今週の一本
全世界の男が叫んだ、「いいから早くやれよ!」

膳場 岳人

『聴かれた女』(2007 / 日本 / 山本政志)

Text By 膳場 岳人

聴かれた女1

 男(大野慶太)が引越してきたアパートは、壁がひどく薄かった。隣に住む若い女(蒼井そら)の生活音や電話の会話が響き、彼氏 (加藤裕人)が部屋を訪ねてきた夜は、当然ながら情事の声が漏れ聞こえてくる。男は自室の壁に盗聴器を仕掛け、日夜、 彼女の生活音を聞くことに腐心する。彼女は何者かによる悪戯電話に悩まされており、 あまつさえ部屋には誰かの手による盗聴器や盗撮用カメラが仕込まれていることが明らかに。いつのまにか彼女を愛し始めていた男は、 意を決してある行動に出る――。

 アントニオーニやデ・パルマやコッポラの諸作を出したくなる欲求を割合簡単に押さえることができるのは、これがとてつもなく身近な、 否、卑近なシチュエーションを出発点とした物語だからであろう。隣に住む若い女の生活音に胸をときめかせ、 ついつい壁に耳を押し当ててしまう――。同じことをした経験が誰しもあるはずだ。独り暮らしをしている男は言わずもがな。いや、 言っておくが筆者だけじゃないぞ。地球上の男性すべてが壁に耳を当て、ニターッと卑しい笑みを浮かべているんだぞ。 聖職者だろうが総理大臣だろうがオダギリジョーだろうが皆一様にやるんだからな!

聴かれた女2 以前筆者が住んでいたアパートは、この作品に登場するように壁が薄い物件だった。 あるとき隣に若い女性が引越してきた。昼間の早い時間にしばしば帰宅する様子からして、学生だったのだろう。ある日曜日の朝、 筆者は聞いてしまったのだその声を。切なーくて、甘ーくて、しどけなーいその声を。土曜日の夜も、 ひょっとしたらやっていたのかもしれないが、ともかく日曜日の朝にそれを致すところが、リアルだった。壁に耳を当てていると、今、 どちらがどちらにどんな行為をしているのか、かなり具体的に想像することができた。 隣人の彼氏はいつもいい仕事をしているようだった。

 以来、声が聞こえるたびに仕事を放り出して壁に耳を当てた。狙いがヒットすることはなかなかなかった。たまにヒットすると、 とたんに声が中断したりした。じっと息をひそめて聞き耳を立てながら、 こちらが耳を澄ませていることを隣人は知っているのではないかと邪推したこともあった。彼らのひめやかな営みの声は、いつも不定期に、 気まぐれに壁の向こうから聞こえてきたのだった。それをキャッチするために、筆者は大変な集中力を発揮した。あのな、 もう深夜二時半なんだよ。なのに彼女は楽しげに笑い声をあげ、床をバタバタと足で叩いたりしているようだ。酒でも飲んでるのか。 シャワーは浴びたんか。浴びずに及ぶんか。え、もう寝たのか? どっちなんだよ!  こっちは耳をダンボにしたまま三時間も時間をムダにしているんだ!

「いいから早くやれよ!」

 ……この『聴かれた女』の中で、まったく同じシチュエーションでまったく同じ台詞を主人公が吐いていた。これぞリアリズム。 すばらしい。

聴かれた女3 えー、そんな風に幕を開ける本作は、予想を裏切る二転三転のドラマ展開を用意して、 見る者を大いに楽しませる、ウェルメイドな娯楽作品である。特筆すべきは、その透徹した明るさだ。盗聴、盗撮、ストーカー。 どう考えても陰気な匂いのするモチーフなのに、ビデオ撮りの澄明なキャメラのせいか、はたまた磯見俊裕(『血と骨』 『花よりもなほ』等)によるセンスの良い美術のせいか、いや、ヒロインを演じる蒼井そらの愛らしい顔立ち& 体つきのゆえと言うべきか、作品は徹底して明朗快活である。

 主人公の行為は女性全般にとってかなり気持ちの悪い行為だと思うが、(ま、それは男にとって普通のことなんだよ) といった世界観が前提となっており、必要以上の嫌らしさを感じさせない。また、役を生きる役者たちの自然体の演技も好印象。 特に主人公とヒロインがツーショットで収まるシーンは多くが長廻しで、恐らくは相当部分をアドリブによっている。 わざとらしさが鼻につく場面もあるにはあるが、その積み重ねが、 見ているこちら側もうっかり唇を差し出してしまいそうな緊密なキスシーンへと昇華されているので、多少の瑕疵は我慢である。それに、 何と言っても本作はきちんとしたラブストーリーである。いやいや、恋が本当に始まる瞬間を描いた作品というべきだろうか。

 蒼井そらの一癖ある恋人を演じるのは加藤裕人。以前、彼の出演した舞台(劇団男魂"TUMBLE")を見て、 なんて妖しい役者だろうと思った記憶があるが、この映画でもリスキーな役柄を捨て身で演じきり、今後いっそうの活躍を期待できそうである。 他に、ピンク映画界の代表選手、吉岡睦雄や人気AV女優の西野翔が秘密の役柄で出演。山本政志監督自身も盗聴屋の役で顔を出し、場をさらう。 映画監督とは基本的に演技がうまいものだが、この人のそれは立派に芸になっている。とりたててどうということのないドラマだが、 最初から最後までストレスを感じさせない小気味良い作品に仕上がっている。騙されたと思って見てみてください。本当に面白いから。

(2007.2.12)

聴かれた女 2007年 日本
監督・脚本:山本政志
撮影:三栗屋博
美術:磯見俊裕
出演:蒼井そら,大野慶太,加藤裕人,西野翔,吉岡睦雄,鳳ルミ 他
公式サイト
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2007/02/13/02:45 | トラックバック (0)
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