今週の一本
(2007 / アメリカ / ウェス・アンダーソン)
列車は進むよどこまでも

仙道 勇人

(ネタバレの可能性あり)  「ザ・ロイヤル・テネンバウムズ」(01)や「ライフ・アクアティック」(05)で、「大人になりきれない大人」や「空中分解している家族」の姿を独特なユーモア感覚で描き続けているウェス・アンダーソンの新作は、やっぱりちょっと間抜けでダメな大人達と家族の葛藤を描いた”ゆる系”コメディなのだった。

 冒頭、ジェイソン・シュワルツマンとナタリー・ポートマンの訳ありげなカップルの情事が描かれ、さぁどんな物語が……と期待していたら、突然エンドロールが流れ出してびっくり。実はこれ、本編の番外編/前日譚と呼ぶべき「ホテル・シュバリエ」と題されたショート・フィルムなのだ。本編と設定上の繋がりはあるものの、あくまでも「オマケ」と見なされていることが多いようだが、勿論このショート・フィルムにはナタリー・ポートマンのヌード以上に意味はある。が、それは後ほど触れることにしたい。

 「ダージリン急行」本編は、父親が死んでから絶縁状態が続いていた三兄弟が、長男の呼びかけによりインドに集結、珍道中を繰り広げる姿を描いたロード・ムービーである。
  物語が始まってしばらく、長男フランシス(オーウェン・ウィルソン)が、一年ぶりに再会したばかりの次男ピーター(エイドリアン・ブロディ)と三男ジャック(ジェイソン・シュワルツマン)を前に、「もう一度、兄弟の結束を固め直したい」「スピリチュアル・ジャーニーだ」などと旅の趣旨を宣言し、物語の大きな方向性が観客に示される。が、「兄弟の再生」を描く物語にしては、この三兄弟が絶縁するに至った原因などは最後まで明かされることはない。

 これは本作の面白いところであり、同時に観る者を選んでしまう点でもあるのだが、本作で直截描かれるのは基本的に各人物の「現在」だけであるため、観客はある種宙ぶらりんのまま三兄弟の珍道中に付き合う形になっている。凝りに凝った美術や小洒落た音楽の使い方とあいまって、本作がありがちな「雰囲気とノリだけのコメディ映画」のような印象を強めている所以だが、ウェス・アンダーソンが一見単なるスラップスティックな掛け合いを積み上げているだけのように見えて、その台詞の端々に多くのことを仄めかしていることは見逃すべきではないだろう。本作が外国映画としては珍しく字幕の監修を監督自身が行っているのも、彼が台詞で直截的に説明する代わりに「ニュアンス」を伝えることに心を砕いている表れと言っていい。
  特に秀逸なのが序盤で、三兄弟がなぜ絶縁状態になったかは不明ながらも、彼らのとぼけた掛け合いをニヤニヤしながら観ているだけで、不信と嫌悪感に根ざした三人の微妙な関係が透けて見える仕掛けになっている。更にこの序盤は、兄弟間の齟齬を通して家族の不協和を描くだけに留まっていない。長男がビジネス関係、二男が夫婦関係、三男が男女関係といった具合に、三人を取り巻く三様の関係の裏に秘められた不協和や矛盾に触れることで、人間の相互理解の不可能性という、より大きな枠組みが作品の根幹にあることをじわりと窺わせてもいる。

 このように本作が家族関係というミクロな視点だけでなく、人間関係というマクロな視点を含んでいることを決定的にしているのが、冒頭のショート・フィルム「ホテル・シュバリエ」である。この短いフィルムでは、パリ滞在中の三男が押しかけてきた元彼女と逢瀬を過ごすという、よくある男女の光景が描かれているが、注目すべきはそれが「非家族」との関係性を描いている点にある。三兄弟を主体に描く本編ではどうしても「家族」に軸足が置かれるが、そこだけに観客の意識が固定されないよう予め楔を打つ意味があるのだろう。
  また、「ホテル・シュバリエ」での二人は、束の間心を通わせていたように見える(事実、その直後にインドにやって来た三男は、旅先で元彼女の留守電を頻繁にチェックするという執心ぶりを見せている)が、その一方で三男はトレインアテンダントのインド娘を口説き落として悶々としたりもする。
  一見矛盾する三男の姿を映し出す「ホテル・シュバリエ」と「ダージリン急行」を併せて観ることで、三男が直面している他者との関係性における葛藤が浮かび上がるわけだが、重要なのはこの葛藤が三男だけでなく、本作で描かれるあらゆる関係性――例えば、長男と助手ブレンダンの関係や、次男と妊娠中の妻との関係、終盤に描かれる三兄弟と母親との関係など――につきまとうものであることを間接的に照らし出してもいる点であろう。言うなれば、本作は他者存在を理解できない人間のどうしようもなさを描いた作品なのだ。

 と言っても、そんな人間の相互理解の不可能性に対して、悲観したり絶望したり小難しく理屈を並べたりしないのが本作のいいところである。ウェス・アンダーソンは、そうした不可能性を結論ではなく前提として踏まえながら、それを超克するのではなく、関係性を潤滑するには他者をそのまま受け容れることが必要であることをやんわりと提示する。

 終盤で、長男が頭に巻いていた包帯を外して傷の具合を確認する場面があるが、このやや唐突とも言える光景は、三兄弟の関係性を象徴的に確認するものだ。すなわち、旅を経ても傷は癒えていないし、傷跡も残る間柄であり続けるだろう、という。しかし、それでも彼らは一緒に旅を続けることを選択する。それはお互いの狡いところや汚いところ、ムカつくところをひっくるめて、相手の存在を受け容れるという決意の表明でもある。
  そこに至って漸く彼らを呪縛し続けていた父親の存在からも解放された三兄弟は、改めて人生という旅路をスタートさせる。旅を通じてほんのちょっと身軽に生まれ変わった三兄弟を乗せて、ひたすらに前へ前へと進み続ける列車の車窓を映したラストシーンがじんわりと胸に沁みる。

(2008.3.12)

ダージリン急行 2007年 アメリカ
監督・脚本:ウェス・アンダーソン 脚本:ロマン・コッポラ,ジェイソン・シュワルツマン
撮影:ロバート・イェーマン 美術:マーク・フリードバーグ
出演:オーウェン・ウィルソン, エイドリアン・ブロディ, ジェイソン・シュワルツマン, アンジェリカ・ヒューストン,アマラ・カラン,ナタリー・ポートマン,ビル・マーレイ  (amazon検索)
公式

3月8日(土)より、シャンテ シネほか全国ロードショー

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2008/03/12/12:53 | トラックバック (5)
仙道勇人 ,「た」行作品 ,今週の一本
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