話題作チェック

シャーロック・ホームズ

( 2009 / イギリス・オーストラリア・アメリカ / ガイ・リッチー )
続編への期待を抱かせるジュード・ロウの男っぷり!

富田 優子

『シャーロック・ホームズ』1ガイ・リッチー監督が、本作の主役である世界で最も有名な探偵の1人、シャーロック・ホームズ役にロバート・ダウニーJr.を、彼の相棒兼同居人のワトソン医師役にジュード・ロウを迎えたと聞いた時は、正直なところ、「イメージが全然違う!」と抗議ものだった。アーサー・コナン・ドイルの小説に登場するホームズの活躍は、これまで多くの映画やテレビでも映像化されているし、何よりも「シャーロキアン」と呼ばれる熱狂的なファンは世界中に数多く存在する。そんな彼らがロバート版ホームズを受け入れることができるのかどうか……と疑問に感じていた。

かく言う筆者は「シャーロキアン」を自認するほどではないが、自分なりのホームズ像を持っている。決定打になったのは、英国グラナダ・テレビ製作のテレビドラマ『シャーロック・ホームズの冒険』だ。このシリーズでホームズを演じたジェレミー・ブレット(『戦争と平和』(56)、『マイ・フェア・レディ』(64))の、髪をオールバックにし、英国紳士らしく、スーツをかっちりと身に纏う姿が、筆者の抱くホームズのイメージと重なる。眼光鋭く、わずかな手がかりを元に推理を働かせる明晰な頭脳、何があってもひるまず、冷静沈着に事件を解決する。ブレットこそ「ザ・ シャーロック・ホームズ」なのだ。
それに比べて、本作のロバートときたら……。髪はボサボサだし、スーツはよれよれで着崩しているし、その視線には人の心を見透かすような鋭さや威圧感はなく、子犬のような人なつっこさすら感じさせる。ロバートのクリクリした瞳は、それはそれで愛嬌があり、母性本能をくすぐられる女性も多いと思うのだが、あくまでもロバート本人としての話。稀代の名探偵ホームズとなるとそれではいかんだろう……と、ついつい思ってしまう。原作では女っ気が全くないホームズだが、本作ではアイリーン・アドラー(レイチェル・マクアダムス)とのキスシーンなど、恋愛の要素も絡めたり、しかも彼女に睡眠薬をまんまと飲まされ、全裸でホテルのベッドに手錠をかけられるという、原作では絶対あり得ないような、あまりにもお粗末な失態を演じてしまう有り様だ。

『シャーロック・ホームズ』2本作の大きな特徴は、本来は最大の醍醐味であるはずの謎解きの要素よりも、武闘派ホームズという一面を強調していることだ。確かにホームズは武術も優れているし、時折、その武術を以て敵を倒すシーンもあるのだが、それはちょっとしたアクセント程度のもので、あまり重要視されていなかったように思う。
また、本作の事件の敵は最初からブラックウッド卿(マーク・ストロング)と分かっているので、「いったい犯人は誰なのよ?」と、サスペンス特有のスリリングさを味わうことはないし、アクションを強調し過ぎるせいで、謎解きもゆるい。クライマックスで事件の真相を明らかにする、謎解きの鮮やかさに「そうか!そうだったのかー!」と思わず叫びたくなるような納得感も得られない。ホームズの脳内を視覚化して彼の推理の大部分を見せてしまっているので、緊張感がかなり損なわれている。しかも、続編への布石なのだろうが、終盤には、原作でのホームズの最大の敵モリアーティ教授の影もちらつき、ブラックウッド卿が禁じられた黒魔術を用いて世界征服を企むという、もともとの事件の骨格と、モリアーティの絡み方もかなり強引で、どうも釈然としない。
さらに、原作のアイリーンは『ボヘミアの醜聞』でのみ登場し、ラストでホームズを出し抜く。本作で彼女をフィーチャーしてレギュラー化(?)することには特に異存はないが、ホームズが「唯一愛した女性」として登場させていることには違和感を覚える。私見ではあるが、『ボヘミアの醜聞』を読む限り、ホームズが彼女に抱いていた感情は、敬意や畏怖、そして異性としての興味も多少はあったと思うのだが、愛や恋という簡単な言葉では表現できないような、複雑な気持ちであったのではないか、と思うのだ。それを「唯一愛した女性」というように単純にカテゴライズしてしまうのは、あまりにも短絡的過ぎて、原作のアイリーンのミステリアスな余韻を消してしまっていることは残念だ。

