榎本 憲男 (脚本・監督)
映画「見えないほどの遠くの空を」について
2011年6月11日(土)ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次ロードショー予定
密かに想いを寄せる女性を主役に据えて、ラブレターのような映画を撮ろうとする学生映画の監督と、そのシナリオに反発し、書かれていないセリフを語ろうとするヒロイン……。『見えないほどの遠くの空を』は瑞々しく悲しく滑稽な、青春映画の典型のような趣で始まり、やがて現実と幻想が交錯する不思議な世界へと観客を誘う。誰かを愛し、生き方を模索した懐かしい感情を生々しく湧き上がらせ、映画を観る歓びを呼び覚まさせてくれる、新鮮な魅力を持つ作品だ。
監督は榎本憲男氏。劇場支配人、プロデューサー、脚本家、映画学校の講師と、20代から様々な肩書きで日本の映画界に携わってきた氏の50代での監督デビュー作は、日本の若者、そして映画作りを目指す人を刺激しようという野心に満ちており、明晰さと映画への愛情とがインタビューからも窺えた。(取材:深谷直子) ▶ 試写プレゼント!
榎本憲男 1987年銀座テアトル西友(現・銀座テアトルシネマ)オープニングスタッフとして映画のキャリアを始める。1988年同劇場支配人。シナリオを学び1991年ATG脚本賞特別奨励賞受賞。その後荒井晴彦に師事。1995年テアトル新宿の支配人に就任。日本のインディペンデント映画を積極的に上映しつつ、荒井晴彦監督『身も心も』(97)をプロデュース。98年より東京テアトル番組編成を経てプロデューサーとなる。ケラリーノ・サンドロヴィッチ監督『1980』(03)、『罪とか罰とか』(09)、井口奈己監督『犬猫』(04)、山田あかね監督『すべては海になる』(09)、などをプロデュース。最新作は、深田晃司監督『歓待』(コ・エグゼクティブプロデューサー)が本年公開を控えている。
脚本家としてはEN名義にて小松隆志監督『ワイルド・フラワーズ』(04)、筒井武文監督『オーバードライヴ』(04)、深川栄洋監督『アイランドタイムズ』(07)、を執筆。
2010年、東京テアトルを退職。本作品にて監督デビューを果たした。
――『見えないほどの遠くの空を』は大学のサークルを中心としたごく小さい世界のお話ですが、意外な展開で物語が広がっていくのをとてもおもしろく拝見しました。初めての監督作で脚本もご自分で手掛けられていますが、ストーリーの着想はどこから得たのですか?
榎本 僕は映画会社でサラリーマンをやりながら、映画学校でシナリオを教えていたんです。そこの生徒たちが書いてくるものというのは、しょぼーんとして終わってしまうような似通ったものになってしまうんですよね。例えば共通の知人の死に際してみんなが集まって、その死をみんなで共有してしんみりして終わり、という感じで。そういうのを書きたいっていうのは何となく分かるんですけど、不満がふたつあるんですよね。まず、ただセンチメンタルな座標で収束させてちゃんちゃん、っていう世界観に対する不満。知人が死ぬなんて悲しいに決まってるじゃないですか。もうひとつは一応映画を作りに来ている子たちなのに、おもしろくしようっていう意思がないことに対する不満。この不満を解消する術を教えようとするんだけど、言葉で言っても分からないんです。じゃあやって見せようっていうのが、まずひとつのきっかけとなりましたね。
――確かに、周りにあるもので完結してしまう人が多そうですね。
榎本 そこで物語の構成という点でヒントになった映画というのは、ヒッチコックの『めまい』(58)というサイコ・スリラーと、あとはネタバレになるので言えませんが、まったく違うジャンル映画ですね。「ジャンル・トランスファー」と自分では言っているんですけど、こういうジャンルの映画だと思って観ているのに、途中でフレームが壊れて違うジャンルに移行する、というテクニックを使ったらおもしろいんじゃないかなと思って。学生が普通に映画を撮っているところから始まって、ミステリーになって、違うジャンルにもう1回持っていく。今までこう思って観ていたのが壊れるっていうのは観客にとって快楽なんですよ。
――そう言えば、映画に先がけて出版された原作小説の中には『めまい』の作品名が出てきますよね。暗喩的だなと思いました。
榎本 そうですね、映画だと著作権が関わるので出せなかったんですが。ただ、主人公の部屋には『めまい』のDVDが置いてある(笑)。
あともう1つ、世界観ということでは『ファイト・クラブ』(99/監督:デヴィッド・フィンチャー)のような、経済的には充足しているはずなのに精神的には何かが欠落してるという感覚を持った主人公を描きたいと思いました。『ファイト・クラブ』の主人公は、カネを持っていて仕事で世界中を飛び回って、消費社会の中でつつがなく生きているはずなのに、世界はなんてちっぽけなんだっていう感覚に苛まれている。僕が教えている生徒たちにしても、そういう感覚は分かるって言うんだけど、そういった感覚をもう少し動的な物語の中にあぶり出せないかと思って。
