスに若干頬が緩んだくらいだ。あの、無謀なトレーラーの頑張り。あれこそオヤジパワーの象徴なのだ。

 ……とまあ、毒づく要素には事欠かないが、自分の偏狭さがいやになってきたのでこの辺でやめる。

 筆者は現在33歳。中学生の頃、特に映画ファンでもなかった時分に見た『ダイ・ハード』の第一作は輝かしかった。よくわからない部分も多々あったが、後にビデオで飽きるほど見返すなかで大傑作であると認識し、以後、その評価が変わったことは一度もない。原作小説も繰り返し読み返した。原作と映画は完全に別物だ。原作の主人公はジョン・マクレーンという名前ではなくジョゼフ・リーランド。映画とは違ってすっかり老いぼれており、テロリストに占拠されたビルに閉じ込められているのは、妻ではなく娘だ。しかも彼は最後の最後まで娘を救出することができない。スティーブン・キングがリチャード・バックマン名義で書いた『死のロング・ウォーク』並みに、極限状況に置かれた人間の心理を容赦ないハードなタッチで描き、死への淡い憧憬を抱く精神状態の中高生にマゾヒスティックな快楽を味わわせてくれた。

 二作目は、ちょっと漫画的すぎてついていけないところもあったが、レニー・ハーリンの豪腕が最大限に発揮された作品ではあった。ウォルター・ウェイジャーの原作小説も読んだが、特に面白いものでもない。映画版はこの原作から若干のアイデアを拝借した程度で、ほぼオリジナルと言っても過言ではない。何といっても、雪に閉ざされた空港、という舞台設定を最高に生かした展開がすばらしかった(そういえば、航空管制室の局長を演じたフレッド・トンプソンは今度の米大統領選に共和党から出馬するらしい)。三作目の愛着も先述のとおりだ。

 そんな筆者は四作目などなかったことにして、この三作品を折に触れて思い出すことにしよう。あの頃はまだ愛すべき駄目なオッサンだったジョン・マクレーンのことを。天才だったジョン・マクティアナンやレニー・ハーリンのことを。“ダイ・ハード”な世界を妄想してジョン・マクレーンになりきっていたユルイ自分自身の青春を。

(2007.7.16)

ダイ・ハード4.0 2007年 アメリカ
監督:レン・ワイズマン
脚本:マーク・ボンバック
撮影:サイモン・ダガン
出演:ブルース・ウィリス,ジャスティン・ロング,ティモシー・オリファント,
クリフ・カーティス,マギー・Q,シリル・ラファエリ,メアリー・エリザベス・ウィンステッド,
ケヴィン・スミス,ジョナサン・サドウスキー
公式

2007/07/16/16:23 | トラックバック (1)
膳場岳人 ,「た」行作品 ,今週の一本
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