『シャーロック・ホームズ』3まあ、原作やイメージと違う点を列挙すればキリがない。ただ、本作を「従来のホームズ像を覆した」などと評する意見もあるが、筆者は「覆した」とは思っていない。「覆す」などという高いレベルで期待するのではなく、「原作とは別物」と割り切って観ることをお勧めしたい。一言で言い表せば、本作でのホームズは「19世紀後半の007」と言ったところである。ジェームズ・ボンドが活躍する『007』シリーズも、誰が敵であるか観客は最初から分かっているし、ボンドガールとのかけ合いや、ド派手なアクションがウリだ。本作でボンドガールの役割を果たすのがワトソンとアイリーンであり、怒濤のアクションシーンが繰り広げられる。ただし、ボンドと美女のお熱い場面までをロバートとジュードが再現しているわけではないが、ホームズはワトソンの婚約者メアリー(ケリー・ライリー)の話題になると、わざと拗ねてみたり、意地を張ったりして、ワトソンを唯一無二の存在と考えているのは確かだ。子供の頃、仲の良い友人とクラスが別々になってしまい、そのうちにその友人がクラスで別の友人をつくってしまい、何となく寂しい思いを噛みしめる状況に近いかもしれない。
原作とは別物の、サスペンスドラマではなくアクション映画として観てしまえば、イメージとの違いに頭を悩ませることなく、ストレスフリーでいられるだろう。ホームズとワトソンのコミカルなかけ合い(じゃれ合い?)もテンポが良く、微笑ましく思えるし、最大の見せ場である、建設中のタワー・ブリッジでのブラックウッド卿と繰り広げる死闘は、手に汗を握る出来映えであったことは認める。それに、この春休みの時期は子供向けのアニメやファンタジー映画が多く公開されているが、そのなかにあって本作は、数少ない大人向けの娯楽作品であることも事実だ。

なかでも、特に目を引いたのは、ワトソンに扮したジュードのカッコ良さだ。前述の『シャーロック・ホームズの冒険』で2代目ワトソンを演じたエドワード・ハードウィック(『永遠の愛に生きて』(93)、『エリザベス』(98))こそ、筆者にとってのワトソンそのものであった。そのため、ワトソン=温厚な初老の紳士、という図式が頭のなかに定着しているうえ、ホームズの背後で少々オドオドしているイメージを持っていた。だから、冒頭でも触れたように、現在37歳のジュードがワトソン役にキャスティングされたことに、かなり違和感を覚えていたのだ。
『シャーロック・ホームズ』4だが、映画を観て驚いた。ここ最近、頭髪の後退ぶりとスキャンダルネタに話題を持っていかれがちのジュードであったが、彼本来の美男子ぶりが本作でいかんなく活かされているのだ。ジュード版ワトソンは、若々しいうえ、ホームズと同じ程度にアクションも担当。ホームズがピンチの時は我が身を挺してかばう度胸の良さも持ち合わせていた。そして、これぞ英国紳士の鑑と思うくらいの男っぷりを発揮。スーツをばっちり着こなしている姿、メアリーをホームズに紹介するときの凛々しい軍服姿(ワトソンは退役軍人である)、銃を構える姿など、どれをとってもスクリーンに映えて、惚れ惚れしてしまう。少し前の主演作『スルース』(07)などでは、映画そのものよりも、どうしても髪の後退が気になって、「あぁ、ジュードにもハゲ・クライシスがやってきたか……」と、やるせない思いを抱えていたが、今はその後退ぶりにむしろ品格すら感じさせ、見苦しくないように整えていたのは天晴れだった。

このように、イメージとは全く異なるジュード・ワトソンだったが、従来のイメージを覆すという褒め言葉を使うとしたら、それは本作においては、ジュードのためだけに使いたいと思う。本作の鑑賞後、自分が抱いていたホームズ像とのギャップやサスペンスとしての詰めの甘さには不満を感じたものの、その一方で、ジュードの美しさに対しては満足度120%だ。
もちろん、ハードウィック版ワトソンの面影を筆者の脳内から消し去ることはできないが、それはそれで置いておいて、ジュード・ワトソンを意外なほどすんなりと受け入れることができたのは、本作にとっての最大の収穫だったと言えよう。そして、その「収穫」こそが、続編も観てみたいという期待につながる。ロバート・ホームズの活躍を観たいというよりは、ジュード・ワトソンの男っぷりをもっと堪能したいと感じた女性ファンも多いのではないだろうか。ジュードが思いもかけず当たり役を得たことは、素直に喜ばしいことだ。

本作が全世界の「シャーロキアン」に歓迎されなかったであろうことは、容易に推測できるが、サスペンスドラマとしての高揚感を味わえないのならば、その部分はばっさりと見切りをつけてしまおう!いっそのこと、ここは視点を変えて「ジュード鑑賞用映画」として、ミーハーに徹したほうが賢明かもしれない。

(2010.3.28)

シャーロック・ホームズ 2009 イギリス・オーストラリア・アメリカ
監督:ガイ・リッチー 製作:ジョエル・シルバー、ライオネル・ウィグラム、スーザン・ダウニー、ダン・リン
製作総指揮:マイケル・タドロス、ダナ・ゴールドバーグ、ブルース・バーマン 原作:アーサー・コナン・ドイル
原案:ライオネル・ウィグラム、マイケル・ロバート・ジョンソン
脚本:マイケル・ロバート・ジョンソン、アンソニー・ペッカム、サイモン・キンバーグ
出演:ロバート・ダウニーJr.、ジュード・ロウ、レイチェル・マクアダムス、マーク・ストロング、ケリー・ライリー
(c)2009 VILLAGE ROADSHOW FILMS (BVI) LIMITED

3月12日(金)より、丸の内ルーブル他 全国ロードショー!

シャーロック・ホームズの冒険 完全版 DVD-BOX シャーロック・ホームズの冒険 完全版 DVD-BOX
2010/03/30/23:53 | トラックバック (10)
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