久しぶりに、いい仕事をしている原作付き映画を見た。映画「大阪ハムレット」(09)は、何より脚本がいい。
監督は「おぎゃあ」(02)「M-1グランプリへの道 まっすぐいこおぜ!」(04)などを手がけ、脚本家である光石冨士朗。原作は「少年アシベ」などのギャグ4コマ漫画で知られる森下裕美の、大阪の下町に暮らす人々を描く連作短編集だ。2006年に第10回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞、2007年に第11回手塚治虫文化賞短編賞を受賞したことは、伊達ではない。1話目から笑って泣ける。もちろん、マンガのテクニックや、シンプルな線で描かれる絵も素晴らしい。原作も、力いっぱいおすすめしたい名作だ。さて、短編という形で語られる原作を、どのように映画としてまとめるか。今回は、そのあたりを実にうまくクリアしている。
話の中心となるのは久保家の面々――ほがらかな母親と、老けてみられる中学生の長男、ヤンキーの次男、ちょっと中性的な小学生の三男、それから父親が亡くなった後なぜか一緒に暮らし始める謎のおっちゃんだ。物語は三兄弟それぞれのエピソードを中心に進んでいく。原作では別々の家族で描かれる三つの話を、映画では一つの家族の話にまとめているのだが、これがうまくいっている。登場人物が整理できたことで話がすっきりとまとまり、物語の密度が高くなった。加えて、家族の中で見た目は一番“問題”のありそうな次男が、実はマトモな部類であるという逆転現象が起こり、ついには狂言回し的な立場になって兄や弟を励ますという、思いがけなく笑える仕掛けにもなっている。
“問題”、と書いたが、実際この物語に登場する人々は問題だらけだ。といっても、罪になるようなことではない。母親はいい歳してモテモテで、いい歳なのに妊娠する。長男は中学生なのに大学生と間違われ、偶然知り合った女子大生と付き合い始める。この女子大生はいわゆるファザコンで、赤ちゃん言葉を使い長男に父親的な役割を求めもする。実は女の子になりたい三男は、そのことを学校で宣言してからかわれる。一方、三男と同じクラスには学校祭の劇で男の子役をやりたい女の子がいて…… 「大阪ハムレット」は、家族の物語であり大阪という街の物語であると同時に、登場人物のほとんどがいわゆる少数派に属しているマイノリティの物語であることも見逃せない。彼らに選択肢はない。どうしようもなく少数派である自分から、逃げることはできないのだ。そのため、問題をどう解決するかではなく、問題を持つ自分自身をどう生きていくか、という深い問いが投げかけられることになる。まるで、次男が読むシェイクスピアのハムレットがいう科白「生きるか死ぬか、それが問題や」に通じる難題だ。大勢とは違うというだけで、この世では生きにくい。けれど、現実の中で生きていかなくてはいけない。
そこでこの映画では、家族が大きな役割を果たす。家族はマイノリティ的な要素を「自分が自分らしくある要素」ととらえ、自分らしく生きていこうとするには現実は厳しいことを彼らに伝える。けれど、何よりまず無条件に受け入れるのだ。原作にも描かれていた周囲のあたたかい人々はここにも生きているが、特に映画の中で久保家が、どんな人をも「それでいい!」と肯定して世間に送り出す、象徴的な存在になっている。その久保家すら、次男は父親と似ていない自分が実の子なのか疑っていたり、結局何なのかよく分からないおっちゃんが一緒に暮らしたりと、単純に血のつながりを根拠にする家族とは違う形をしているのだ。自身もマイノリティである久保家が、つながりの危うさを超えて受け入れ合う姿にも感動させられる。これも映画版の脚本が生み出した、いい意味での副産物だろう。
人前で女子大生をおんぶする中学生。舞台の上でドレスを着る男の子。お腹を大きくしたいい歳のオバさん。マイノリティの姿は、俗っぽい常識から見れば、みっともないかも知れない。でも、それぞれは切実な思いから生まれた行動だ。そのみっともないと言われかねない姿を、見ていて自然に肯定でき思わず応援してしまうのは、この映画がうまく作られている証しだろう。大げさに持ち上げるでもなく軽んじることもなく、デリケートな題材が丁寧に扱われていることも、この映画の良さだ。
映画では子どもたちのエピソードが三男の学校祭の日をピークにそれぞれ結末を迎えるが、これも映画としての見せ場を作り出す効果的な演出になっている。原作にないシーンもいくつか追加されているが、次男が堤防の上をがむしゃらにつきすすんでいく長回しなど、脚本だけでなく画にも魅力があるのも嬉しい。制服の白いシャツに黒いズボンの三人が、どこからともなく堤防に集まって、遠くを眺める姿もさまになっている。その後ろの家で、毎回カップルがケンカしていて笑える。俳優も素晴らしく、母親役の松坂慶子はその巨乳ぶりにも驚かされたが、大阪弁での“母ちゃん”ぶりは見事だった。謎のおっちゃんを演じる岸辺一徳の独特の存在感や、要所要所で間のいい笑いをくれる次男を演じた森田直幸も忘れがたいし、三男の大塚智哉は現実感のある中性的な感じが絶妙だ。本当にあるのか? と疑ってしまうくらい笑える街角の看板や独特な食べ物など、映画の隅々に潜んでいる大阪の雰囲気も楽しい。
名作である原作を上手く映画に仕立て直した、仕事の確かさが感じられる一本。感動させようと狙うのではなく、題材を丁寧に描いたら感動が生まれた。そんな映画だと思う。にじみでる「生きとったら、それでええやん」というメッセージを、泣き笑いしながら味わえる良作だ。
(2009.2.19)
大阪ハムレット 2008年 日本
監督:光石富士朗 脚本:伊藤秀裕 原作:森下裕美 撮影:猪本雅三 美術:大庭勇人
出演:松坂慶子,岸部一徳,森田直幸,久野雅弘,大塚智哉,加藤夏希,白川和子,本上まなみ,間寛平
(c)2008「大阪ハムレット」製作委員会
2009年1月17日(土)より
シネスイッチ銀座、シネ・リーブル梅田ほか全国ロードショー中
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