『ファイト・クラブ』の主人公が何によって目覚めるかというと、意味のない暴力によってですよね。ボクサーがボクシングをやることには意味があるけれど、男同士がただ集まってカネも取らずに殴り合うって、これは社会の中で位置付けできないわけですよ。その無意味さ、アナーキーさによって世界を確認するという感覚がいいなあと思ったんです。『見えないほどの遠くの空を』の主人公の高橋も、世界はちっぽけだと感じつつも、まあこういうもんさってそこに安住しようとしている。そこにヒロインが揺さぶりをかけるという。微妙なラブ・ストーリーの形を使って、主人公の感覚が揺らいで深化するさまを描いてみようと思いました。
――描きたい世界観がしっかりあったということですが、演出の面でも、俳優さんにきっちりと演技を付けてお芝居をさせたと伺いました。顔がアップで映るシーンも多く、役者側からしたら緊張したのではないかと思うのですが、みなさんなり切っている感じで、特に森岡龍さんの泣くシーンは本当に感極まって泣けてくるのが伝わってくるようでした。
榎本 森岡くんは泣くシーンが得意なんですよ(笑)。今までに試写を観てくれた人は森岡くんを絶賛していますし、彼以外の役者のことも褒めてくれていますね。最近の映画の流れの中では、本人そのものの味を出すことを尊重する演出が多い中で、僕はキャラクターの方に身を寄せてもらう度合いが高い芝居をしていただきました。ただ本人そのものっていうのも大事にしているつもりです。森岡くんは自分でも映画を撮ってるんですよね。だから映画に対してはかなり批評的です。僕が書いたシナリオに対しても最初から絶賛とかではなくて、むしろ好戦的なメールとかもくれるわけなんですけど、逆に僕はそれが好ましく感じました。そういう森岡くん自身が持っている個性と高橋賢というキャラクターをある程度は重ね合わせるようにして芝居を付けた部分もあると思います。やはり実生活でモノを作っているという本人の資質は大事にしたいな、とも思っていましたから。
――森岡さん以外も、男性のキャストは自分で映画を作っている人が多いですよね。
榎本 撮っていないのは僕だけ(笑)。森岡くんのネットワークが強かったですね。渡辺大知くんも、彼が推薦してくれたんですよ。
――渡辺さんはバンド(黒猫チェルシー)のイメージが強いので『色即ぜねれいしょん』(09/監督:田口トモロヲ)で主演されたときにも驚いたのですが、自分でも映画をやっていたんですね。
榎本 東京造形大学で映画を専攻しています。彼も何か撮るんじゃないですかね。実は彼の役はもっと美男子をイメージしていたんですよ。渡辺くんは美男子というのとは違うんですけど、何か人に気を許させるいい感じの兄ちゃんの雰囲気は出してくれて、現実味があって逆によかったなと。これは僕にとって意外で、役者に教えてもらった気がするところですね。だからさっき言ったことと両方なんですよね、映画って。監督である僕が作るこっちの世界に来させようとしても、やっぱり生身の人間だから来れる幅もあるわけですね。だけど逆に演じる役者の中で解釈するとこうなんだよなと再認識させてもらうところもあって、やっぱり役者というのは大事だなということが撮ってみて初めて分かりました。
――監督の世界観で作ろうとしていても、いろんな人の味が出てきてしまうと。
榎本 やっぱり役者ですよ。映っているのは役者だからね。マキノ雅弘監督が「1スジ、2ヌケ、3ドウサ」って言うわけですよね。映画というのは脚本・カメラ・芝居の順番で大事なんだということです。それはある意味正しいと思うし僕も日ごろからちゃんとシナリオ書けよって言ってるわけだけど、最後の勝負どころは動作だよなって気が最近はしてきましたね。
脚本・監督:榎本憲男
出演:森岡龍 岡本奈月 渡辺大知 橋本一郎 佐藤貴広 前野朋哉 中村無何有 桝木亜子
配給:ドゥールー、コミュニティアド ©2010「見えないほどの遠くの空を」製作委員会
※特別鑑賞券¥1,200/当日一般¥1,500
『見えないほどの遠くの空を』の試写会に2組4名様をご招待します。
ご希望の方は、『見え空』試写』(メールでご応募の場合は件名)と、「お名前・メールアドレス」を明記の上、こちらのこちらのアドレスか、メールフォーム(要・送り先の追記)からご応募下さい。
◆日時:5月29日(日) 12:30開映
◆TCC試写室 (東京都中央区銀座8丁目3番先 高速道路ビル102号)
◆応募締め切り:2011年5月27日(金) 12:00応募受付分
応募者多数の場合は抽選となります。
註)ご提供いただいた個人情報は、本プレゼント以外の目的では一切使用いたしません。また、個人情報そのものも招待状発送後一週間で破棄します。当選者の発表は、招待状の発送をもってかえさせていただきます。なお、当選に関するお問合せへの回答はいたしかねます。予めご了承下さい。
2011年6月11日(土)ヒューマントラストシネマ渋谷ほか
全国順次ロードショー予定
- 映画原作
- (著):榎本 憲男
- 発売日:2011-03-04
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