話題作チェック
(2008 / アメリカ / オリヴァー・ストーン)
ブッシュにエクスキューズの機会を与えなかった、
オリバー・ストーンの陰湿なイジメ

富田 優子

(結末に関する記述あり!)
『ブッシュ』1これはもしや、今人気の社会風刺コント集団〈ザ・ニュースペーパー〉の米国版か?とも思えるような光景が、映画の冒頭から繰り広げられる。2002年当時の米国の政治家のそっくりさん達――第43代大統領ジョージ・W・ブッシュを筆頭に、チェイニー副大統領、ラムズフェルド国防長官、パウエル国務長官、ライス大統領補佐官等――が「悪の枢軸(Axis of Evil)」のネーミングについて、「ああでもない」「こうでもない」と話し合っている。それも緊張感もなく、言葉遊びの感覚で。ただのコントで済まされるなら見ている側もそれなりに面白い。
だが、実際に「悪の枢軸」とは、2002年1月29日にブッシュ大統領(当時)が一般教書演説のなかで、イラン、イラク、北朝鮮を反テロ対策の標的として名指ししたもので、この3ヶ国をテロ支援国家に指定した。これにより、米国に対する激しい反発が起こり、結果的に1年2ヶ月後の2003年3月19日、イラク戦争へ強引に突入してしまう。こういう事実を振り返ると、ああ、こんな調子だったから世界はこんなにもおかしくなってしまったのか……と怒りを通り越して、もはや脱力感すら覚える。

本作の監督は、ベトナム戦争を題材にした『プラトーン』(86)と『7月4日に生まれて』(89)で2度のアカデミー賞監督賞を受賞したオリバー・ストーン。その他にも、『JFK』(91)、『ニクソン』(95)と自国の大統領をモチーフにした作品を監督し、社会派のイメージのある彼が最新作で主人公に選んだのは、史上最低の米国大統領との呼び声も高い、ジョージ・W・ブッシュ。さぞかし重厚で露骨なブッシュ批判を行うのだろうな、と思いきや、コントとホームドラマを融合させたような、軽いタッチの映画に仕上がっており、あからさまな批判や強い主張はない。もちろん、ブッシュを擁護する映画でもない。

それにしても、俳優陣の本人なりきり演技には目を見張る。主役のブッシュには『ノーカントリー』(07)、『ミルク』(08)など、最近の活躍ぶりが目覚ましいジョシュ・ブローリン。その他、チェイニー=リチャード・ドレイファス、ラムズフェルド=スコット・グレン、パウエル=ジェフリー・ライト、ライス=タンディ・ニュートン、そしてパパ・ブッシュこと第41代大統領ジョージ・H・W・ブッシュにはジェームズ・クロムウェル、と実力派俳優が揃い、本人と見分けがつかないほどだ。
ブローリンの演じる、いかにも賢くなさそうなブッシュも良かったが、秀逸なのはチェイニーを演じたドレイファス。本作では描かれていないが、チェイニーは2006年に狩猟中に友人を誤射して重傷を負わせたという、「この大統領ありて、この副大統領あり」と思わせるような失態を演じている。ドレイファスはそんな彼を瓜二つのうえに、後の友人誤射事件も「さもありなん」と思わせるような軽率な雰囲気を醸し出し、知性や品格も感じさせず、石油のことしか眼中にない強欲な副大統領を好演した。
『ブッシュ』2まあ、本作に限って言えば、ここまで徹底して本人に似せないと説得力が出ないだろう。在任中は頻繁にメディアに登場し、約半年前に政治の表舞台から去った人々の印象は、まだ我々の記憶に強く残っているからだ。〈ザ・ニュースペーパー〉のメンバーも日本の政治家そっくりに演じているからこそ、単なる物真似の枠にとどまらず、その風刺が生きてくるというものだ。

本作でも、そのそっくり演技を生かして、自国の国家元首を小馬鹿にする要素を散りばめられている。もちろん、国家元首といえども、所詮は人間だ。だから、プレッツェルをのどに詰まらせたり(公表されているだけでも2回)、記者会見で何度も言葉を咬んだり、自分の牧場なのに「道を間違えた」ということは、誰にでもあり得ること……ではあると思う。残念ながら映画には出てこなかったが、子供に「ホワイトハウスってどんなところ?」と訊ねられて、「白いよ」と答えたという絶妙なボケもあり、ブッシュの迷言には笑わせてもらった。この点だけにフォーカスすれば、雲上人のように近寄りがたい雰囲気を持っているのではなく、どこにでもいるような人間臭く、親しみやすいオヤジではある。

