――映画の後半は、エリカとタイチの感情がぶつかり合う、激しい場面のつるべ打ちでした。一番しんどかったシーンは？

千葉　全編通してしんどかったですけど（笑）、それはシーンがどうとかっていうよりも、エリカの精神状態が辛かったですね。彼女は心理学的に言うと、ほとんどうつ病だったり、ＰＴＳＤだったりっていう状態だと思うんです。でも私自身は本来、笑い上戸なので。撮影中は、ひたすら「落ち込んでいなくちゃ、うつでいなくちゃ」って自己暗示をかけてました。だから、むしろ喜びを表現するシーンのほうが、印象深いですね。仕事場から出てきたタイチをエリカが出迎えるシーンがあるんですが、もう、走って行って飛びついちゃうんです。あれは私のアイデアなんですが、監督に提案したら採用してくれて。個人的には、「ジャンピングハグ」って呼んでいるんですけど（笑）。あれを一回目にやったとき、私と波岡さんは楽しすぎて、終わってからスキップしちゃったぐらい。で、すかさず監督が「スキップＮＧ！」って（笑）。

――撮影中は、京都府宮津市で合宿をされたそうですね。お芝居をされるうえで、どんな作用がありましたか？

千葉　宮津全体がそうではないんですが、私たちがロケをした場所は、かつて女郎街だったところで。街路を歩くと古民家があるんですけど、窓に鉄格子があったりとか。町に独特な雰囲気があって、時が止まっているような感じがするんです。そんな環境にずっと身を浸していられたのは、とても良かったんじゃないかと。というのも、タイチもエリカも過去の呪縛に囚われていて、人生が進んでいるとは言い難いじゃないですか。あそこで２人は時間を共にしたけど、はっきりと成長や変化はしていないし、将来が見えたわけでもない。そういう意味では、時が止まっているような宮津で撮影できたのは、ベストだったんじゃないかと思います。

――小宮一葉さん演じる“襦袢の女”が古事記の一節を朗読する場面がありますが、ああしたことが存立しうるような磁場だったと。

千葉　私は、襦袢の女は、エリカが作り出した存在だと思っていて。彼女は、罪の象徴だと思うんですね。映画のなかでは人間のかたちをしていますけど。エリカにとっては自分が犯してきた罪の具現化であり、一番恐ろしい存在なんじゃないか、と。だから、それがエリカに見えても、おかしくはないですよね。

――なるほど、その通りだと思います。いま仰られたような環境で役にどっぷり浸られたわけですが、逆に、エリカが千葉さんの実人生に残していったものはあったりしますか？

千葉　撮影の途中で、気づかないうちに自分と役の違いが分からなくなったりしてましたね。撮影が終わってからも一週間ぐらいは、なかなかエリカが抜けませんでした。役が抜けたら、すっごく気持ち楽になりました。この映画は、“呪縛”っていうものがひとつのテーマになってますけど――呪縛って分かりますか？

――罪悪感だらけの人間なので、とてもよく分かります。

千葉　私は呪縛に囚われたことがなかったので、撮影中は「この気配はなに！？なんでこんなに苦しいの！？」みたいな感じで。で、終わったあとに「そうか！あれが呪縛というものだったのか……」と。解放されて初めて、呪縛に気がついたって感じはありました。

――では、劇中でエリカが呪縛から解放されたあとのダンスシーンでは、千葉さんご本人は解放されてなかったと（笑）。

千葉　あのシーンのあと、東京でダンスシーンの撮影が残っていたので、エリカから完全に離脱するわけにはいかなかったんです。ただ、ロケをした教会は日本では最古の教会で、やっぱり独特のなにかがあるんですよ。あそこで踊ったときに、私は、自分の愛している人――家族だったり、友人だったりを思い浮かべていました。「その人たちがどうか幸せになりますように、楽しい人生を送れますように」という願いを込めて踊るようにしたんです。