インタビュー
入江悠監督

入江 悠(映画監督)

映画「SR サイタマノラッパー2
~女子ラッパー☆傷だらけのライム~」について

公式

2010年6月26日(土)より、新宿バルト9ほか全国順次ロードショー

アメリカから遠く離れた北関東、サイタマ県フクヤ市。ブロッコリー畑と送電線しかないこの街を舞台に、ヒップホップに夢を求める若者たちを描いた負け犬系青春映画『SR サイタマノラッパー』。サイタマ+ラップ?と興味本位で見に来た老若男女を、またたく間にリピーターに変えてしまう、おそるべき中毒性を持った作品だ。
低予算のインディーズ映画ながら、2009年春の公開以来、異例のロング・ヒットを記録。世界各地の映画祭への招待も相次いだ。現代映画界最大の論客のひとりであるライムスターの宇多丸氏が、自らのラジオ番組で2009年度の第1位に選出したことも記憶に新しい。ぶいぶい吹きまくる追い風を受けて、シリーズ第2作『SR サイタマノラッパー2~女子ラッパー☆傷だらけのライム~』を完成させた入江悠監督にお話を伺った。 (取材:鈴木 並木

入江 悠(映画監督)
1979年、神奈川県生まれ。埼玉県育ち。03年、日本大学芸術学部映画学科卒業。
大学在学中より映画や映像作品の制作を始め、短編『OBSESSION』(02)と短編『SEVEN DRIVES』(03)がゆうばり国際ファンタスティック映画祭のファンタスティック・オフシアター・コンペティション部門に2年連続入選し、05年には4本の短編を集めた短編集『OBSESSION』が池袋シネマ・ロサにてレイトショー公開され、注目をあびた。冨永昌敬監督作品『パビリオン山椒魚』には演出部として参加。

サイタマ発、世界へ。勝算ゼロからの起死回生

――『SR サイタマノラッパー』(以下『SR1』)が公開されてからの1年強で、環境的には激変されたのではないかと思いますが。

入江悠監督1入江 いや、激変はまったくしていないですね。ただ、『SR1』を見てくれた人がすごく増えたという。最初、池袋のシネマロサで2週間の公開で始まって。みんなでがんばってチケット売ったりして、宣伝してたんですよね。たまたまお客さんの評判もいいからもう1週間やろうか、ぐらいの感じで延びて。そのときはまさか本当のラッパーの人に見てもらえるとは思っていなかったし、監督協会の新人賞(※1)の授賞式で崔洋一さんとか犬童一心さんとかいましたけど、あの人たちが見るとは思わなかったですよね。そういう意味ではあれですけど、自分の身辺的なことでは、環境も予算も、何も変わっていないですね。

※1) 入江悠監督は本年、第50回日本映画監督協会新人賞受賞を受賞した。

――『SR1』がロング・ヒットして、すごく盛り上がっているような印象を受けたんですけど、じゃあ、制作環境としては……。

入江 変わってないですよ。ただ、タイアップでカメラをただで貸してくれたりとか、飲み物を提供してくれたりとか、そういうのはありますけど。作っているスタッフの人数とかはまったく変わってないですし、スタッフ、キャストの弁当はぼくが発注しましたし(笑)。だから、作っている側としては、環境が変化した気はしないですね。前回はフルのハイビジョンじゃなかったのが、今回はフルのハイビジョンになったくらいですね。

――『SR1』は、ご自分の最後の作品のつもりで作ったとのことですが、埼玉でラッパーの映画を撮ろうというのは、どういうところから浮かんだ構想なんでしょうか。

入江 埼玉っていう自分の地元を見つめておきたいっていうか。中途半端な田舎なんで描くものはないんですけど、もしこれで終わるとしたら、その描くものはないっていうところを描いて締めくくっておきたかった。ラッパーに関しては、ヒップホップが好きだったから。

――ラップの映画をやろう、となった時点で、これはいけるんじゃないか、との手ごたえはありましたか?

入江悠監督2入江 いや、ぜんぜんなかったです。それまでにVシネとか、ある程度予算をもらって作ってたこともあるんですけど、埼玉っていう中途半端な田舎でラップ、ヒップホップっていうものはどこの会社もやらないだろうな、と思ってたんで、だからこそやる意味があると思ってたんですけど。勝算なんてなかったですね。ただ自分が見たいからやる、と。

――完成させた『SR1』と、結果的に近いものがあるな、と感じられた作品は何かありますか?

