レビュー

007 スペクター

( 2015 / アメリカ・イギリス / サム・メンデス )
2015年12月4日(金)TOHOシネマズ日劇ほか全国ロードショー!
11月27日(金)、28日(土)、29日(日)先行公開決定!
集大成という位置づけが生んだ皮肉

岸 豊

ネ タ バ レ あり 『007 スペクター』メインカット1 『007 スペクター』メインカット250年以上にわたって製作され続けている007シリーズ。その主人公で英国の諜報機関MI6(秘密情報部)のエージェント「007」ことジェームズ・ボンドは、ショーン・コネリーやピアース・ブロスナンなどの名だたる俳優が演じてきた。この伝統ある役を『007/カジノ・ロワイヤル』(06)で受け継いだのが、シリーズ初の「金髪ボンド」となったダニエル・クレイグだ。『007/慰めの報酬』(08)、『007 スカイフォール』(12)への出演を重ね、シリーズ最高のボンドという評価を確立してきたダニエル・クレイグだが、本年12月4日に全国公開を迎えるシリーズ最新作『007 スペクター』(15)は、彼がジェームズ・ボンドを演じる最後の作品だと言われている。

本作の物語はメキシコで幕を開ける。ジェームズ・ボンド(ダニエル・クレイグ)は、ある人物の指示に従って、「死者の日」が開催中のメキシコでひと騒動を巻き起こす。MI6を率いるM(レイフ・ファインズ)は激怒してボンドを監視下に置くが、時を同じくして、MI5(合同保安部)のC(アンドリュー・スコット)によってMI6は解体の危機に瀕する。一方、Mの監視を振り切ったボンドは、メキシコで見つけた指輪を手掛かりに、「スペクター」という巨大な犯罪組織の存在を突き止める。その後ボンドは、かつて敵対したMr.ホワイト(イェスパー・クリステンセン)に再会し、彼の娘であるマドレーヌ・スワン(レア・セドゥ)を守ることと引き換えに、「スペクター」の情報を得るのだが……。

本作は、ダニエル・クレイグ主演の過去3作を繋げる集大成として位置づけられている。その繋がりを明かすのが、本作でボンドが対峙する秘密結社「スペクター」のボス、フランツ・オーベルハウザー(クリストフ・ヴァルツ)だ。オーベルハウザーは、「スペクター」のボスであると同時に、幼き日に両親を亡くしたボンドが共に育った、ボンドの義理の兄でもある。しかしオーベルハウザーは、ボンドに「父を奪われた」ことによってボンドを憎むようになり、結果的に悪の道へ進んだという。
この「ボンドに父を奪われた」という過去は、シリーズにおける重要なポイントになる。なぜなら、この過去があるからこそ、『007/カジノ・ロワイヤル』『007/慰めの報酬』『007 スカイフォール』で描かれた戦いが生まれたというシリーズの流れが本作で明かされるからだ。しかし、シリーズにおける最大の焦点となるこの過去の描写にこそ、本作最大の問題が生じている。

オーベルハウザーがボンドに「父を奪われた」ことは、彼がボンドを憎むには十分な理由に思える。しかしそれは、あくまでも「父を奪われたこと」にボンドが何かしらの責任を負っているならの話だ。というのも、本作で説明される限り、オーベルハウザーの父の死に対して、ボンドには何の責任もない。よって、オーベルハウザーがボンドを憎むのは、単なる言いがかりにしか聞こえないのだ。
『007 スペクター』場面1 『007 スペクター』場面2シリーズを繋げるという重要な役割を果たすこの過去において真に描かれるべきなのは、オーベルハウザーの父の死に対してボンドが感じる責任や罪悪感であるべきだ。なぜなら、こうした心理描写の積み上げがあってこそ、オーベルハウザーがボンドに対して抱く憎しみと、ボンドがオーベルハウザーに対して抱く罪悪感が対照をなし、未来における2人の対決にドラマが生まれる。しかし本作が描くのは、ボンドに父を奪われたというオーベルハウザーの言いがかりでしかない。その結果、本作には悪としてのオーベルハウザーvs正義としてのボンドという単純明快な構図しか生まれず、深みのないストーリーに終始してしまっている。本作は過去を描くことで確かにシリーズを繋いではいるため、集大成と言えなくはない。しかし、その繋ぎ方(過去の描き方)が極めて稚拙であり、集大成という言葉に釣り合った上質な作劇術を見出すことは到底できない。

さらに付け加えれば、終盤におけるボンドの短絡的な行動もいただけない。彼が取る「ある行動」は、彼が置かれている状況下において、最も取ってはならない行動であり、この行動をボンドに取らせる背景には、「クライマックスに繋げる」という脚本の短絡的な狙いが透けて見える。そのクライマックスでボンドが陥るピンチも、絶体絶命の状況とは言えない(勿論これはオーベルハウザーの甘さが起因しているのだが)ために、ピンチを乗り越えるボンドの姿にカタルシスを感じることができない。
もし、過去における積み上げが必要十分に為され、ボンドとオーベルハウザーの対決に、より大きなドラマが与えられていたのなら。そして、オーベルハウザーやボンドの甘さが排除され、終盤の展開に綻びがなかったのなら、本作は文字通りの集大成になり得たはずだ。

本作は、約4分間に渡る長回しを用いた流麗なオープニングや、序盤で挿入されるMI5とMI6の対立構図がリアリティを担保することによって、シリーズの過去作との差別化を匂わせ、鑑賞者に大きな期待を抱かせる。しかし、物語の核となるオーベルハウザーのキャラクター設計と、シリーズを繋げる過去の描き方、そして終盤の予定調和な展開は杜撰と言わざるを得ず、物語が進むにつれて、作品の魅力が尻すぼみになってしまった。
筆者は物心ついた時から本シリーズのファンであり、特にダニエル・クレイグ版ボンドのファンだった。本作が彼にとっての集大成という位置づけにありながら、真の意味で集大成になり得なかったという皮肉な結果が、本当に惜しまれる。

(2015.11.21)

007 スペクター ( 2015年/アメリカ・イギリス/カラー/148分 )
監督:サム・メンデス 主題歌:サム・スミス「ライティングズ・オン・ザ・ウォール」
出演:ダニエル・クレイグ:ジェームズ・ボンド クリストフ・ヴァルツ:フランツ・オーベルハウザー レイフ・ファインズ:M ベン・ウィショー:Q  ナオミ・ハリス:マネーペニー レア・セドゥ:マドレーヌ・スワン モニカ・ベルッチ:ルチア・スキアラ イェスパー・クリステンセン:Mr.ホワイト アンドリュー・スコット:マックス・デンビー デイヴ・バウティスタ:ヒンクス
SPECTRE ©2015 Danjaq, MGM, CPII. SPECTRE, 007 Gun Logo and related James Bond Trademarks, TM Danjaq. All Rights Reserved.
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11月27日(金)、28日(土)、29日(日)先行公開決定!
2015年12月4日(金)より、TOHOシネマズ日劇ほか
にて全国ロードショー!

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