レビュー

シャルロット すさび

( 2018 / 日本・フランス / 岩名雅記 )
2018年10月6日(土)より、新宿K’s cinemaにてロードショー!
ボードを破壊し、ボーダーをこえる

佐野 亨

『シャルロット すさび』 『シャルロット すさび』場面1 『シャルロット すさび』場面2 サミラ・マフマルバフの『ブラックボード 背負う人』(00)は、ボード(黒板)を背負うことと、ボーダー(国境)をこえるという行為が、象徴的に重ね合わされた映画だった。
 岩名雅記の『シャルロット すさび』では、ボード(板ガラス)は背負われるのではなく、躰の下に置かれる。そして、そのボードを破壊したい(躰の外に追いやりたい)という衝動が、人間の生=性の衝動と重ね合わされている。
 生=性の衝動は本来、あらゆるボーダーを超越するほどの強度をもつ。現実にはそれを阻む勢力が存在し、容易にそれを飛び越えることはかなわないが、少なくとも表現者は、表現のなかでそのボーダーを破壊し超越していくべきなのではなかろうか。そのような強烈な覚悟が、この映画全体をつらぬいている。
 主人公の男女は、フランスと日本のボーダーをこえる。その越境は物理的な距離や移動という通念、あるいは生と死の境界にすらしばられない。言い換えればそれは、一人の人間のなかにある国家、国境、国籍の概念、または死生観が、一般的なボーダー(線引き)の論理とは無関係に存在しうるはずだ、という希望である。逆に考えれば、一般的なボーダーの論理に意識的にせよ無意識的にせよ加担している者は、究極的には個としての人間性を剥奪されているともいえるのではないか。
 だから、ボーダーをこえる者は、この世界においてはつねに既存の社会構造の外に生きる“さすらい”とならざるをえない。ヴェンダースの『さすらい』(76)然り、カウリスマキの『希望のかなた』(17)然り、ホドロフスキーの諸作品然り。『シャルロット すさび』においては、文字通り一般社会が要請する秩序を棄てて旅をつづける男女に、社会制度から切り離された二人の老人が連れ添うかたちで、さすらいのドラマが進行する。彼らはやがて、下半身を失った女性をある制度的抑圧から解放し、脱社会的な小コミュニティを形成するが、それは単なる個の解放ではなく、明確な時代への抵抗をふくむ。
 岩名雅記は、1988年末にフランスへ渡ったという。この年の後半には、昭和天皇の病状が悪化し、マスコミをつうじてその容態が逐一報道されていた。その長い長い時間の停滞は、来るべき次の時代に抗おうとするかのような足踏みの時間であったように思う。
 そんな足踏みの一方でボーダーをこえた岩名は、生死を分かつ戦争が人間の精神と肉体を変容させていく『朱霊たち』(06)を皮切りに、『夏の家族』(10)、『うらぎりひめ』(12)と「失われた時代」への想いを映画に刻み込んできた。そして、平成という時代が終わろうとするいま、紡ぎ出された『シャルロット すさび』は、きわめて個人的な映画であると同時に、現在に呼応した究極的なジャーナリズム映画でもある。この作品を必要とするのは、2018年のいまを生きるわたしたちにほかならないのではないだろうか。

(2018.10.4)

シャルロット すさび ( 2017年/日仏合作/171分/白黒+パートカラー/16:9/デジタル撮影 )
監督・脚本:岩名雅記
出演:クララエレナ・クーダ(シャルロット)/成田護(カミムラ)/高橋恭子(朝子)/大澤由理(スイコ)
企画・製作: Solitary Body 配給: Solitary Body
公式サイト 公式Facebook

2018年10月6日(土)より、新宿K’s cinemaにてロードショー!

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2018/10/04/18:11 | トラックバック (0)
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