ヴィクトリア女王 世紀の愛
完璧なまでの理想の幸福を見せつけられる
およそ1000年に及ぶ英国王室の歴史において最も有名な王は誰かと問われれば、私見であるがエリザベス1世(1533~1603)とヴィクトリア女王(1819~1901)の名前を挙げる。「英国は女王の時代に繁栄する」という言葉があるとおり、まさに2人の女王はそれぞれの時代に英国を世界のトップへと押し上げた。
国家のために一生独身を貫いたエリザベス1世が生きたテューダー朝の時代は、ケイト・ブランシェット主演の『エリザベス』(98)、『エリザベス:ゴールデン・エイジ』(07)などでも描かれているとおり、王位を巡って陰謀や愛憎が渦巻き、後世の人間から見れば不謹慎な言い方ではあるが、非常にドラマチックで面白い。それに比べるとヴィクトリア女王は若くして即位したという点ではエリザベス1世と同じだが、誕生時から王位を約束され、好きな男性と結婚ができ、多くの子供を儲け、インドの初代皇帝に即位するなど世界各地を植民地支配し、公私ともにエリザベス1世よりはるかに恵まれた女王と言えるだろう。だが、その分平穏で波乱性に欠けるように見えるかもしれない。もちろん当のヴィクトリア女王は懸命に生きていたはずで、波乱性に欠けるというのは、これまた後世の人間の勝手な言い草であり、ご本人が聞いたらさぞお怒りになると思うのだけど。
また、世界史の教科書などで知るヴィクトリア女王は、白髪で黒い喪服を着ている。女王の夫君アルバート公が死去して以来、その死を悼んで女王はずっと喪服で過ごしたと言われているが、そのイメージが強くて女王に若い時代があったことをどうも想像できなかった。さらに『Queen Victoria 至上の恋』(97)ではジュディ・デンチが夫亡き後のヴィクトリア女王を威厳たっぷりに演じたことも相俟って、なおさらだ。だが、本作は原題の“The Young Victoria”のとおりに、ヴィクトリア女王の若き時代に焦点を当て、従来のイメージを覆した。
ヒロインのヴィクトリア女王を演じるのは、英国出身のエミリー・ブラント。『ジェイン・オースティンの読書会』(07)、『サンシャイン・クリーニング』(08)などでの好演で注目されているが、それらの役柄も誰かの身近にいるような等身大の女性を演じていることが多くて、実際のところ、そんな彼女が女王を演じるとはあまり想像できなかった。だが、さすがに英国人女優はコスチュームがお似合い。『眺めのいい部屋』(85)、『フランケンシュタイン』(94)のヘレナ・ボナム=カーターしかり、『いつか晴れた日に』(95)、『タイタニック』(97)のケイト・ウィンスレットしかり、『プライドと偏見』(05)、『ある公爵夫人の生涯』(08)のキーラ・ナイトレイしかり。エミリーもその伝統をしっかり受け継ぎ、予想以上に気品に溢れ、美しいドレス姿を披露していて、女心をくすぐられる。『恋におちたシェイクスピア』(98)、『アビエイター』(04)でアカデミー賞を2度受賞しているサンディ・パウエルが手がけた数々の華麗な衣装は一見の価値があるので、ぜひ注目していただきたいと思う。
