榊 英雄 (監督) 映画『捨てがたき人々』について
▶公式サイト ▶公式twitter ▶公式Facebook2014年6月7日(土)より、テアトル新宿ほか全国順次ロードショー
(取材:後河大貴)
――本作は聖母像のショットで開巻し、モチーフのひとつとして新宗教“神我の湖”を扱っています。宗教を描くにあたって、いろんな困難あったと想像されますが。
榊 その匙加減は悩みましたね。新宗教って描くのがすごく難しいし、作品の間口も狭まってしまう。だから、まず「できるかぎり宗教色を脱色しよう」というところから始めました。そこで、京子を敬虔な信者というよりも、“宗教にまつわる人間”として捉える方向に切り替えたんです。彼女は“神我の湖”の熱心な信者ではあるんですけど、お客さんには“『罪と罰』(ドストエフスキー)のソーニャに憧れるおねえちゃん”、ぐらいに認識してもらいたかった。「新宗教よりも、文豪が書いた作品のほうがポピュラリティーがあるのでは?」と考えたんですね。
一方で、五島列島には土地に根ざした宗教があり、隠れキリシタンの歴史もある。仏教もあればカトリックもあり、それらが渾然一体となった人々の営みがある。だから、“神我の湖”も、その営みに内包されたひとつの宗教として捉えたらいいじゃないかと考えたんです。そんな五島の相貌を紹介する意味で、冒頭は、海の夕景をバックに十字架とピエタがある風景描写から始めてみようと。
――原作も然りですが、宗教が大きなテーマではあれど、ふつうは宗教が「喜捨すべし」と説く“捨てがたき我欲”が、必ずしも否定的に捉えられていない点をすごく面白く感じました。勇介は自我に懊悩しながらも、貪欲に他者を求め続けます。
榊 僕は宗教が大テーマだとは思わないし、それが一番人間らしいじゃないですか。宗教に敏感に反応する人もいるかもしれないけど、僕のなかではそんなことを乗り越えて、「人間って、どんな綺麗ごとを言ったってオマンコはするし、メシは食うし、クソもするだろ、金も欲しいし、妻がいたって別の女に目移りするだろ」っていうのはあって。そこは秋山さんとも完全に意見が一致していましたね。田口さんが演じた丸吉水産の社長は、妻帯者であり、かつ“神我の湖”の幹部でありながら、内田さん演じる社員とヤリまくってるわけで。それも神聖な自分の仕事場――海の恵みで禄を食んでいる人間が、魚をおろす作業台の上でセックスをする。この背徳感、そこに人間は浸るわけじゃないですか(笑)。
――しかも、葬式帰りで余計に盛り上がるという(笑)。
榊 あそこはよかったよね(笑)。「こんなに色っぽくなんのか!」って驚愕したんですけど、やっぱり、あれがまず人間のあるべき姿だと思うんです。“神我の湖”だとか、カトリックだとか、信仰の問題はその後のことじゃないかと。だから、「人間の原点を否定するとはなんぞや」と僕なんかは考えるわけですよ。もちろん、信仰に殉ずる人もいらっしゃると思うんですけどね。
だから、僕もそのひとりですけど、“捨てがたき我欲”に懊悩する人々っていうのは、原作のメッセージでもあるわけだし、だったらそこは歪めないで、どストレートにぶつけなきゃいけないんじゃないかと。誰しもが共感できるポイントでもあると思いますしね。宗教観とかカトリックの歴史もコラージュとして散りばめましたけど、僕も秋山さんも、そこが本質だとは考えていなかったですね。
――どうも宗教的なアングルにこだわりすぎたようです。僕はドストエフスキーをすごく敬愛してまして、わりと宗教を通して人間を見たいほうで……。
榊 それはそれでいいんです。あくまでも見る人の自由だと思うので。宗教に引っかかる人もいれば、なかにはマリア様を撮るだけで拒否反応を示す人もいるんですよ。「映画の題材にするのはいやらしい」とか。「いやいや、ちょっと待ってください。僕はふつうにあの風景のなかで育ったんですよ」って言いたくなりますけど。そうしたことをひっくるめて、人間の営みを見つめることが映画じゃないですか。「この島はこういう島なんだ」とか、「こういう人間たちがいるんだ」とか。自分のなかで感じるものを探してもらえればいいんです。だから、『罪と罰』から入る人がいてもいいんですよ。
ただ、勇介と京子が出会ってから10年を経て、『罪と罰』の本をボンッと机に叩きつけて目覚める場面を作ったのは狙いだったんですよ。本編には入っていないんですけど。勇介が出て行くと、子供と母親が抱き合うじゃないですか。脚本上ではその後に、子供と母親が追いかけていく時、『罪と罰』の本をドンッと踏んでいく描写があったんですよ。
――そうだったんですか!?それはめちゃくちゃいいですね!
榊 撮ろうとしてたんですけど、なんせ24時間以上撮影してたから、朦朧としちゃってて。僕はキャメラマンを含め、みんなと格闘しながら撮ってるので。でも今思えば、結果的にはそれもいらなかったのかな、と。結局は蛇足だったかもしれないし。そんなこともありました。
監督:榊英雄 原作:ジョージ秋山「捨てがたき人々」(幻冬舎文庫)
出演:大森南朋,三輪ひとみ,内田慈,滝藤賢一,佐藤蛾次郎,諏訪太朗,寺島進,荒戸源次郎,伊藤洋三郎,美保純,田口トモロヲ
脚本:秋山命 音楽:榊いずみ 撮影:宮川幸三 美術:井上心平 照明:木村明生 録音:永口靖
編集:清野英樹 助監督:山口雄也 制作担当:刈谷真 主題歌:「蜘蛛の糸」榊いずみ
制作プロダクション:ファミリーツリー 配給・宣伝:アークエンタテインメント
© 2012「捨てがたき人々」製作委員会
▶公式サイト ▶公式twitter ▶公式Facebook
2014年6月7日(土)より、テアトル新宿ほか全国順次ロードショー
- (著):ジョージ秋山
- 発売日:2009/05
- おすすめ度:
- ▶Amazon で詳細を見る
- (著):ジョージ秋山
- 発売日:2010/2/24
- おすすめ度:
- ▶Amazon で詳細を見る