高橋泉 (映画監督)
映画『あたしは世界なんかじゃないから』について
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第13回東京フィルメックス・コンペティション出品/学生審査員賞受賞
ある復讐のために集められた男たちが、ひとりの女を拉致する。悪意に満ちた不穏な気配に惨劇の予感を抱かせたまま、カメラは登場人物たちのそれぞれの生活でのドラマも映していく。群像劇のパズルのピースがはまっていく快感と、繊細に葛藤する人間の目線から社会的テーマと対峙する独自のスタイルが一層冴える高橋泉監督の新作『あたしは世界なんかじゃないから』は、今年の東京フィルメックスの最重要作の1本となった。見事学生審査員賞を獲得した授賞式直後の高橋監督に、光栄にもお話を伺うことができた。自らの体験に基づく作品のモチーフや映画作りへのこだわり、廣末哲万監督との映像ユニット「群青いろ」での先を見据えた活動に対する思いを力強く、ときに飄然と語ってくださり、映画への情熱と愛情にさらに深い感銘を覚えた。「今」を象徴するような事件を「普遍」に高め、なかなか作品を観る機会が訪れないことへの渇望を訴えると「今公開するのがもったいない」と撮った作品に絶対の自信を窺わせた。「映画を撮りたい」という衝動で錆びない作品を撮り続ける「群青いろ」の活動がますます楽しみになった。(取材:深谷直子)
――『あたしは世界なんかじゃないから』というタイトルからして言葉のセンスが女性的ですし、今回はいろいろなキャラクターが登場する中でも女性の強さが印象的で、女優さんが綺麗に撮られているなあとも思いました。並木さんは『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』(08)の永田洋子役の印象がとても強くて(笑)、でも舞台挨拶などでご本人を見るととても可愛らしい方だなと思うんですが、今回も強烈な役だけど本来の綺麗さが出ていますよね。新恵みどりさんも前作の『FIT』(10)とはまた違った透明感のある印象で。何か撮り方で工夫されたようなことはあるんですか?
高橋 今回はいつもと違っていて、被写体から離れてズームというより、カメラ自体を役者に寄せて撮ったところが多かったですね。
――そういうところで繊細さが出ているんですね。今回は密室のシーンもあり、アングルが制限される部分もあったと思うんですが、やはり撮影にもかなりこだわられるんですか?
高橋 そうですね、でも今廣末くんの作品を撮っているんですけど、廣末くんのこだわり方と比べたらそんなにこだわっていないかな(笑)。
――その廣末さんとのユニット、群青いろの作品は観たがっている人が多いと思うんですが、なかなか上映しないですよね。こういう映画祭や上映会の機会を逃したらいつ観られるか、という感じで私も必死になってしまうんです。監督たちご自身が公開をあまり望んでいないように思えるのですが。
高橋 公開したくないというわけではないんですけど、今自主映画の上映がすごく多いじゃないですか。あのウェーヴに乗りたくないんですよね。一緒にされたくないって言うか。
――(笑)。そうですね、そこに埋もれてしまうのはもったいないと思うんですが、でも上映会をすると大盛況じゃないですか。映画好きの人たちでもういっぱいになってしまって、まだ知らない人に観てもらえないのは残念だと思うんです。観たくて観に行くという感じでそれもいいかなとは思うんですが。
高橋 でもやっぱり今回の会場(有楽町朝日ホール)も600席あって、入りは6、7割ぐらいですかね? まだそんなもんしか集まんねえなという気がするんですよ。地方に行ったらさらに減るだろうし。でも園(子温)さんなんかはほぼ満席で、地方に行ってもきっとそんなに減らない、客が完全に付いている。ああいう状態に行けるまではいいかなと。そんなに焦って劇場公開しても得られるものは何もないので。
――お客さんの入りに関しては、ご自分ではそういう厳しい見方になってしまうかと思うのですが、私は入っているなと思いましたよ。平日で、少し開映時間が早かったんですよね、18時20分とかからで。だから確かに時間帯で損をしているなと思ったのですが、上映中の緊張感もその後の興奮した感じもよくて、私まで鳥肌が立つような思いでした。ご自分でも手応えはありました?
