話題作チェック

ガールフレンド・エクスペリエンス

( 2009 / アメリカ / スティーヴン・ソダーバーグ )
大作と低予算映画を自由に行き来する痛快さ

わたなべ りんたろう

『ガールフレンド・エクスペリエンス』1 ハードコアポルノのトップ女優の一人であるサーシャ・グレイを主演の高級コールガール役に抜擢して、アメリカ大統領選を控えた08年秋を低予算で短期間にREDで撮り上げたソダーバーグ監督作品として話題になっていた作品。
ソダーバーグはクライムスリラー「蒼い記憶」(95)で行き詰まった後に、自身が主演の「スキゾポリス」や「グレイズ・アナトミー」の自主映画のような低予算コメディを撮っている。そこで仕切り直したことで監督としても持ち直し、「アウト・オブ・サイト」、「エリン・ブロコヴィッチ」、「トラフィック」で批評・興行的にも成功をおさめる。その後も、大作や「オーシャンズ」シリーズなどの間に低予算映画や短編を撮っていて(「フル・フロンタル」、テレビの「K Street」、短編「エロス」、今回公開される05年の「バブル」など)、その姿勢は興味深く思っていたので(日本でも中村義洋監督が近いかも)、その低予算映画路線の「ガールフレンド・エクスペリエンス」には製作発表されたときから注目していた。Twitterにサーシャ・グレイがいるので、今年始めにグレイに日本公開の予定を知っているかを聞いたこともある(「10年らしい」との返事だった)。
ソダーバーグがグレイを抜擢した理由は、06年夏の「LAマガジン」のグレイのインタビューを読み、「18歳になったら、ポルノ女優になると決めていてLAに出てくると決めていた決意と、その話し方に何か感じるものがあった」とイギリスのインタビューで答えている。以前にクローネンバーグが「ラビット」で当時のハードコアポルノのトップ女優のマリリン・チェンバースを主演に起用したことがあったが、「今はポルノ及びポルノ的なイメージはメインストリームに溢れていて、「ラビッド」(77)の頃のような刺激はない」とソダーバーグは答えている。確かに、今作には、グレイは脱がないし、そのような刺激はない。ソダーバーグの狙いは、低予算の作品を自由に撮ることで映画監督として自らに刺激を与えることであり、結果よりも過程を楽しんでいるのだろう。その自由さが心地いい。グレイ以外は、クリス・サントスはクリス、ピーター・ジッゾはジッゾのように名前がそのまま使われているし、脚本を書いているデビッド・レービンは脚本家役のデビッドを自身で演じている。大統領選への批評性、一見満たされたような富裕層の孤独、組織に属さない高級コールガールの現代女性らしい独立精神……など深読みはいくらでもできるが、それらは要素であり、主な目的である低予算映画を作ることに従属しているように感じる。
『ガールフレンド・エクスペリエンス』2優れた映画監督は、スピルバーグのようにキャスティングにも優れているが、ソダーバーグも当てはまる。「KAFKA」と「蒼い記憶」の合間に撮った日本では下喜寿尾公開されずにビデオリリースのみの佳作「わが街セントルイス」(93)ではブレイク前のエイドリアン・ブロディ、キャサリン・ヘイグル、ローリン・ヒル(!)を使っている。今作でも抜擢されたサーシャ・グレイはテクニックはないがナチュラルな演技を過不足なく披露し、主役を演じている。
この後、ソダーバーグは野球業界を舞台にした「Moneyball」を撮るはずが、製作会社のコロンビア・ピクチャーズとぶつかり監督を降りている。ソダーバーグのような監督でも、このような降板劇があり驚いたが(結局、「カポーティ」のブレット・ミラーが撮ることになった)、ワーナーとの仕事が多く、コロンビアと仕事をあまりしていないソダーバーグには馴染みのブラッド・ピットが主演でも不利ではあったらしいことをソダーバーグ自身がインタビューでも語っている。これでまた低予算魂に火がついたのか、ソダーバーグは「グレイズ・アナトミー」の主演のスポルディング・グレイのドキュメンタリー「The Last Time I Saw Michael Gregg」(10) とソダーバーグ自身が出演の「And Everything Is Going Fine」(10)を撮っている。同時に「イギリスから来た男」の脚本家のレム・ドブズとまた組むマーシャルアーツの女性アクション映画(!)の旧タイトルが「Knockout」の「Haywire」(11)も既にポスプロ中である。この精力的な監督することの意欲は見習いたいというより何か痛快だ。観る側の予想も期待も裏切るように作品を撮っていく姿勢は「天然コケッコー」と「松ヶ根乱射事件」を撮った3年後の「マイ・バック・ページ」の間にも、テレビドラマ、携帯ドラマ、Web配信ドラマ、ホラーモキュメンタリー、講座の作品、自主映画と精力的に撮り続けた山下敦弘監督にどこか共通するものを感じたが、映画監督を選んだものの矜持、でも堅苦しいものではない姿勢を感じる(きっちりした作風から自由な作風に転じ、自虐や露悪的な要素も含む作品があるソダーバーグはトリアーも想起させる)。
また、ソダーバーグ作品は画面の質感や登場人物への距離感からか「冷たい」と評されるが、このことに上記のインタビューでソダーバーグは次のように答えている。この答えはソダーバーグ作品を観るうえで興味深いので書いておく。
『ガールフレンド・エクスペリエンス』3「ぼくの作品が冷たいと言われているのは知っているが意図的ではない。ただ、映画のジャンルに即していれば、それでいいんだ。誰かとつながるために作品を作りたいわけではないから。例外的に「エリン・ブロコビッチ」は熱い作品だと思う。それは作品が熱いのではなく、主役のブロコビッチという女性が熱い、情熱的な女性だからだ」
今回、同時公開される「Bubble/バブル」もソダーバーグの自由さに溢れた作品で(インディペンデント・スピリット・アワード監督賞にもノミネート)、遂にスクリーンで観ることができる作品なので、こちらも是非観てほしい。

(2010.6.20)

ガールフレンド・エクスペリエンス 2009年 アメリカ
監督・撮影・編集:スティーヴン・ソダーバーグ(『オーシャンズ13』『セックスと嘘とビデオテープ』)
脚本:ブライアン・コッペルマン、デヴィッド・レヴィーン(『オーシャンズ13』 『ニューオリンズ・トライアル』)
製作:グレゴリー・ジェイコブズ(『インフォー マント!』) 音楽:ロス・ゴッドフリー
出演:サーシャ・グレイ,クリス・サントス,マーク・ジェイコブスン
(C)2009 2929 Productions LLC. All rights reserved.
公式

7月3日(土)より、シネマライズほか全国順次ロードショー!

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  • 監督:スティーブン・ソダーバーグ
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2010/06/29/01:27 | トラックバック (2)
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