入江 ライムスターの宇多丸さんと対談したときに勧められて『ハッスル&フロウ』(2005年/クレイグ・ブリュワー監督)を見たんですけど、たしかに似たようなものがあるなと思いました。作ったサンプルのテープを捨てられるあたりとか。『SR1』のときにいろんな媒体さんにDVDを送ったんですけど、それもたぶん捨てられたんだろうな、と。

――あれほどひどい捨てられ方はしてないと思いますが(笑)(※2)。その『ハッスル&フロウ』や、『8 Mile』(2002年/カーティス・ハンソン監督)を見ていると、どうしても言葉の壁のもどかしさを感じるんですが、『SR』シリーズで海外に行かれたときの反応はどんな感じでしたか。全部英語字幕での上映だったのでしょうか。

※2) 『ハッスル&フロウ』には、元ポン引きの主人公が、一念発起して作ったデモ・テープを地元出身の有名ラッパーに渡すものの、トイレに捨てられてしまうという、涙なしでは見ることのできないシーンがある。

入江 韓国では、ラッパーの人が歌詞の部分は監修してくれて、韓国語字幕もあるんですよ。感想は海外でも日本とまったく一緒ですよ。根本のテーマというか彼らがかかえてる悩みに関しては、けっこう伝わっているなあというのはありました。

――最近ではドイツに行かれましたけど、ドイツはいかがでしたか。

入江 ドイツは、いちばん日本人と近いかもしれないです。韓国はけっこうアメリカ人みたいに、上映中にも拍手したり笑ったり、ダイレクトにするんですけど、ドイツ人はじっくり見て、かみしめて持って帰る、みたいな。

――アイスランドの火山の噴火の影響で足止めされて帰国が遅れて、たいへんだったようですね。

入江 ユーロを節約しないといけなくて、かなり移動も制限されてましたね。いちばん売れている地元のヒップホップのCD買ってこようと思って、CD屋も行ったんですよ。でも、ここでお金使ったら帰れなくなるなと(笑)。

新作『SR サイタマノラッパー2~女子ラッパー☆傷だらけのライム~』

――『SR サイタマノラッパー2~女子ラッパー☆傷だらけのライム~』(以下『SR2』)ですが、『SR1』同様に長回しが目立ちます。とくにクライマックスの法事のシーン、9分間の長回しは圧巻でした。あの中だけで起承転結があるというか、二転三転のドラマがありますね。

入江悠監督3入江 古い映画が好きなんで、昔の松竹映画みたいな(笑)、『寅さん』でとらやにみんなが集合しているみたいなね。編集でひとりずつの顔を組み合わせていくというのよりも、現場でしか生まれない、みんなが相乗効果を与えていくのがいいなっていう。音楽映画ならではの。

――あそこは、『SR1』のラストとまったく同じ構造というか、マンネリを自ら引き受けているところに非常に感銘を受けました。

入江 昔からシリーズ映画が好きなんですけど、『寅さん』も『釣りバカ』も終わって、あのよきマンネリズムみたいなものが最近ないんですよ。あと、昔の任侠系の映画とか、高倉健さんが討ち入り行って倒したら終わる、みたいな、「早っ!」ていうのがけっこう好きで。ダラダラとムダに長いのもなんかあれだなと思って。

――サイタマから来たIKKU(駒木根隆介)とTOM(水澤伸吾)と、群馬の女子ラッパー5人が初めて出会う川原のシーンだけ、カット割りが細かくて、おっ、と目を引きます。

入江 あれも一応ワンカットで撮ったんですけど、あとで見たら、持たないなというか、この間、ライムスターの宇多丸さんにも言われたんですけど、攻守交替していくラップバトルみたいなので、たしかにカットが割ってあるほうが見やすいなと思って。あそこは、主人公のアユム(山田真歩)の動機付けになるシーンなので、ダラっと流すわけにはいかなかったです。

――俳優さんのことについてお聞きします。今回、あるいは将来的に、実際のラッパーの方に演じてもらうようなことは考えられましたか。

入江 今回は、とくに女性のラッパー自体が数が少ないこともあって、まったく考えませんでしたね。将来的には、うーん……ラップって、その人のフロウっていう言い方をして、独自の歌い方っていうかキャラクター込みのものじゃないですか。それを借りてきて映画を作っちゃうと、映画の世界からちょっと外れちゃうと思うんですよ。極端な話で言うと……映画になじまないんじゃないかっていう。

――ラップの歌詞については監督が全部書かれているわけですか。

入江 一応、こういうことを言いたい、歌わせたい、っていうのを全部書いて、ラップにする作業は、『SR1』で出てきたタケダ先輩(上鈴木伯周)とその双子の兄(アニ鈴木)が実際にラップをやっているので、彼らが言葉数をあわせてくれたりしました。