高橋 そうですね、お客さんと観るとやっぱり緊張するじゃないですか。飽きてるんじゃないかとかいろいろ考えたり、ソワソワソワソワしちゃって。でも今回は自分が集中しちゃってそういうことを感じなかった。だから自分がまわりを考えずに観れたということが嬉しかったです。
――みんな固唾を呑んで見入っている感じでしたよね。
高橋 それがすごくよかったです。
――自分のスタイルで映画を撮り続けた監督として、最近亡くなられた若松孝二監督がいらっしゃいます。若松監督はご自分がぴあフィルムフェスティバルで審査員をされたときの出品作である『ある朝スウプは』(03)をとても絶賛されて、自分の作品に俳優さんを起用もされましたよね。並木さんは今回の舞台挨拶で若松監督への思いを語られて感動的でした。高橋監督も交流は続いていたんですか?
高橋 前の作品(『むすんでひらいて』・07)でベルリンに行ったときにもお会いしていますし、交流はありましたよ。あと、『ある朝スウプは』で日本映画監督協会の新人賞をもらったときに、若松監督のほうから「俺のこと覚えているか?」って訊かれて。当たり前ですよね(笑)。
――それは当たり前ですよね(笑)。廣末さんも最近『海燕ホテル・ブルー』(12)に出演していて、これからどんどん若松組と群青いろとのコラボレーションが深まってくれると面白いなと思っていたんですが。
高橋 その矢先でしたね。
――若松監督は自分が撮りたい作品をどんどん撮って見せて、というアグレッシヴな姿勢で生涯映画作りをされた方でしたね。
高橋 (若松組出身の)白石さんも言っていたけど、「インディペンデント」という言葉を今たやすく使い過ぎていると言うか、やっぱり若松監督クラスになって初めて「インディペンデント」って言えるんじゃないかなと思います。
――自分の力で切り拓いていますよね。群青いろの作品も作品作りの気骨に通じるものを感じます。若松監督を見習っているようなところはありますか?
高橋 見習うと言うか、これも白石さんから聞いた話なんですけど、ピンク映画を撮っていた頃に、他の監督たちは著作権を無視してビートルズの曲とかを平気で使っていたらしいんですよ。だから今上映が一切できない。だけど若松監督はなぜかその頃からわざわざカネを出して音楽家を連れてきて音楽を付けていたりして、だからほとんど全てマルC(コピーライト)が若松監督になっていて。そういう先見の明があったんですよね。で、さっきの劇場公開の話に繋がるんですけど、みんながやってるから一緒にやっちゃえと言うんじゃなくて、先を見据えたいなと思っているんです。逆に今公開するのがすごくもったいない。公開できる運びになっていくならそれはいいんですけど、無理してまでやってとか言うよりは、先を見据えていきたいなと。そういうのが若松監督を見習いたいところですね。
――ああ、それは大切なことですね。何となく流れで上映するよりは、こういう映画祭などで実力を示していって機が熟するまであたためていくという。後まで残るものを作っていこうと長い目で捉えていらっしゃるから今急いで公開しなくても、というお気持ちが分かりました。
高橋 絶えずこういう映画祭とか、ちょっとした特集上映とかでやっていれば、観てくれる人は多分ずっと観てくれているし。続けていってどんどんそういうのが増えていったら、大きく公開とか目指してみてもいいかなと。
監督:高橋泉
製作:群青いろ 制作協力:カズモ
脚本:高橋泉 撮影:高橋泉 照明:廣末哲万 録音:ブジさん、川井武、中原潤也
整音:浦田和治 編集:高橋泉 音響効果:中村翼 音楽:Buji
出演:廣末哲万、新恵みどり、並木愛枝、高根沢光、結、カラトユカリ、礒部泰宏、中村倫子
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