ヴィクトリア女王の時代を眺めてみると、彼女は1837年に即位、その3年後にはアヘン戦争が勃発。この戦争で英国は清(中国)に勝利し、アジア進出の足がかりを築く。また国内では作家チャールズ・ディケンズが活躍し、数々の名作を世に送り出す。なかでも彼の代表作「クリスマス・キャロル」はヴィクトリア時代を舞台にした物語だ。(余談だが現在公開中のジム・キャリー主演『Disney's クリスマス・キャロル』(09)はディケンズのこの小説が原作だが、家の中の描写で女王夫妻の肖像画が飾られているのに気づいた人もいたことだろう。)
だが、ディケンズの活躍はともかくとして、アヘン戦争は世界の歴史からすれば大きな転換点だったのにも関わらず(幕末の日本では清が敗れたことに徳川幕府は大ショックを受け、欧米の脅威を感じるようになり、西洋列強はこぞって植民地支配のためにアジア進出を始める)、映画での描写は皆無である。歴史ファンからすれば、ヴィクトリア時代に起こった有名な史実のエピソードが映画で披露されていないのは、不満に感じるかもしれない。本作は外交的や政治的な出来事よりも、厳格な母ケント公爵夫人(ミランダ・リチャードソン)との確執や、夫となるアルバート(ルパート・フレンド)との恋愛そして結婚など、家族もの、恋愛ものの要素を全面に押し出している。
それにしても、本作で描かれている女王の生き方には羨望を覚える。本人が生まれながらのセレブ中のセレブであり、何かにつけて自分に干渉し続ける母とその個人秘書コンロイ(マーク・ストロング)を体よく遠ざけ、女王の特権を生かして好きな男性(それも超イケメン!)に“Marry me(結婚して)”と逆プロポーズ。女王としての重い責務は当然あるものの、愛する夫に寄り添うヴィクトリアの姿は幸福で満ち溢れて輝いている。それもこの夫婦が美男美女コンビであるから非常に絵になり、はぁ~とため息がもれる。これほどまで望むもの全てを手に入れることが出来る人がいるんだ……と、観客はその完璧なまでの幸福をこれでもか!とばかりに見せつけられるのだ。ここまでパーフェクトだと、やっかむ気力も萎えてひれ伏したくなってしまう。
そして何よりもすごいのは、ヴィクトリアとアルバートの強い愛が大英帝国繁栄の礎に発展したということだ。2人の共同統治は強い愛によってなし得たものであり、アルバートなくしてヴィクトリアは英国を世界最強の国にすることはできなかった。それも納得だよな、と思わせるほどの完璧な愛をエミリーとルパートは好演している。特にエミリーは先頃発表された第67回ゴールデングローブ賞でも、その格調高い演技で主演女優賞(ドラマ部門)にノミネートされた。
このような完璧な愛や幸福のかたちがこの世に存在していたことが、現代の俗世にまみれながら生きる筆者からするとなかなか信じがたいのだが、女王の結婚生活は仕事も結婚も子供も全て手にいれたいという、現代のキャリアウーマン達の究極の理想ではないだろうか。恋愛によって結ばれた夫婦であって互いに深く愛し、信頼し合い、夫は妻の激務に理解を示し、公私ともに妻を懸命に支える。しかもその夫というのが誰もが認める、ものすごいイケメンであり、妻を命がけで守ろうという気骨もある……。もちろん多少の夫婦間の衝突はあるとしても、それは許容の範疇であって、2人の愛は揺らぐことはない……。もうあまりにも理想的すぎる!