――今回の女子ラッパー5人の中では、誰がいちばんお上手なんですか。

入江悠監督2入江 誰だろうなあ……誰ですかねえ。でもみんな、そんなにあんまりうまくないんじゃないですか(笑)。うまいヘタっていうよりも、キャラクターの持ち味なんじゃないですか。うまくても、感情が伝わってこないと意味ないし、ヘタでも気持ちが伝わってくればそっちのほうがいいですね。リズミカルに刻んでいってテンポがよくても、それが流れちゃうと意味ないんで。ちょっとズレちゃってても、そこが引っかかったほうがいい。

――やはりそのあたりは意図的なものなんですね。純粋にラップとして聴いたときに、ゴツゴツしたものが残るなあと思いました。

入江 必死に絞り出すくらいで歌ってもらわないと、成立しないですよね。もしそんなにスムースに歌えるんだったらほんと、東京を舞台にしたほうがいいっていう話ですよね。群馬でそんなうまいのかっていう。キャスティングに関しても、ラップというものに乗せて自分を表現できるかどうかが決め手ですね。うまく歌う人とか、耳あたりがいい人はいるんですけど、引っかかるものがあるかどうかが決め手ですね。オーディションでは実際に自分でラップを作ってもらいましたよ。悩みをラップに乗せてもらったり。

――IKKUとTOMの出番が少なかったのが、個人的にはちょっと残念でした。今回、ふたりはあくまで狂言回しに徹していますね。

入江 こういう、ある種のジャンル映画って、90分くらいの長さがいちばんベストだと思うんで、これ以上長くしたくなかったっていうのが大きな理由ですね。あと10分あれば彼らのエピソードも入ってたんですけど。どっちにフォーカスを与えるかっていったら、女子ラッパーのほう。

――IKKUとTOMは出番が少ない分、要所要所でいいことを言っていると思いました。IKKUはフロウも含めて、非常に貫禄が出てきたなと。

入江 『SR1』を経て彼らも成長しているというか、何かを学んだというか吹っ切れたというか。IKKUは太ったんですよ(笑)。肉にヘッドフォンがめり込んでますからね、もう。

――IKKUがミッツー(安藤サクラ)に言う、「生活に追われてたってヒップホップできるだろ!」というセリフにはグッと来ました。ほかにも、「そんなのヒップホップじゃねえよ!」とか、名言が満載でした。

入江 ラップだからこそ言えるっていうこともありますよね。普通のセリフで言っちゃう映画もあると思いますけど(笑)。テレはありますよね。シリアスなことを言ったらこう、えへへって笑っちゃうようなところがないと。余裕がほしいですよね。どっかで客観的に見るような視点があったりとか、つらいときこそ笑うみたいな。自分がそうありたいという願望の現われかもしれないですけど。

『SR』シリーズを支えるフィルム・コミッションの底力

――昨今の日本映画の特徴のひとつとして、フィルム・コミッション(FC)(※3)の隆盛と結びついた地方性、地方色が挙げられると感じています。『SR』シリーズでもずいぶんと地元の協力があったと思いますが、FCとの関わりについて聞かせてください。

※3) おもに地方自治体や観光協会が窓口となって、映画などのロケの協力やエキストラの手配などをおこなう組織。日本では2000年~2001年ごろから組織化が進んだ。

入江悠監督3入江 深谷市のFCがなければ、『SR1』も『SR2』も撮れなかったですよね。で、昔の撮影所があったころの日本映画界みたいなものだと思っていて、FCがスタジオみたいなもので、群馬に行く予算がなくても、深谷で撮れるところは撮れちゃうっていう。アユムの家も実際のこんにゃく屋でのロケです。個人経営で手作りでこんにゃく作っているところって、本当に少ないんですよ。群馬でも見つけられたのは数軒しかなかったです。撮影に使ったところは埼玉県の寄居町にあったお店で、どっちがいいかなと考えたときに、埼玉のほうが風情があった。

――ミッツーの家は閉鎖された旅館ですが、あそこは普通の民家でのロケなんですか。

入江 あれは実際に夜逃げした家なんですよ。酒屋さんかなんか。

――夜逃げした方に許可を取って?

