高橋泉 (映画監督)
映画『あたしは世界なんかじゃないから』について
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第13回東京フィルメックス・コンペティション出品/学生審査員賞受賞
ある復讐のために集められた男たちが、ひとりの女を拉致する。悪意に満ちた不穏な気配に惨劇の予感を抱かせたまま、カメラは登場人物たちのそれぞれの生活でのドラマも映していく。群像劇のパズルのピースがはまっていく快感と、繊細に葛藤する人間の目線から社会的テーマと対峙する独自のスタイルが一層冴える高橋泉監督の新作『あたしは世界なんかじゃないから』は、今年の東京フィルメックスの最重要作の1本となった。見事学生審査員賞を獲得した授賞式直後の高橋監督に、光栄にもお話を伺うことができた。自らの体験に基づく作品のモチーフや映画作りへのこだわり、廣末哲万監督との映像ユニット「群青いろ」での先を見据えた活動に対する思いを力強く、ときに飄然と語ってくださり、映画への情熱と愛情にさらに深い感銘を覚えた。「今」を象徴するような事件を「普遍」に高め、なかなか作品を観る機会が訪れないことへの渇望を訴えると「今公開するのがもったいない」と撮った作品に絶対の自信を窺わせた。「映画を撮りたい」という衝動で錆びない作品を撮り続ける「群青いろ」の活動がますます楽しみになった。(取材:深谷直子)
――毎回映画祭に出そうということは考えて撮られているんですか?
高橋 作品は映画祭には絶対出すっていう。みんなノーギャラで出てくれているので、恩を返すとしたらそういうところでしかできないので。
――この作品は他の映画祭にも出されるんですか?
高橋 これが意外と海外ウケが悪いんですよね(苦笑)。クライマックスのシーンで彼女が爆発する前に歌うというのが何だか分からないみたいですね。1回自分を鼓舞するステップを踏まないと何かを言い出せないというのは日本人特有なのかなあと。海外の人だと思ったことをブワッと一気に言っちゃいそうじゃないですか。この奥ゆかしさが伝わらなかった。奥ゆかしくはないか(笑)。
――意外ですね。フィルメックスでは受賞もしたのに。高橋監督はフィルメックスで他の作品を観ていないとのことですが、今年のコンペティションは本当に面白い作品ばかりだったんですよ。入賞した2本(『エピローグ』、『記憶が私を見る』)も絶対獲るなと思っていたし。ここに選ばれて賞を獲るというのはすごいことだと思います。
高橋 学生審査員賞と聞いたときには「メインの賞じゃないんだ」と思いましたけど、やっぱりだんだん嬉しくなってきて、服装もピシッとキメてきてしまいましたし(笑)。授賞理由を聞いたら、もっとよかったなと思いましたね。「地球の裏側で作られたとしてもこの映画を選んだ」と(※)。
――普遍的なものが伝わったということですね。若い、いちばん届けるべき方たちが真っ直ぐに受け止めたということで、作品に最もふさわしい賞ではないでしょうか。私もこの作品の揺るぎない強さは大勢の方に観てもらいたいなと思います。次回作も楽しみですが、またハードな路線で行くんですか?
高橋 いや、今廣末くんが撮っているのは家族の映画ですよ。家族と言うか、大人になった3人の孤児が一緒に暮らしていて、「本当の家族の形とは何か」を考えるというもので。
――それも面白そうな設定で楽しみですね。群青いろは高橋監督と廣末さんが交互に撮っていく感じなんですか?
高橋 そうですね、連続では撮らないです。僕が最高傑作だと思って撮って、それを観て悔しくなって廣末くんが撮って、また僕が悔しくなって……、という連鎖がいちばん気持ちいい(笑)。
――いい関係ですね。これからも映画を撮るときは群青いろとしてやっていきたいというお気持ちなんですか?
高橋 商業でやってみないかというお話もちょこちょこありますけどね。まあでもやっぱりやらないかな。
――「人間昆虫記」も面白かったですし、今回これだけ仕掛けのある作品を撮られると、プロの俳優さんを起用したような作品も観てみたい気がするんですが。
高橋 多分つまんないものになると思いますよ(笑)。
――やっぱり群青いろの、廣末さんとの関係にしても役者さんたちにしても、濃厚な感じの中で撮りたいと。
高橋 共通言語を持っている人と作るっていう形を群青いろでもう確立させてしまったので、それ以上のものはできないかなあって。もちろんプロの方には凄い役者さんがいっぱいいるから、そういう人たちとやれば面白いかなとは思うんだけど、完全な自分の作品にはならないかなとも思って。
――気持ちよく撮りたいものを撮れているんですね。
高橋 撮影楽しいですもん(笑)。ずっとふざけてます。緊張感とか考えられない。
――でも内輪だけのものではなくて、外に向かって出しているというのは感じます。ライバル意識みたいなものがあるのもいいんでしょうね。早く群青いろがみんなに観てもらえる時機が訪れるといいなと思います。やっぱり届けたいのは若い世代ですか?
高橋 誰っていうのはいまだに見えないですね。スクリーンの向こう側に誰が座っているかというイメージは強くは持っていないです。少し話はずれますけど、ある作品に対して、ツイッターで「監督の知性が足りない」とか言っている人がいて、そういう人は群青いろの映画を観ても何も感じないでしょうね。ただ、この映画のセリフの引用ですけど、僕らの映画を愛してる人も憎んでる人もかかってきなさいとは思いますよ。僕らは同じスタンスで撮り続けてますから。
※ 学生審査員賞・授賞理由の全文は以下のとおり。
『あたしは世界なんかじゃないから』は、たとえ日本映画でなく、地球の裏側で作られた映画だとしても、あるエネルギーが炸裂する普遍性を持っています。そのエネルギーは見る者を絶句させるほどに圧倒的ですが、この素晴らしいタイトルの必然性を証明しています。映画を見始めたときあまりにも他人事に思われたシーンが、ベクトルごと逆転し、私たちの体験としてたしかに感じられたのです。
この作品を選ばざるをえませんでした。
学生審査員:山戸結希(上智大学)、三原慧悟(慶應義塾大学)、長井龍(明治大学)
( 2012年12月1日 日比谷・フレッシュネスバーガーで 取材:深谷直子 )
監督:高橋泉
製作:群青いろ 制作協力:カズモ
脚本:高橋泉 撮影:高橋泉 照明:廣末哲万 録音:ブジさん、川井武、中原潤也
整音:浦田和治 編集:高橋泉 音響効果:中村翼 音楽:Buji
出演:廣末哲万、新恵みどり、並木愛枝、高根沢光、結、カラトユカリ、礒部泰宏、中村倫子
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