冨永昌敬 ( 映画監督 )
映画『アトムの足音が聞こえる』について
2011年5月21日(土)より、ユーロスペースにてレイトショー他全国順次公開
アトムの足音を知っているでしょうか?
「アトム」とは、そう。もちろん鉄腕アトム。それまで描かれてきたロボットの硬質な金属のイメージをくつがえす、なんともやわらかくやさしい耳ざわりがアトムの足音の大きな特徴です。1963年に国産アニメ第一号として放映の始まった、この『鉄腕アトム』の音響を手がけたのが唯一無二の音響デザイナー・大野松雄さんです。『アトムの足音が聞こえる』は、音響デザイナーとしての大野さんの業績をふり返りながら、むしろ奇才の現在にこそ寄り添おうとする異色のドキュメンタリー。『パンドラの匣』(09)や『乱暴と待機』(10)など、独特の都市的なセンスで話題作を次々と発表し、『庭にお願い』(11)に続いて今回はじめてのドキュメンタリー作品を手がけることになった冨永昌敬監督にお話を伺いました。(取材・構成=萩野亮 )
大野松雄の、いかにも「大野松雄」的な生き方【2/2】
●大野松雄の現在
――今回の作品のほうに話を戻しますが、構成がすごく大胆だと感じました。主人公の大野さんが最初の30分でまったく登場しない。わたしも大野松雄という人物を知らずに見たもので、(失礼ながら)もうこの人は存命でないのだなと見ていたらどっこい生きていた、という構成になっていて。このあたりは意図的なものでしょうか。(内容に関する質問のため反転処理しています)
冨永 ばれてるかなと思ったんですけど、そう思ってもらえるのはうれしいですね。これはなぜこういう構成にしたのかというと、要するに前半というのは彼の音響デザイナーとしての歴史を見せるということですね。プロフェッショナルとしての歩みというんですか、それを見せるということですね。そして音響デザイナーとしての大野松雄を描くつもりなら、本人は必要ないんですよ。ほぼ引退していますから。
――過去の業績だけで作品ができてしまうわけですね。
冨永 そうなんですよ。彼の伝説を描くだけなら関係者の談話だけで成立してしまうから、本当に本人は要らないんですよ。音響デザイナーとしての大野松雄は資料と談話だけで伝わる、でもこの映画はまだ終わらない。なぜなら、音響デザイナーを半ば引退しているにもかかわらず、大野松雄はいかにも大野松雄的な生き方をしている。そこが重要なんです。
――草月ホールのコンサートのシーンでしめくくられていきますが、これは当初からの構想だったのでしょうか。
冨永 しめくくるも何も、この映画全体を使ってあの音楽祭に向かっていくような構成を考えていたんです。半引退状態の音響デザイナーに、あるときコンサートの誘いが来た。音楽家ではないんだけど、生涯初のコンサートを80前になってようやくやることになった。それだけでドラマ性があるじゃないですか。そこから本番に向けて準備してゆく様子がベースになるはずだったんですね。ところが取材してみると、どうも大野松雄さんという人はそれだけではない。滋賀県の障害者施設での演劇活動こそが現在の大野松雄の姿なのだと。
●大野松雄の「仕事」
――大野さんが長く映されるなかで、施設のなかにいる大野さんと、音響の現場での大野さんの表情がぐっと変わるようにも見えたのですが。
冨永 ああ、そう見えました? ぼくもそれは期待していたんですけど、そんなに変わらなかった(笑)。むしろ施設のお芝居でPA(編註1)やってるときが一瞬まじめな顔してましたね。いつ一生懸命になるのかわからない(笑)。困ったのは、「本気でやった仕事は『血液』と『日本の音』と『大和路』くらいで、あとは適当だった」と。ところが現存していないんですよ。『血液-止血とそのしくみ』(杉山正美監督/62)という作品だけは残ってましたけど、ほかの二作品は、とうとう見つからなかった。要するに、『アトム』というのは適当にやった仕事なんですよ。にもかかわらず、それがもとで伝説になっちゃった。
