インタビュー
加藤治代監督1

加藤 治代(ドキュメンタリー監督)

  • 映画『チーズとうじ虫』について

7月8日より、ポレポレ東中野にて
モーニング&レイトロードショー公開

公式サイト:http://chee-uji.com/

加藤 治代(ドキュメンタリー監督) 1966年生まれ。群馬県太田市在住。多摩美術大学美術学部芸術学科卒業後、スチールカメラマンのアシスタントを経て劇団黒テントに2年間在籍。母親の発病を機に帰郷。群馬県から映画美学校に通い、佐藤真監督(『阿賀に生きる』等)の指導のもとで作品を完成させる。完成した『チーズとうじ虫』は、2005年山形国際ドキュメンタリー映画祭で小川伸介賞、国際批評家連盟賞をダブル受賞。フランス・ナント三大陸映画祭ドキュメンタリー部門グランプリを受賞した。

『チーズとうじ虫』には、不治の病に罹患した母親とそれを見守る娘との穏やかな日々が繊細に記録されている。死を覚悟した母は、さしあたってはその日その日を淡々と生きる。歯磨きをし、三味線の代わりに箒を手にし、絵に熱中し、ブリ大根を煮る。娘はそんな母に慎ましくカメラを向け、同居の祖母は先に逝くであろう我が子を寡黙に見守っている。何気ない小景の積み重ねから浮かび上がってくるのは、あまりにも身近で悲痛な市井の一個人の「死」だ。母への思慕と喪失の痛みがやるせなく胸を震わせる、必見のセルフドキュメンタリー作品だ。

 

――お母さまはどういったお仕事をされていたんですか?

加藤治代監督2加藤 母は小学校の教員でした。学校では、登校拒否児童のカウンセリングなんかもしていたようです。

――お母さまが絵を描く場面がたくさん出てきますが……。

加藤 絵を描き始めたのは、教員を退職後、病気になってからですね。

――お母さまが病気になって三年経ってからカメラを回しはじめたということですが、それ以前は「闘病の記録を撮ろう」という風には思っていらっしゃらなかった?

加藤 全然ないですね。当時は本当にショックで泣いてばかりいました。その頃は劇団黒テントでお芝居をしていたのですが、それも辞めてしまって……。とにかく何も手がつかなかった。母の看病もしなければいけなかったので、気持ち的にも時間的にも作品を作ろうと考えるような余裕がなかったです。

――病気になってからカメラが回り始めた、という自覚はお母さまにあったんですよね?

加藤 初めは告知をしていなかったので、本当の病名は知らなかったんです。だから私のことは「カメラを買って、嬉しくて回してるんだな」くらいに思っていたはずです。だけど病名を告知して、治療が非常に難しいと。「だけどそれが治るんだってことを記録したい」といった話をしました。それで「じゃあ撮られてあげなきゃ」という気持ちになったと後で言っていました。病気が奇跡的に治った時に、同じ病気の患者さんが見て勇気付けられる作品に仕上がるのなら、撮影にも意味があるかもね、って。

――カメラを回している時とそうでない時とでは、お母さまの様子の違いってありましたか?

チーズとうじ虫3加藤 最初は恥ずかしそうに「やめて」 って言ったり、カメラ向けると目をそらすことが多かった。でもだんだん時間が経って、カメラの存在に慣れたり、私が撮影の理由を話すことで違和感は消えたみたいです。母は普段から箒にシールを貼って三味線の練習をしていたんですが、「これ撮ったらどう?」って向こうから提案してきたり(笑)。

――告知をしたときはやはりショックを受けていましたか?

加藤 そう思って、 告知の前の日から私はすごく怖かったんですけど、本人はすでに「なんかヘンだな」とは思っていたみたいで……。 告知を受けて開口一番、先生に「この病気はガン保険は降りるんですか?」って。 ガン保険を一杯かけているのにそうじゃなかったら、ということを気にしていましたね。

――お母さまがガン保険のお金を机の上に置いて、カメラに笑顔を向けるじゃないですか。 僕は作品の中で一番ぞくっとした場面で、あそこにあらゆるものが映っているというか、 「これは母親でなければできない笑顔なんじゃないか」って感じがすごくして……。

加藤 お金は……複雑ですよね。 ああいうときに頂くお金は。ちょっと殺伐とした雰囲気と言うか、身を削って出したお金、という感じがして。

――作品を見ていると、お母さまと監督との間にはきわだって深い絆があるように思えました。ほかの家庭と比べて、自分たちには特別深い絆があるという気はしていましたか?

加藤治代監督3加藤 うーん……。絆の深さに差異があるかどうかはわからないですけど、私の母親に対する執着というのは、ちょっと普通じゃないなと思います。だから、亡くなった時はそのぶんショックでしたし、亡くなるまでの七年間はとても辛かった。

――その「執着」というのはどこからきたものだと思いますか?

