パブリック・エネミーズ
(結末に関する言及あり!)
1929年、ウォール街で端を発した株価の大暴落をきっかけに、世界的規模の経済不況が市民を苦しめていた。世に言う「大恐慌時代」である。第1次大戦への輸出によって経済的好況を手にしていたアメリカでも、工業生産の低落により工場は閉鎖し、多くの労働者が街頭に放り出された。1933年にはとうとう全銀行が業務を停止し、市民の長年の貯蓄を無に帰してしまう。当時は政府や銀行が市民を搾取しているような時代であった。本作は、そうした暗澹たる世相を背景に、銀行強盗を繰り返し、その紳士的な立ち居振る舞いと、市民からは一銭も奪わないという手口から「義賊」として大衆を魅了した伝説のアウトローヒーロー、ジョン・デリンジャーの生きざまをヒロイックに描く物語である。
「社会の敵」「犯罪王」と呼ばれたデリンジャーにはなんと、ファンクラブ(John Dillinger Died for You Society)までもが創設されている。また、デリンジャーを題材とした映画(『犯罪王デリンジャー』(45)『ギャング王デリンジャー』(65)『デリンジャー』(73))がこれまでに製作されているし、アメリカのヒップホップグループ、パブリック・エナミーは、デリンジャーのニックネームを頂戴して悪ぶっているという人気ぶりだ。
その実在の悪漢であるジョン・デリンジャーを演じるのが、現代映画界きってのスター俳優であるジョニー・デップである。本作での端正な佇まいと影のある人物造形を事もなげに具現化して見せる存在感は、ただならぬ役者魂が漲って上々である。
1933年6月から34年7月の死を迎えるまで、アメリカ中西部をまたにかけて強奪、脱獄を繰り返し時の人となったジョン・ハーバート・デリンジャー。彼はインディアナ州インディアナポリスで生を受け、1924年、悪友にそそのかされ強盗を働き、逮捕、はじめての刑務所送りとなる。ここでの9年間の服役中に、彼は諸兄らから犯罪のテクニックを仕込まれ、強盗、脱獄の知恵と技術を身につける。仮釈放後間もなく、オハイオ州ニュー・カーライルで銀行を襲撃、$10,600を強奪する。その後、刑務所に収容されている仲間を脱獄させることにも成功する。
本作中、幾度となく収監、脱獄を繰り返すデリンジャーであるが、その舞台となるインディアナ州クラウン・ポイントにあるレイク郡刑務所は、実際にデリンジャーが過ごしていたとされる場所である。実際の事件現場での撮影は、演ずる役者陣にとって、大きなプラス材料となったようである。これには監督であるマイケル・マンのリアリティを追求する作家的姿勢が功を奏した結果である。
ジョニー・デップは、こうしたマンのディテールにこだわる作品作りが、本作の濃度を決定づけたと評し、讃辞を送っている。またデップは、役作り以前に、彼の憧れの対象であるチャーリー・チャップリンやバスター・キートンに寄せる想いと同じく、ジョン・デリンジャーに対しシンパシーを感じていたとのこと。デップは厳かにも「その理由は分からない」と語っているが、役者が演ずる役について、役作りを超えた憑依ともいうべき信憑性は、前述のような人間の存在に対する共鳴がなくては生まれ得ないものであろうし、図らずも犯罪者の人となりと同類となる親近感は、役者のデモーニッシュな宿命として避けられぬ事実を現わしている。
ここで面白いのは、マイケル・マンのプロダクション・ノートによると、彼の考えるデリンジャー像は、本人が複雑な性格そのものであるジョニー・デップ以外には考えられないと確信していたことである。他方でまたデリンジャーに対し、親愛の情を抱いていたマンが、そのダークサイドをデップの中に見出していたという奇遇は、作家と役者の共謀関係が高度に結実した仕掛であったといえよう。またそうした二人を引き合わせたジョン・デリンジャーの魅力こそ、伝説として語られる所以なのである。
ジョニー・デップの俳優デビューは、『エルム街の悪夢』(84)。90年にジョン・ウォーターズ『クライ・ベイビー
』で初主演を果たし、同年、ティム・バートンの『シザー・ハンズ
』(90)で、エキセントリックかつイノセントに富んだエドワード役を見事に演じ切り、一躍スター俳優としての地位を確立した。
これまでデップが演じてきた役所は実に個性的な性格をもったキャラクターばかりである。自分の才能のなさに気付かずに、史上最低の作品を撮り続けた映画監督を演じる『エド・ウッド』(94)。テリー・ギリアム監督作『ラスベガスをやっつけろ!