入江 いや、夜逃げしたんで、どこに行ったか分からない(笑)。深谷市のFCが管理しているので、使わせてもらいました。帳簿なんかが積んであったので、そのまま使いましたよ。

――そんなところまで管理しているとは、相当強力な味方ですね。

入江 深谷市のFCって、ただ撮影隊が来ればいいやっていうんじゃなくて、シナリオで選んでいますし、興味ない映画に関しては鼻にもかけないというところがあります。新興のFCは、とにかく来てもらいたいっていう町おこしくらいのイメージなんですけど、深谷の場合はほんとうに映画が好きで、いい映画を作ってもらいたいと思っているんです。ぼくが『SR1』でいちばん遠くまで行ったのは、苫小牧なんですよ。その苫小牧の映画館の支配人と話していて、「深谷シネマってずっと行きたいと思っているんだよね」という話を聞いて。北海道の人も噂を聞いてそういうことを言うくらいなので。さっき言った川原のシーンで出てくる「タケダ岩」(※4)を作ってくれたのも、地元の地元の建設会社のおっちゃんだし。相当時間かかってましたけど。その社長が片付けようとしたら、岩泥棒と間違えられて、警察に通報されていました(笑)。
※4) 『SR2』は、IKKUとTOMが、伝説のタケダ先輩がライブをおこなった聖地を訪ねて、サイタマから群馬へとやってくるところからスタートする。その聖地(a.k.a.川原)にある、タケダ先輩の顔の形をした岩が「タケダ岩」。木枠に新聞紙を貼っただけとはとても思えない本物そっくりの岩っぷりを、『SR2』で確認すべし。

――『SR2』のロケは完全に埼玉県内ですか。

入江悠監督2入江 一部群馬もありますけど、おもに埼玉県の寄居と、『SR1』でやった深谷市と、隣の熊谷っていう、ぼくが高校通っていた街と、そこらへんですね。群馬にはあまり立ち入っていないです。単純にお金がなかっただけなんですけど。ぼくの実家が合宿所になっているんで、そこから日帰りで帰って来れないと。群馬に行ってそこで滞在する費用はないんですよ。

――群馬ネタは、実際にロケハンをして仕入れた感じだったんでしょうか。

入江 一応、群馬中はほとんど回りましたよ。もともと、埼玉県深谷市が群馬に近いところなんですよ。予備校もぼく、群馬の高崎に行ってたんで。あと、知らない場所を見に行ってましたね。群馬って、赤城・妙義・榛名の三大名山があって、そこの周りでそれぞれ文化圏が違ってたりするんで、そういうのは面白かったですね。

男子ウケだけじゃない!来たれ生活系女子

――『SR1』はどちらかというと男子ウケする映画でしたけど、その流れで『SR2』も男子の観客が多くなってしまうのかな、と気になっています。

入江 男子はもうウンザリだ、みたいなところもあります(笑)。まぁそんなことはないですけど。けっこう、『SR1』では男子の観客が多かったっていうのはそうなんですけど、地方に行ったときに女の子がたまに見に来てくれて、「宇多丸さんのラジオ聴いて見に来たんですけど、わたし最後のところで爆笑しちゃったんですよねー」みたいな高校生がいて。高校生だったから最後のシーンをそういう風に見たんでしょうけど、10年後たぶん変わってるんだろうな、とか考えたときに、そういう子にいま、見てほしいなと思います。男の方が、歌うことが出世欲とかに結びついているんですけど、入江悠監督3女の子の方は生活に根付いてたりするんで、そういう意味でも、女性のひとには見てほしいですね。

――女子向けのアピールポイントみたいなものはありますか?

入江 こんにゃくは美白にいいんですよ。

――ほんとですか?!

入江 ほんとですよ。

――では最後に、「ここを見てくれ!」というポイントをお願いします。

入江 音楽映画っていっぱいありますけど、この映画は普通の音楽映画とは違うことをやってると思っているんで、何が違うのかっていうのを見てもらえたらいいですね。見て、それぞれの人に考えてほしいです。

(取材:鈴木 並木

SR サイタマノラッパー2~女子ラッパー☆傷だらけのライム~ 2010年 日本
出演:山田真歩 安藤サクラ 桜井ふみ 増田久美子 加藤真弓
駒木根隆介 水澤紳吾 / 岩松了
製作:畠中達郎、澤田直矢、國實瑞惠、入江悠
制作:ゆうばり国際ファンタスティック映画祭実行委員会、NORAINU FILM
エグゼクティブ・プロデューサー:外川康弘
プロデューサー:綿野かおり、入江悠、遠藤日登思
監督・脚本:入江悠 撮影・照明:三村和弘
音楽:岩崎太整 ラップ指導:上鈴木伯周、上鈴木タカヒロ 録音・MA:山本タカアキ
(C)2010「SR2」CREW
公式

2010年6月26日(土)より、新宿バルト9ほか全国順次ロードショー

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  • 監督:入江悠
  • 出演:駒木根隆介, みひろ, 水澤紳吾, 奥野瑛太, 杉山彦々
  • 発売日: 2010-05-28
  • おすすめ度:おすすめ度5.0
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2010/05/29/22:23 | トラックバック (0)
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