加藤 えー、それは、分析するに(笑)。父親がいないというのが大きいと思うんですね。父は私が二歳の時にやっぱりガンで亡くなっているんです。父が亡くなる前後というか直後から、すごく家庭が暗かった。雰囲気がピリピリしていて。母は父を亡くして、それで教員になったんです。だから経済的にも精神的にも母はかなりキツかったと思うんです。それに祖母が若い時はすごいキツイ女性で、母とはしょっちゅう喧嘩をしていました。 私は保育園とか幼稚園に行くたび毎日必ず泣く子で、それは、うちのことが心配で家から出られないんです。 (母が死んじゃったらどうしよう)とか考えてしまって。そういうのがちょっと尾を引いているかもしれません。いえ、分析すると、ですよ(笑)。

――お母さんと祖母はそんなにしょっちゅう喧嘩を?

加藤 しょっちゅうしていました。母が言うには、祖母に小さい頃から抑圧されていたって(笑)。祖母が年をとって、ちょっと均衡が保てるようになってきたとか、やっと言い返すことができるようになったとか、病気になってからはそういうことを言っていましたね。私は「喧嘩しながらずっと一緒にいる。こういう家族関係も悪くないなあ」って遠目に見ながら思っていました。母が亡くなってから、祖母は急速に衰えましたね。口では強がっているんですけど、母が生きていた頃の気丈さは失われてしまって。あんなに喧嘩ばかりしていたのに、それほどまでに必要としていたんだって……。見ていて辛かったです。

――お母さまの生前の映像を祖母が見ているシーンには胸が熱くなりました。

チーズとうじ虫1加藤 見ないと忘れちゃうんですね。 「直美ってどんな顔してたっけ? どんな声だか忘れちゃった」とか言って。それも切なかったから、撮ってあったビデオを見せたんですよ。そしたらすごくいい顔をして。ビデオの中の母が笑ったりするだけで、祖母は嬉しそうに笑ったりして――。特に三味線のところが好きだったようで、繰り返し見ていました。そんな祖母もこの一月に亡くなってしまいました。

――お母さまのご遺体を置いた自宅の居間に甥や姪たちが現れる場面は、初めて死に触れる子どもたちの、さまざまな表情が鮮やかに捉えられています。

加藤 母の体が焼かれてしまう、この世から消えてしまう、と思って、それでカメラを回したんです。あの日は、私も泣きながら撮っていました。後から聞いたんですけど、姪は朝早く母を起こしにいけば、きっと起きる、生き返ると思って、母を起こしにきたんだそうです。なのに母が起きないのですごくショックを受けていたって。それと、いつも鼻をほじっている甥(笑)は、前の晩に大泣きしていたそうです。人前ではそういうの見せないんですよね。カメラを向けるとおどけてばかりで。母の死は彼らなりにかなりショックだったみたいです。だけど、小さいからって死から遠ざけるのではなく、ちゃんと経験したほうがいい、ちゃんと傷ついたほうがいいとは思っていました。

――お母さまを亡くす前から、死生観について何か考えを持っていましたか?

加藤 父親のこともあるので、そういうことを暗く考えるタイプではあったと思うんです。だからといって納得する答えを出せてはいなかった。世の中というのは混沌としているな、何を信じていいかわからないな、というのはあって。振り返ってみると、二十代の頃は、お芝居は別として、楽しくなかったんです。気持ちがどこか殺伐としていて。自分のためにすべての時間やお金を使っていろいろなことをしていたんですが、あんまり幸せじゃなかった。だけど母親が病気になって実家に戻った時、状況自体は最悪なんだけど、たまに幸せを感じることがあったんです。母が笑ったとか、元気にご飯を食べたとか。そういうのを見ていて「幸せだな」って……。

――作品に出てくる、コスモスの咲き乱れる沿道や、畑に実る野菜といった映像にそれが反映されたということでしょうか?

加藤治代監督4加藤 そうですね。二十代ではああいった風景はあまり気にならなかったんです。「きれいだな」くらいは思うんでしょうけど。あの頃は、努力すればなんでも手に入る、手に入らないのは自分が悪いんだ、って考えていました。物事すべてに可能性はあるんだって。だけど母親が余命を告げられた時に、いくら私が頑張っても手が届かないものがある、努力ではどうしようもないものがあるってわかった。特効薬を開発する頭脳もないし、奇跡を起こすパワーもない。「ああ、自分は無力だな」って。その頃から、わからないなりに世界の見方が少しだけ変わっていった気がします。