』(98)では、ひたすらラリってばっかりというハゲ頭のヤク中ジャーナリスト。そして、2003年には、ディズニー/ブエナビスタ共同製作による『パイレーツ・オブ・カリビアン
』シリーズで、その戯画化されたジャック・スパロウというキャラクター・メイキングを成功させ、爆発的な人気を得ることとなる。
こうしたデップのフィルモグラフィを概観するとき、これらの役に共通するのは、強烈な個性を体現したヴィジュアライズに富む「キャラ立ち」が際立っているということだ。
確かに、コメディから社会派作品までという幅広い劇的性格を演じ分ける演技力は、役者ジョニー・デップの実力として十分に説明できる。しかし、デップの役者信条とは、そうしたアクションの魅力だけで終始することを良しとしない、「被写体」としての意識を高度に具現化するキャラクター・メイキングにこそ表れている。
言うまでもなく映画は視覚的な表現が先鋭化された芸術である。それは製作者による「見せる」ことと、鑑賞者による「見る」こと、役者が受け入れる「見られる」ことの了解によって成り立つコミュニケーションである。この三角関係における「見られる」ことを過剰なまでに追及する真摯な姿勢こそ、ジョニー・デップが現代俳優の最高峰として評価される理由なのだ。
殊にデップのヴィジュアライズに富んだキャラクター・メイキングは、奇才ティム・バートンのゴシック色満開な世界観と交歓する時に、より一層の妖しさをもってその輝きを誇る。『シザー・ハンズ』のエドワード・シザーハンズ、『チャーリーとチョコレート工場』(05)のウィリー・ウォンカ、『スウィーニー・トッド フリート街の悪魔の理髪師
』(07)のベンジャミン・バーカー、そして2010年には『アリス・イン・ワンダーランド』で、新たなるゴシック・キャラクターが登場することとなりそうだ。
ティム・バートンとは公私にわたる友情を築いていることで広く知られているが、こうした当代きってのヴィジュアル作家との交流が、デップの映画観を知る意味で重要な色彩を帯びている。また、前述の『ラスベガスをやっつけろ!』でコラボレーションを果たしたテリー・ギリアムも、アニメーターとして有名なヴィジュアルの作家であることは見逃せない。近日、国内でも公開となるギリアム監督作『Dr.パルナサスの鏡』で、デップはそのダーク・ファンタジーな世界観でミステリアスなキャラクターを演じている(本作の主演は『バットマン』シリーズのスピン・オフ作品『ダークナイト』で主演を演じるヒース・レジャーであったが、撮影中に彼が急逝。レジャー、ギリアムと親交のあったデップが急遽出演に応えるという形となった)。
本作『パブリック・エネミーズ』の主人公、ジョン・デリンジャーは、上述のエキセントリックでデフォルメティックなキャラクター群とは相容れないリアルな人物像として描かれる。役者デップが本作で演ずるに当たって、このデリンジャーという人物が、かつてアメリカ中にその名を轟かせた伝説的な存在であり、デップ当人が共感を寄せるキャラクターであったということ、そうした強烈な個性を表現しようとする役者冥利が、彼の演技に対する意欲を高めたことは言うまでもないだろう。
しかし、本作でのデップ扮するデリンジャーの端正な佇まい、そして、デリンジャーが最期を遂げるラストシークエンスで、クラーク・ゲーブルがギャングを演じる『男の世界』(34)を見つめているデリンジャー=デップの表層に、やはりデップのヴィジュアルに寄せるキャラクター・メイキングへの意志が見て取れることは注目である。ここで面白いのは、本作の主人公ジョン・デリンジャーもまた、自らの理想像を映画の中のヒーローに見出していたということだ。彼は若いころからよく映画を見に行っていたようだ。『怪傑ゾロ』(20)や『ロビン・フッド』(22)など、向こう見ずなヒーローに自らを投影し、こうしたヒーローたちの派手で高慢に立ち回る無鉄砲な生き方に感化されていたらしい。またそこで描かれているのは、不器用な生きざまに自らの信念を貫き通す男の美学である。その意味において、後に迎える死を前に『男の世界』を見つめるデリンジャーと、その映画の中で無骨な男を演じるゲーブルのモンタージュは、得も言われぬ哀感が漂っており印象的だった。そしてそれは同時に、男の美学を体現する「任侠キャラ」を創造しようとするジョニー・デップのキャラクター・メイキングと符合している。
この映画の創造者たるマイケル・マンは、本作での画面処理を、20世紀アメリカの具象絵画を代表するエドワード・ホッパーの風景に求めたという。ホッパーの画風とは、まさに大恐慌時代を由来とする都会の不安である。そうしたヴィジュアル・メイキングへの志向は、ジョニー・デップの視覚的造形に大きく寄与したといえよう。しかしその一方で、この映画の時代背景となる1930年初頭は、トーキーが到来してギャング映画が活況を呈した一時代であるが、マンは、「もともとギャング映画に興味はなかったし、そこから得るものはないと思ったので、何も参考とはしていない」と、そのジャンル映画的造形への反駁を示している。そう企図されながら、ゲーブル=デップの「男の世界」となるモンタージュの表象的強度が、彼の言葉に反し「男の美学」を描写して、映画の様式的な詩情を獲得するのは皮肉とも言えた。
こうして本作を総括すると、マンの狙いであった映画が、ハードボイルドな世界観で「凄味」を噴出させるのか、はたまた、刹那的な人生を歩んだデリンジャーと彼の運命の女性ビリー・フレシェットとのロマンティックな挿話から「時限的な性愛」を抽出するのか、いかんせん焦点の定まらない不明瞭な結果となって残念だ。その線においては同時代のアウロー・ヒーロー、ボニー&クライドを描いたアーサー・ペン監督作『俺たちに明日はない』(67)の衝撃の方に優位があるといえる。
本作『パブリック・エネミーズ』のハイライトは、俳優ジョニー・デップのキャラクター・メイキングに見られるセンス・オブ・ワンダーである。現代映画を牽引する彼の一挙手一投足には今後も目が離せないところだ。
(2009.12.22)
パブリック・エネミーズ 2009 アメリカ
監督:マイケル・マン 脚本:ロナン・ベネット、マイケル・マン、アン・ビダーマン
出演:ジョニー・デップ,クリスチャン・ベイル
,マリオン・コティヤール
,ビリー・クラダップ
,スティーヴン・ドーフ
スティーヴン・ラング,ジョヴァンニ・リビシ,ロリー・コクレイン,デヴィッド・ウェンハム,スティーヴン・グレアム
ジョン・オーティス,チャニング・テイタム,ジェイソン・クラーク
(C)2009 Universal Studios. ALL RIGHTS RESERVED.

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