(2007 / 日本 / いまおかしんじ)
男と女、65歳。まだそんなにたそがれてはいない!

膳場 岳人

 現在もっとも信頼のおける映画監督の最新作にして、本年度を代表する最良の人間ドラマである。あまりにもオーソドックスな作りのため、近作『かえるのうた』のおおらかな肯定力や、『おじさん天国』のめくるめく不条理を期待する向きは肩すかしを食うかもしれない。しかし、還暦をとっくに過ぎた男女の交情を見つめるいまおか監督のまなざしは、いつもながらに心優しく、温かい。人情の機微を掬いあげる演出は円熟の域に達しているといっていい。それが却って脚本に残る青臭さを際立たせる結果になってはいるが、それをも含めて全面的に支持したい。

 大阪は堺市に住まう左官職人の鮒吉(多賀勝一)は65歳。癌で死にかけている古女房がありながら、スナックのママ(速水今日子)との色ごとにうつつを抜かしたり、スーパーに買い物に来た若い女性客のスカートめくりにいそしんだりと、落ち着きのない毎日だ。そんなある日、鮒吉は和子(並木橋靖子)という同級生と再会する。彼女は彼の初恋の相手だった――。

 65歳の男女を主人公にしたアンチエイジングピンク映画と聞くと、若い客は(爺さん婆さんの裸なんて見たくないよ!)と思うかもしれない。高齢者の客だって(わしゃ断じて若い女の裸を見たい!)と言いだしかねない。しかしである。題名のとおり、いくつになっても人間は能力と相手がある限りセックスする。誰に気兼ねする必要もない。老人同士の性愛だからと、おぞましさを予感して敬遠するのは完全に間違っている。いまおか監督は若い男女が接合するのと同じ、(どうってことない)という風情で彼らの性に寄り添っている。人間が年を取ったらセックスしないという偏見が、アイドルがウンコをしないと思うのと同じように馬鹿げていることを知っているからである。

 高齢者の性を赤裸々に描く作品だが、そこにのぞき見的な、あるいはいわゆる“ピンク映画的”ないやらしさはない。それまで性的に潔癖だった鮒吉の妻は、死を目前にした病床で夫の手を秘部に導きいれる。寡夫となった鮒吉は、その際の亡妻の恥じらいをやるせなく思い返す(伴侶の死をあっさりと描く手際にも要注意だ)。なるほど年をとるとは、こうしたやるせない記憶をいくつも重ねていくことなのだ。主人公の男女がラブホテルに入って行為にいたるまでの過程も、通常ではありえないほどたっぷりの間合いがとられている。ベッドに横たわった着物姿のヒロインが、主人公の股間の上に手を置いたままぽつぽつと台詞を落とす場面など、しみじみといい。彼らにとっては、行為そのものよりも、行為にいたる過程そのものが尊く、“しあわせ”を感じられるひと時なのである。少なくとも筆者は、こういうかたちの情緒をスクリーンで見たことは一度もない。

 ヒロインを務める並木橋靖子がいい。リスクも大きかったであろう役を、文字通り体を張って演じきっている。加齢臭漂う淀んだ同窓会に彼女がフレームインした瞬間、思わずはっとさせられてしまった。その凛とした白いスーツ姿に清楚な美しさが張り詰めているからだ。しかし鮒吉との逢瀬に現れる彼女は、高齢者でありながらしっかり「おんな」である――いや、生まれてきてから死ぬまで女性は永遠に「おんな」なのだ。ベッドでの絡みで披露される豊かな乳房だって、そこらの熟女ヌードに比してなんら遜色がない。豊かで、やわらかそうで、どこまでも優しい。そこにむしゃぶりつく主演の多賀勝一が、また抜群にいい。冒頭からスカートめくりをしながら現れる彼には、年齢相応の落ち着きや威厳といったものが一切ない。スケベで悪戯好きな少年がそのまま年をとってしまったようなやんちゃな風貌である。めくったスカートの中に派手な下着を発見し、少年のように目を丸くするこの愛嬌はどうだろう。彼自身はちっとも“たそがれ”てなんかいないのである。

 前々作『かえるのうた』ほど無駄なショットのない日本映画も珍しいが、本作もそのストイックなタッチを引き継いでいる。鮒吉が妻の入院する病院の窓から町並みを眺める短いショットや、神社でヒロインに亡妻の話をする場面のバストショットなど、その静謐な気配に心がしん、と静まりかえってしまう。「重要な表情やセリフを撮るには、人物のバストショットをフィックスで押さえておけば十分」といった、シンプルかつ天才的な抑揚がたまらない。この品位こそ、筆者がいまおか監督を信頼する理由の一つである。また、鮒吉とヒロインが最後の一夜を過ごす場面で、筆者は成瀬巳喜男の『乱れ雲』を想起した。加山雄三が司葉子に「僕のふるさとの歌を歌います」といって突然がなり始める、旅館でのあの場面のことだが、あながち外れているとは思わない。悪友同士の爺さん三人が派手なシャツで着飾り、肩をいからせて通天閣を闊歩する移動ショットの噎せ返るような密度もちょっと忘れ難い。主人公たちの中学生時代の回想シーンがことごとく爆笑モノなのだが、何も知らずに接した方が絶対に面白いので、ここでは触れない。おなじみビトによる楽曲も、鮒吉の威勢の良さを引き立てるのに一役買っている。

 本作がデビュー作となる谷口晃の脚本には、新人らしい生硬さが随所に見受けられる。安定感を欠いた構成が心もとないし、老人同士の恋愛を「世間」が白眼視する、といった構図をヒロインの家族にあてはめ、わざわざ主人公と二人して彼らの前で“恋人宣言”する場面など、類型的な対立構造に寄りかかりすぎたきらいがある。しかしそうした“わかりやすさ”が、作品のポピュラリティを支えているのもまた事実なのだ。“老人の性”という問題に果敢に挑戦しつつ、笑いあり、涙ありの愉快な人情喜劇に仕上げた筆力には端倪すべからざるものがある。今後の活躍が期待できる一人だ。

  こういう単純に“良い映画”を見ると、「なぜかくも良質な人間ドラマが成人映画館でしか上映されないのか!?」と嘆息してしまう。いや、わかっている。ピンク映画の作り手は好きでピンク映画を作る。しかしピンク映画は18歳以下の観客お断りの成人映画館で上映されることを宿命づけられている。そして成人映画館のほとんどは、一般人がなかなか足を踏み入れにくいダーティな雰囲気を醸し出している。しかし本作は通常成人映画館に足を運ばないような客層にもきっと広く受け入れられる、普遍的な内実を誇る映画なのだ。超高齢化社会が到来した現在、中高年の客の目に触れる機会が増えることをただただ願うばかりである。

(2007.9.17)

たそがれ(いくつになってもやりたい男と女) 2007年 日本
監督:いまおかしんじ

近日、上野オークラ、浅草世界館他、全国成人映画館で上映予定。
こちらのシアターガイドを参照。

2007/09/18/07:52 | トラックバック (0)
膳場岳人 ,「た」行作品 ,今週の一本
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