本作に顕著なのは、作為の欠如だ。母が死に瀕した重病人であることを除けば、ありふれた地方都市の暮らしの小景がホームビデオ的に点描されるに過ぎない。しかし、そのありふれた世界には、あまりにも身近な生と死が深く刻み込まれている。そうした世界を成立たせているのは、監督の愚直なまでの「普通の目線」であり、ドキュメンタリー作家としてのあまりにも清冽で邪気のないまなざしである。

加藤 基本的に気が弱いというのがあって、人にカメラを向けるのがすごく嫌なんです。どなたもそうかもしれませんけど、非常に抵抗がある。これって致命的ですよね。それでも向けちゃうんですけど、それはある程度カメラを向けても大丈夫という関係が築けていないと無理です。だからこの作品でも、私は母にカメラを向けられないけれど、第三者だったらきっと向けるんだろうなっていう局面はあったと思います。「強いカメラ」を持っている人たちの作品を観ると、すごいなと思うんですけど、私は無理。だから映画美学校で佐藤真さんに教えていただいたのはすごラッキーだったと思います。

――佐藤監督は具体的にどういう指導を?

加藤 母が生きていた頃は、日常的な光景しか撮ってこなかったので、「ああ、静かな家族だね」って(笑)。感想なのか何なのか、よくわからないようなことを仰って終わり(笑)。そういうことがしばらく続きました。それで母が亡くなった直後、私は何を撮っていいのかわからなくなったんです。撮っていた対象がいなくなったわけですから。その時、「これを撮りなさい」とは仰らなかったんですが、「こういうところにカメラを向けてみたら」とみたいなことをちょこっと仰って。編集作業に入ってからも、「こうしなさい」と仰るわけじゃないですけれど、私が方向性を見失ったのを見て軌道修正の助言をしてくださったり。

――「もっと突っ込め」とか、ドキュメンタリーの講師が必ず言いそうなことは?

加藤 全然仰らなかったですね。「撮れない」ということを否定しない人なんです。母はひどく具合を悪くしていて、私もその看病で忙しい。それは"撮れないのは当たり前だから"って。でも、"何も撮れないかというと、そうではないだろう"って。だから勇気づけられましたね。他の誰かに「ドキュメンタリーはそうじゃないだろう」と言われてしまったら、きっと挫折していたと思う。

――編集段階で、作品の方向性はどのように決めていったんですか?

チーズとうじ虫2加藤 私としては、母が死んで終わり、というのだけは嫌だった。すごい辛いじゃないですか。母の体の痛みも私の気持ちも。なんでこんな思いしなければいけないんだろう、なんでだろうって思った時に、ここで負けちゃうと、その痛みが無駄になってしまうって。被害者みたいじゃないですか、それじゃ。それはちょっと違うって。そういう気持ちがいつもあったので、「病気に負けました、みたいな終わり方はできない」と、それだけはずっと思っていました。編集作業に没頭することで、傷が癒えたわけではないですが、あまりめそめそしなくなったというところはあります。

――お母さまが亡くなってから、映像の精度がグンと高まりますよね。人が変わったみたいな厳粛さが漂っていきます。

加藤 具体的に言うと、三脚を使うようになりました(笑)。バカみたいな話ですけど。それまで、三脚で撮るってことをしていなかったんですよね。他愛もなく撮っていて。でも母が亡くなって「ちゃんと撮ろう」って一大決心をしたんです。それもあって、亡くなった直後の遺体にカメラを向けたり。ちゃんと撮らなきゃって強い気持ちで。

――今後、職業監督としてやっていくという意識は強いですか?

加藤 なさそうですよね(笑)。そう言えたらカッコイイんですけど。撮るのは好きですし、ほかにできることもないから……。ただ、母のことのように気持ちがすごく動くことはそうはないと思っています。母を撮るように他の誰かを撮るということは、あるかもしれないけど、そんな簡単に見つかるものではないな、と。そのことを覚悟しつつ、何とか取り組んでいこうと思っています。最近気づいたのは、長い時間の中でちょっとずつ変わっていくものが私はすごく好きだということ。一見何も変わらないようなことが、長い時間をかけて見るとこれだけの変化をもたらしている――。そういう撮り方が性にあっているみたいです。そういう作品を撮りたいという、ちょっとした野心があります(笑)。

――最後に、好きな映画を三本教えてください。

加藤 何がいいかな……。大学生のときに一番好きだったのが『第七の封印』(56、イングマール・ベルイマン監督)です。凄く好きでした。今見直すとどうかはわかりませんが。それからタルコフスキーの『惑星ソラリス』(72)。タルコフスキーの映画のリズムが好きなんです。『サクリファイス』(86)も好きです。寒いところが好きなのかな……。それと最近見た『花よりもなほ』(06、是枝裕和監督)。こうして並べてみると、全然違いますね(笑)。

――ありがとうございました。

取材/文:膳場岳人、撮影:仙道勇人

2006/07/04/16:10 | トラックバック (0)
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