――資料映像が豊富に使われていますが、かなり探されたのでしょうか。
冨永 本人が監督しているドキュメンタリーが出てきますけど、あれがちゃんと残っていてよかった。とにかくあの人は自分がやってきた仕事に執着しないので、散らばっていますね。夜逃げしたときにいろんなものを手放してもいるんで。だから資料を集めるのは苦労しました。だから、この映画を見ただけで大野松雄のすべてがわかるわけではないんです。亀井文夫(編註2)との関係もまったくふれていない。
編註1) Public Addressの略称。舞台音響におけるオペレーター、エンジニアを指す。
編註2) 亀井文夫 1908-1987。日本を代表するドキュメンタリー映画監督。代表作に『戦ふ兵隊』(39)、『日本の悲劇』(46)などがある。大野氏は亀井に師事し、大きな影響を受けたとされる。
●独創的なナレーション
――この作品で印象的なものに野宮真貴さんのナレーションがあります。観客に対して「あなた」という二人称で語りかけるわけですが、その「あなた」が具体的に設定されているように思いました。戦争も高度成長も知らないもっと若い世代に対して「あなたは」と語りかけているように聞こえます。
冨永 女の先生に教えてもらっているような感じですね(笑)。中学生や高校生が(この映画の)ターゲットだとぼくは思っているんですね。この映画のプロデューサーは、子どものころ『アトム』を見た世代なんですが、彼の息子さんが中学生か高校生くらいなんです。だから、『アトム』世代がこの映画を見に来るときに、子どもを連れてこれるようにしたかった。観客も二倍(笑)。『ポケモン』の映画版にもれなく親がついてくるような感じで、この映画は年頃の息子がついてくる(笑)。
――野宮さんを起用されたのは、冨永監督のたっての希望だったのでしょうか。
冨永 見ていただければおわかりのように、おじいさんばかり出てくる映画なので、どこかできれいな女の人の雰囲気、匂いを出したいなということで。そしたら野宮さんのお名前が真っ先に浮かんだんです。
――冨永監督はこれまでの劇映画でも「語り」や「声」というものを重視してきたのではないかと思います。『亀虫』(03)の圧倒的なモノローグや、『シャーリー・テンプル・ジャポン』(05)のパート1やPVなどでは逆にサイレントで演出されています。そうした映像と音響の関係については考えてこられたのでしょうか。
冨永 考えますね。作業をするなかで、気を使って当然の部分ですから。だから、いま思うとちょっとできすぎた出会いでもあった。そもそもお声をかけていただいた映画なんだけど、結果的には、自分が知りたかったことを取材できた。柴崎(憲治)さんなんてそうですよ。劇映画の音響の巨匠ですから。
●「夢のコラヴォ」実現の可能性は
――今後、たとえば冨永監督の映画に、大野松雄さんが音響をつけるというような、「夢のコラヴォ」的なことはあったりするんでしょうか。
冨永 そんなことを一瞬想像したこともありますよ。ありますけど、大野さんは「おれは活動屋は嫌いだ」と言ってる人なので(笑)。音響面について、監督や演出家に口を出されるのが我慢できないみたいで、だから、ぼくが映画の音響をお願いしても絶対に断られるだろうし、もし引き受けてくれたとしても、手塚治虫さんに怒鳴ったように「素人は黙ってろ!」と言われるのがオチでしょうね。
――いつかフラットな関係でコラヴォレーションが実現することを願っております(笑)。今日はどうもありがとうございました。
冨永 ありがとうございました。
( 取材・構成=萩野亮 )
- 監督:冨永昌敬
- 出演:染谷将太, 川上未映子, 仲里依紗, 窪塚洋介, ふかわりょう
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- 演奏: 大野松雄
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