特集
(2005 / 日本 / 女池充)
見る者を闇で濡らす、”夜”のドラマ

膳場 岳人

ビタースイート1 『ビタースイート』の空間には独特の触感がある。 スクリーンの四隅に滲んだ闇がゆるやかに滴り落ちて見る者を濡らし、しばしばこれが「映画」であることを忘れそうになってしまう。 もちろんそれは都会的な雰囲気を漂わせるフレーミングや、編集の端正なリズムが、 見る者を映画世界へと円滑に引き込んでいるからだが、総体として、 この映画は見る者の孤独にしっとりと触れ続けているという印象が強く残るのだ。音楽もほとんど使用されないが、 登場人物の心理を浮き彫りにし、見る者の心を画面にぴったりと引きつけておくためには、 この静謐こそが必要だったということだろう。

 結婚を間近に控えた祥子(向夏)は、婚姻届を取りに向かった役所で、離婚届を取りにきていた中年男・ 工藤(石川KIN)と出会い、衝動的に結ばれてしまう。レストランオーナーをしている工藤は、親友の妻(林由美香)を奪って結婚し、 二人の子どもをもうけているという身勝手な男。そこまでして手に入れた女ともいまや離婚寸前の身の上だ。 祥子はそんな工藤との関係にズルズルと溺れていき……。

ビタースイート2 きわだつのは西田直子(『スワッピング・ナイト 危険な戯れ』『不倫する人妻 眩暈』等) の脚本のうまさである。役所に婚姻届を受け取りに来た女と、離婚届を受け取りに来た男が出会うという、「陰」と「陽」 を絵に描いたようなコントラスト。その設定からしてため息が出るほど巧みである。「婚姻届」 を手にしたヒロインがマリッジブルーの風情で物思いに耽っていると、紙の真ん中にさっくり切れ込みが走ってしまう。その瞬間の 「あ」というつぶやき。そのなんでもない「あ」が、幸福を約束された彼女の生活に大きな亀裂を走らせ、 闇雲にドラマを走らせてしまうのだ。離婚届を手にした男の店に押しかけ、衝動的に関係を持ってしまったならば、 あとはそれぞれの背景を探り、関係の行く末を丹念に追うだけで、地に足のついた人間ドラマが生成するだろう――。

 こうした「物語」に対する確信は、鈍い緊張感となって途切れることなく持続し、徐々に深まっていく。 はずした台詞もまったくない。終盤では予想もできないような意外な事実も判明する。シークエンスの展開もお見事の一語だ。

 妻を奪われたショックで酒びたりとなっていた工藤の親友、吉田(佐野和宏)は、ついに病に倒れる。 彼を見舞った工藤は、医者から吉田の病状が重篤なものであると聞かされる。いや、映画の中に工藤がそう聞かされる場面はない。 彼がその後に取った行動から、その病状の重さが推察できるのだ。吉田を見舞った夜、工藤はまっすぐ家に帰り、離婚寸前の妻を抱く。 このとき工藤は「離婚寸前の妻」ではなく、「吉田から奪った女」として妻を抱くのだ。こうした人間の心理、 行動の描写がじつに映画的で的確だ。

ビタースイート3 薄闇の広がる寝室で展開されるこのベッドシーンは出色である。やりきれない事実に直面した男は、 まだ何も知らぬ女を相手に激しく欲望をぶつける。こんな夜、男はきっとこのようなセックスをするのだろう、 爾後の会話はきっとこんな風になされるのだろう、という意味でのリアリティが強く感じられる。 この夜にいたるまでの一連のシークエンスを見るだけでも、この映画は一見の価値があると思う。

 芸達者な演技陣が、劇的で濃密な空間を構築している。ヒロインの向夏は地味でおとなしめの顔立ちだが、 婚約者を捨ててあっさり行きずりの行為に身を任せる女性像をなまなましく演じきっている。その友人役の藍山みなみは、 個人的に大好きな女優さん。出番はそれほど多くないけれど、愛らしい顔立ちと優しげな肢体は多くの男性ファンを魅了するはずだ。 そして今年6月、多くの映画ファン、映画関係者から惜しまれつつ急逝した林由美香も、 冷めた風情ながらもしたたかさを秘めた主婦を鋭いまなざしで演じていて、改めて喪失の大きさに胸ふさがれる。

 工藤を演じた石川KIN(欣)といえば、すでにピンク映画界では重鎮の地位にある映画監督であり、 オムニバス『Jam film S』(05)の中でもっとも面白い『ブラウス』を撮ったことで知られるが、筆者にとっては、名作 『スキンレスナイト』(望月六郎監督)で演じた、冴えないピンク映画監督役が真っ先に思い浮かぶ。ここではかつて遊び人、いま中年、 という中年男を、柄物のシャツの着こなしと咥えタバコで体現し、じつにかっこいい。その親友、吉田を演じるのは佐野和宏。いわゆる 「ピンク四天王」の一人として知られる映画監督だが、自暴自棄な生活から死期を早めるやさぐれた男を哀愁たっぷりに好演。 この二人の映画監督が殴りあうシーンなど、色々な意味で愉快だ。

ビタースイート4 この映画から、当節流行の「泣けました」とか「感動しました」といった、 分かりやすい形容は出てこない。「これからどうなるんだろう」というあたりで、映画はこれが「映画」 であることをさらりと示唆してぷっつり途切れる。丹念に描かれてきた人物たちの命運に関しても、「こうあるべき」 といった作り手の想念や、「こうなってほしい」という観客の願望などのらりくらりとかわして、 人物たちはそれぞれの明日を歩み出してしまう。映画を見終わった観客たちもまた、個々人の事情や思いを引き摺りながら、 暗い夜道をとぼとぼと家路に着くしかない。そのとき、あるいは腕を組む相手がいるかもしれないし、 気の重い告白をせねばならぬ相手がいるかもしれない。しかしながら、この映画はあえて孤独者たちに向けて作られたといってみたい。 人間がもつほんらいの孤独を意識せざるをえない夜(誰にでもそんな夜がある)、この映画はどこまでも人の心に沁みてくる。 「ちゃんとした大人の映画を見たい」と思っている観客にとって、『ビタースイート』 はその期待に応え得る充分な質実を誇っているといえるだろう。

(2005.12.7)

女池監督公式blog
『ビタースイート Bitter Sweet』
(旧題『濃厚不倫 とられた女』)
監督:女池充
脚本:西田直子
出演:向夏、林由美香、石川KIN、佐野和宏、藍山みなみ
http://www.argopictures.jp/lineup/bittersweet.html
12月10日(土) よりポレポレ東中野にてレイトロードショー

2005/12/08/11:12 | BBS | トラックバック (0)
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