しかし、彼は世界のリーダーたる超大国・米国の大統領なのだ。「親しみやすい」だけでは済まされないはず。見ている方は「こんな情けない人物が国のトップで良いのか?」と思わずにはいられない。本作の全米公開は昨年10月で、まさに大統領選のまっただ中。“No more Bush!”とばかりに、ブッシュと同じ共和党から出馬したマケイン氏を押さえ、民主党のオバマ氏が当選。筆者も個人的にはブッシュを最悪の大統領だと思っているのだが、唯一功績を残したと言えることがあるとするならば、オバマ氏がブッシュ時代からの“CHANGE”を訴え続けたことが強い原動力となり、実現不可能とも思えた人種の壁をぶち破り、初のアフリカ系大統領を誕生させた気運を作ったことだろう。

ストーンは、ブッシュを真正面から批判するのではなく、ネチネチと個人攻撃を仕掛け、イラク戦争がブッシュ個人の問題と深く関わり合っていることを描いている。その描き方は、国内向けの政策よりも、イラク戦争を中心とした外交政策にフォーカスしたことによって、米国民だけにではなく、我々のような外国人でも非常に分かりやすい。大統領になり、父が果たせなかったイラクのサダム・フセイン政権を倒すことと、しかもそれは主戦派のチェイニーとラムズフェルドの口車に乗せられたこと、そしてイラクに埋蔵されている石油の利権を獲得することが目的だったことに、世界中の人々の憤りを感じさせることには成功したと言えよう。

『ブッシュ』3結果的に国民から見放されたブッシュだが、そもそもどうして彼は大統領になったのか?それは、大学はコネ入学、酒と女性に目がなく、職を転々と変えていく自分を「ブッシュ家の恥」と断じ、弟ばかりに期待を寄せる父を見返してやるという一念だった。加えて、神の啓示を受けたから、と主張している。もちろん、親を見返したいという気持ちが、何かを成し遂げるモチベーションになることは否定しない。だが、国を背負う重責に対して、あまりにも軽々しい発想で、「えっ、そんなことで?」と見ている側は戸惑いと怒りを禁じ得ない。だが、その一方で、映画としては、どうも物足りなく感じるのはなぜだろうか?

それは、「政治家」ブッシュの信念がどういったものなのか、本作では明確に描かれていないからだ。若い時代の放蕩ぶり、父親との確執、イラク戦争への過程の描写に多くを費やし、彼のプライベートの駄目っぷりが強調されている。本作からは彼の政治思想や、国民と世界のために人生を捧げる、というような政治家としてごく当たり前の覚悟が見えないのだ。コネ入学とは言え、ハーバード大のMBAを修了し、テキサス州知事となり、ついには大統領にまで上りつめたのだから、本来ならそれなりの見識はあったはずなのに、このあたりの描写については、ストーンはほとんど触れていない。堅苦しくなく、ワイドショーのネタ的な要素を中心に映画化したことは、多くの人の関心を集めることができるだろうが、表面的な出来事をなぞっているだけである。
本作と同じように、米国大統領を主人公とした『ニクソン』では、ニクソン元大統領の功罪を骨太に描き、彼は困難な道であろうとも突き進むという悲壮な覚悟で溢れていた。ウォーターゲート事件の発覚で辞任したニクソンに「俺だけがなぜ責められるんだ!」と悲痛に叫ばせ、見る者の心を揺さぶったストーンなのに、本作ではなぜ?という思いがある。彼の監督としての力量が衰えてしまったのだろうか?

また、なぜブッシュが大統領になったのか?=なぜ国民は彼を選んだのか?という疑問がどうしても湧いてくる。選挙参謀役のカール・ローブ(トビー・ジョーンズ)の巧みな指導があったのはもちろんだが、大統領選挙は国民の直接投票で決まる以上、なぜ国民はブッシュを選んだのか、そのあたりの描写がないのは片手落ちだ。それを問ううえでも、ブッシュの政治信念を描いて然るべきではないだろうか。この点をもう少し掘り下げれば、ブッシュ時代の8年間について議論を深めることが出来ただろうに、小難しいことを抜きにしてしまい、誰もが「聞いたことがある話」に終始しているのも不満に感じた。