筆者はどちらかというと、妻が夫の夢を叶えるために、苦労もいとわず夫にひたすら尽くす「糟糠の妻」的な話はあまり好きではない。もちろん、それぞれの女性の好みやタイプもあるので断定することはいけないのだけど、ただ女性の社会進出が当たり前になった現在では、夫を支えるというよりは「支えてもらいたい」と思う女性のほうが多いと思うのだ。それは「か弱いアタシを守って……」という庇護を求める性格のものではなく、妻には妻の夢があり、その実現のために夫にも協力してもらいたいという類のものだ。
本作では、ヴィクトリアは女王としての責務を果たすために身近で愛する人に支えてほしいと切望し、アルバートを生涯の伴侶に選ぶ。夫の愛と支えを得て公務に邁進する彼女を、仕事も結婚も見事に両立したキャリアウーマンの先駆け的な存在として描いているところが、女性の観客の共感や羨望を誘うことに成功していると言えよう。
また何と言っても、この女王夫妻の完璧っぷりに最も貢献しているのが、アルバートに扮するルパートの存在だ。筆者には独自の「いいオトコ・センサー」なるものが備わっていて、いいオトコがスクリーンに登場すると、そのセンサーが自動的に起動する。実は今年はあまりそのセンサーの出番がなかったのだけど(今年大ブレイクした『トワイライト~初恋~』(08)のロブ様ことロバート・パティンソンにも特段の反応はなかった)、ルパートを見た瞬間にこの「いいオトコ・センサー」がピコピコと作動した。正統派美男のルックスの彼に、筆者以外にもハートをわしづかみにされる女性は少なくないはず。ルパートのような文句のつけようのない美形というのは、この幸福な物語にはとても重要な要素なのだ。それだけで俄然ロマンチック度がアップする。
アルバートはヴィクトリアの結婚相手の候補として、ケント公爵夫人の弟であるベルギー王(トーマス・クレッチマン)から英国に送り込まれた。当初は彼女の歓心を引こうとするために、お気に入りのオペラは何かなど彼女の好みを事前に猛勉強し、話題を無理に合わせるなど姑息な(?)手段を弄していたが、次第に政治的駆け引きなどとは関係なくヴィクトリアを愛するようになる成長ぶりは、まばゆいばかりだった。自分の考えを持たず女性の話に合わせて、ただ「うん、うん」などと相槌を打つだけの男に、いったい誰が心惹かれようか。
また、ヴィクトリアは聡明でかつ強い女性だが、アルバートは一般的に世に言われるような、強い女性を前にすると「キミは強いからボクがいなくても生きていけるよね……」などと及び腰になるような男なんぞとは違う。ヴィクトリアの強さを誰よりも愛し、強いがゆえに失敗も犯してしまう妻の盾となる。まさにおとぎ話に出てくるような、完全無欠の「白馬の騎士」だ。観客(専ら女性陣だろうが)はそんな理想の王子様の出現に、「いいよな~ヴィクトリア」とうっとりものだ。
そうなると観客は、もはや自分がヴィクトリアになりきったような錯覚に陥るくらい、このおとぎ話のような世界に身も心もどっぷり浸かるのが、この映画を楽しむ最大のコツだと言えよう。
同じ英国の女王ものでも『エリザベス』シリーズのようなドラマチックでエネルギッシュな作品と比べてしまうと、どうしてもストーリーの展開が退屈に感じるのは否めないのだが、もしエリザベス1世とヴィクトリア女王のどちらになりたいか?と問われれば、筆者は迷わずヴィクトリアのほうだ。ここまでヒロインになり代わりたい!と思わせる作品は、近年はそうなかったように思う。心に傷を負っていたり、悲劇的な結末を迎えたりするヒロインが登場する映画のなかには、心の奥底を揺さぶられるような素晴らしい作品もあるのだけれど、だからと言ってそういう登場人物になりたいとは思えない。そのようななかで本作は、純粋にヴィクトリアとアルバートの愛を疑似体験したくなるような、理想と幸福に溢れた作品に仕上がっている。
(2009.12.16)
ヴィクトリア女王 世紀の愛 2009 イギリス・アメリカ
製作:マーティン・スコセッシ 監督:ジャン=マルク・ヴァレ 脚本:ジュリアン・フェロウズ 衣装:サンディ・パウエル
出演:エミリー・ブラント,ルパード・フレンド,ポール・ベタニー,ミランダ・リチャードソン,ジム・ブロードベンド
2009年12月26日より、Bunkamuraル・シネマ、
TOHOシネマズシャンテ他全国順次ロードショー
[Blu-ray]
- 監督: デイビッド・フランケル
- 出演: メリル・ストリープ, アン・ハサウェイ, エミリー・ブラント, スタンリー・トゥッチ
- 発売日:2008-10-16
- おすすめ度:
- Amazon で詳細を見る
主なキャスト / スタッフ
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