榊 英雄 (監督) 映画『捨てがたき人々』について
▶公式サイト ▶公式twitter ▶公式Facebook2014年6月7日(土)より、テアトル新宿ほか全国順次ロードショー
(取材:後河大貴)
――もう一点、人物同士の企図がストレートに結ばれず、つねにズレを孕んでいるところがすごく面白かったです。例えば、勇介と京子の出会いにおいて、勇介は我欲を一方的に押し付け、京子は宗教的な価値観を一方的に押し付ける。けれど、ふたりは意想外に身体で結びついてしまいます。こうした関係性の総体として、作品世界が成立していますね。
榊 それは原作もそうだし、秋山命さんの狙いとしてあったんだと思います。僕自身も、人間はやっぱりズレながら生きてるとは思いますけどね。ただそれよりも、ヤリたいだけの男と、宗教観から愛を求めて笑顔を絶やさない女――でも、口では「いやいや」とか言いながら体が応じてしまう。その下世話なところに僕は乗ったんですね。美保さんが演じたあかねだって、意識のうえでは相手を拒絶しながら、結果的に肉体が反応してしまう。で、僕はやっぱり、爾後の後ろ姿に愛を感じるんですよね。こう、尻を拭いたりしながらね。
――逆に、我欲でもって他者を求めないで、自分の頭のなかに飛び込んじゃった人は、悲劇的な最期を迎えます。その対照が際立っていました。
榊 それもあるし、自然という巨大な営為のなかでは、「どんな人間も死ねば肉になり、土に還るんだよ」ってことを絵で見せたかったんですよ。海岸の波打ち際に黒々とした塊が打ち上げられている。カメラがトラックアップしていくと、波音で蟹がサーッと逃げてゆく。で、よくよく見ると自殺した人間の遺体だった、みたいなね。さらに、死体が現れた時に、口のなかから蟹がモゾッと這い出てくるイメージが撮りたかったんです。でも、一応、蟹はいっぱい集めたんですけど、撮影当日にスタッフが死なせてしまったので、口のなかから蟹が這い出てくるシーンのみの撮影になりました(笑)。今言われたズレとか、宗教的なテーマに関しては、脚本の秋山さんが深く深く追求していたものなんでしょうね。僕はそれを、より本能的に解釈しながら撮っていった部分はあると思います。
――観客の方々にメッセージがあればお聞かせください。
榊 「人間って愛しいですよね」ってことに尽きますね。それは表面的な美しさというよりも、剥き出しの人間こそが愛おしいと思うんです。普段は隠して、体よく誤魔化し続けている欲望とか本能――まあ、それに忠実になりすぎると捕まっちゃったり、いろいろ大変なことになってしまうと思うんですけど(笑)。だから、現実では難しくとも、それを映画館の暗闇のなかで体感していただくのもいいんじゃないかと。
あと、「人間ってなぜ生きて、なぜ死ぬんだろうか」っていう、僕のなかの命題というか、御題目あるんです。それをなんとなく観客の方に持ち帰ってもらって、夜中に空を眺めたりしながら、「どうなっていくのかな?」なんて、ぼんやり考えてもらうだけでいいのかなって。われわれがどう生きてどう死ぬかって問いに、現状、答えなんてないじゃないですか。だから、『捨てがたき人々』って作品が、その問いを考えてもらうきっかけというか、間口になることができたらいいですね。
――ラストシーンの勇介のふとした身振りに、今仰った問いの回答が仄見えたような気がしました。
榊 ラストに関しては試行錯誤してたんですけど、「自分自身が勇介なんだ」と容認して、「僕だったらどうするだろう?」ってことを自問したときに、ふっと編集が完成したんですよ。僕には、平穏無事な安定した生活があって、子供がいたとしても、どこかで「すべてが面倒くさい、全部を振り払ってどこかに行ってしまいたい」って思いがあるんです。その思いがどこに由来しているかを考えると、僕の父なんですよ。親父はそれをしちゃって、いなくなったんです。
さらに遡ると、うちの祖父は、親父が小学校4年生の時に家族を全部捨てちゃって、いなくなっているんですよ。で、40年後に、いきなり親父に電話してきたんです。「息子よ、俺に金を送ってくれよ」って連絡してきたんですね。「今、佐賀の××で生活してるから」と。むろん、親父は「40年前に俺を捨てたくせに、金なんか送るか!」って激高してました。ところがその1年後、唐突に祖父が死んだという報せが舞い込んだ。そこで親父が、お袋に「迎えに行っていいか?」って言ってたのを覚えてます。「どんな人間でも親は親やけん、迎えてやりたいんだけど」って。僕は、なにが親父にそう決意させたのか疑問だった。後日聞いて泣いちゃったんですけど――親父は、「小学校の時におんぶしてくれた、背中のあたたかいのが忘れきれんっちゃんね」と。
これが僕が18か19の頃の話で、当時は大学生だったんで福岡にいたんですけど、たまたま正月に帰省したときに、「じいちゃんだよ」って言われて。僕は「ああ、こが人が酷いじいちゃんね」って感じで。財布には千何十円しか入ってなくて、「おお、いいっちゃん、プラスやけん」なんて思ったけど、一方で「情けねえなあ、儚いなあ」っていうのもあって。「こういうもんか、人生は」と。そこから親父は「自分らしく生きたい」ってことで、生き方を変えたんですよ。で、四十代後半を迎えたときに、ふっといなくなった。
僕は今43歳ですけど、どこか親父の気持ちがわかる気がするんです。なんかモヤモヤするんですよ。子供のために、家族を守るために生きているんですけど、「ちょっと待てよ」と。でも、全てを振り払ってどこかに行くこともできない。だから、許容範囲のなかでモゾモゾと足掻くことが人生なんじゃないかって思うんです。妻以外の女性のケツを見ても、それが許容範囲内であればいいんですよ。石原さとみの唇を奪ってもいいんです、妄想のなかなら(笑)。あるがままに生きてるなかで煩悶する、それが人間らしくていいじゃないかと。
だから、親父は祖父のおかげで生き方を変えたんだけど――僕は自分のなかで留めるために、或いは残りの人生のために、『捨てがたき人々』を撮ったのかもしれない。人生は闇だからけだし、生きているうちは運命が見えないからこそ、光が欲しかった。観客の方に、その光を少しでも感じていただけたら、このうえなく嬉しいですね。
――ありがとうございました。
( 取材:後河大貴 )
監督:榊英雄 原作:ジョージ秋山「捨てがたき人々」(幻冬舎文庫)
出演:大森南朋,三輪ひとみ,内田慈,滝藤賢一,佐藤蛾次郎,諏訪太朗,寺島進,荒戸源次郎,伊藤洋三郎,美保純,田口トモロヲ
脚本:秋山命 音楽:榊いずみ 撮影:宮川幸三 美術:井上心平 照明:木村明生 録音:永口靖
編集:清野英樹 助監督:山口雄也 制作担当:刈谷真 主題歌:「蜘蛛の糸」榊いずみ
制作プロダクション:ファミリーツリー 配給・宣伝:アークエンタテインメント
© 2012「捨てがたき人々」製作委員会
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