『ブッシュ』4ブッシュを小馬鹿にして、見る人に「ブッシュはもうイヤだ!」と思わせたことは成功した。でも、やはりブッシュ時代について、もっと考えなければならないはずなのに、ストーンにしてはこんなにも軽いタッチなのはなぜなのか?という疑問が、どうしても筆者の頭から離れなかった。
そして、ふと気付いた。ストーンの力量が衰えたなどと、考えたことを後悔した――これはストーンの故意の仕業だ!と。ニクソンと違い、ブッシュを多角度から掘り下げて描く価値すらないと考えているのだ。もしかしたらブッシュも「どうして俺だけが責められるんだ!」と叫びたいのかもしれない。だが、ニクソンは任期半ばで辞任するという汚点を残したものの、冷戦下において対立するソ連をはじめ東側諸国への封じ込め政策から融和的なデタントへの転換を図り、中国を承認し、ベトナム撤兵を実行するなど、優れた指導力を発揮した敏腕政治家でもあった。だから、ストーンは彼に対して自己弁護とも受け取れるような、この叫びを用意し、憐憫の情を見せた。

だが、ブッシュにはニクソンのように羅列できるほどの功績がないと判断し、ブッシュの政治的信念を描くことを、ストーンはわざと放棄したのだ。さらに、彼はブッシュにエクスキューズの機会すら与えなかった。つまり、これはストーンによる陰湿なブッシュ・イジメなのだ。そのトドメとして、ブッシュの迷走ぶりを象徴するかのように、映画のラストで、彼に野球場の外野でフライにあがったボールを見失わせた。彼は狼狽の表情を浮かべている。それは国の舵取りの方向性を見失った姿そのものだ。そのボールは一体どこへ落ちるのか、映画では描かれていない。オバマ氏がしっかりとキャッチできるのか?現実の世界で、そのボールの行方に我々も注視しなくてはいけないのだ。

日本でもとかく言われている「リーダーの資質」。パパ・ブッシュの「人にはそれぞれ器というものがある」という言葉の意味が重い。本作ではリーダーはこうあるべき、と説いているわけではないが、私情や自分の利権を政治に持ち込むような人間にその資質があるはずがない。ブッシュがリーダーの器ではなかったことは、この映画でも明白だ。彼が叩かれるのは、リーダーにふさわしくない人物なのに、大統領になってしまったからだ。見方を変えれば、彼にとっては、分をわきまえなかったことによって起きた、ある種の悲劇と言えるかもしれない。
だが、ここでブッシュに同情しては何の意味もない。実際に、今の混沌とした世界に誰がしてしまったのか?このことを冷静に見極めるべきだ。アフガニスタン侵攻、イラク戦争で一体どれだけの戦死者が出ているのか、そしてどれだけの無辜の市民が犠牲になっているのか、ということを考えると、いたたまれなくなる。リーダーに不適格な人物をトップに戴いた米国、そしてそんな彼が世界のリーダーとして君臨したことこそ、悲劇だったということを忘れてはならない。ストーンはブッシュへの陰湿なイジメを通して、そんな最低限のメッセージを本作に託したのだ。

今後、ブッシュ時代の検証が研究者の間で盛んに行われていくことだろう。その過程で、新たな事実が明るみに出てくるのかもしれない。そうしたらもう一度、同じスタッフ、キャストでリメイクしてもらいたいと思う。今度は骨太で重厚で、議論を巻き起こすような作品を期待したい、と思うのは贅沢だろうか。否!そんなことはあるまい。オリバー・ストーンであればやってくれる、と信じて気長に待ちたいものである。

(2009.6.2)

ブッシュ 2008年 アメリカ
監督:オリヴァー・ストーン 脚本:スタンリー・ワイザー 撮影:フェンドン・パパマイケル 美術:デレク・ヒル
出演:ジョシュ・ブローリン,リチャード・ドレイファス,スコット・グレン,ジェフリー・ライト,タンディ・ニュートン,
トビー・ジョーンズ,デニス・ボウトシカリス,ブルース・マッギル,コリン・ハンクス,ヨアン・グリフィズ,
ジェームズ・クロムウェル,エレン・バースティン,エリザベス・バンクス,ジェイソン・リッター
(c) 2008 Prescott Productions, LLC All Rights Reserved.
公式

5月16日(土)より、角川シネマ新宿ほか全国ロードショー中

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2009/06/03/13:16 | トラックバック (5)
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