レビュー

サンドラの週末

( 2014 / ベルギー・仏・伊 / ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ )
2015年5月23日(土)、Bunkamuraル・シネマ、
ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次ロードショー !
厳しくも美しい人間ドラマ

岸 豊

ネ タ バ レ あり 『サンドラの週末』イゴールの約束』(96)、『ロゼッタ』(99)、『少年と自転車』(11)などの作品で知られ、シンプルな構成と「生活の厳しさ」という一貫したテーマでリアリズムを追求してきたベルギー出身の映画監督、ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ兄弟の最新作である『サンドラの週末』は、1人の女性が仕事を失うまいと懸命に努力する姿を描く人間ドラマだ。

主人公のサンドラ(マリオン・コティヤール)はソーラーパネル工場での仕事を体調不良で休職していたが、ある日突然に電話で解雇を宣告される。その背景には、ボーナスとサンドラの復職のどちらを取るかについての同僚たちによる投票があった。サンドラが失業すれば、彼女が夫のマニュ(ファブリツィオ・ロンジォーネ)や子供たちと暮らしている家の家賃は払えなくなる。絶望するサンドラだったが、投票には主任のジャン=マルク(オリヴィエ・グルメ)の圧力があったことが分かり、サンドラは同僚のジュリエット(カトリーヌ・サレ)と共に投票のやり直しを求めて、社長のデュモン氏(バプティスト・ソルナン)に直談判をしに行く。その結果、週明けの月曜日に投票のやり直しが行われることになり、サンドラは残された週末で同僚を説得して回るのだが……。

サンドラは同僚たちの家を一建ずつ訪ね歩き、復職できるよう説得を試みる。しかし同僚たちは、子供の学費や家のリフォーム代などの経済的事情を抱えており、1000ユーロ(約13万円)のボーナスを諦めることを拒む。ここで悲しいのが、彼らを善悪の基準に当てはめることができないこと。なぜなら、彼らは拝金主義者でもなければ、家族や生活という守るべきものがある善良な市民であり、自身の生活を犠牲にしてまでサンドラを救うことが正しいとは言えないからだ。

『サンドラの週末』場面2そんな本作には、ダルデンヌ兄弟の作風におけるいくつかの変化が見受けられる。まず驚いたのが、長編作品では『ロルナの祈り』(08)を除いて主人公にベルギー人をキャスティングしてきたダルデンヌ兄弟が、フランス人のマリオン・コティヤールを主人公に選んだこと。ハリウッド映画にも多く出演してきた世界的なスター女優であるマリオン・コティヤールは、その名声と美貌から、ダルデンヌ兄弟の作風にはミスマッチではないかと思っていた。しかし本作における彼女は、映画ファンが知るところのスター女優ではない。不安定な精神状態とザナックス(抗不安薬)への依存に自己嫌悪を募らせながら、申し訳なさそうに同僚を説得して回るその姿は、職を失うこと、そして存在を否定されることに怯える労働者階級の女性そのもの。サンドラの不安定な心理状態を一瞬の切り替えで見事に表現しているマリオン・コティヤールは、キャリアで最高の演技を見せていると言っても過言ではなく、その名演を引き出したダルデンヌ兄弟の手腕にも脱帽だ。
ダルデンヌ兄弟の画面構成にも変化を感じる。例えば、画面の端々に見られる色使い。サンドラが身に付ける服の色は明るさや希望を感じさせるピンクで、厳しい現実を乗り越えようとするサンドラの心情が象徴されている一方で、背景や小道具の色として青を差し込むことで、サンドラが抱える憂鬱や絶望の入り混じった感情も画面に漂わせている。また、サンドラが同僚を説得するシーンでは、決まって柱やドア、フェンスなどが、サンドラと同僚たちの中心に位置しており、彼らを隔てる壁として機能している。この演出に関しては、ボーナスのためにサンドラを裏切った自身の過ちを悔いて涙を流すティムール(ティムール・マゴメジャズィエフ)が、フェンス越しにサンドラと互いに手を取り合うシーンが印象的だ。懺悔と赦しによって越え難き壁を乗り越え手を取り合う2人を、画面の奥から差し込んでくる光が優しく照らし出すこのシーンには、人と人が団結することの美しさが象徴されており、思わず目頭が熱くなる。

『サンドラの週末』場面2説得に次ぐ説得の中で、サンドラは同僚たちに影響を与えていく。裏切りを悔いる者、善意に目覚める者、離婚を決意する者……一度は協力を拒んだ者たちが彼女に協力することを決意する姿は、同情や憐れみとは異なる、美しい人間愛に満ちている。説得によって彼らを変え、自分の存在を認めてもらうことで、失っていた生きる希望を取り戻していくサンドラの姿もまた美しい。 厳しい週末を乗り越えたサンドラは、遂に投票の日を迎える。最後まで説得を続け、投票のやり直しを求めたことを批判するジャン・マルクにも臆せず立ち向かう彼女の手には、ザナックスの代わりに、現実に立ち向かう覚悟がある。そして、サンドラの明日を賭けた投票が始まる……。

投票の結果は賛成8票に対して反対8票。過半数に1票足りず、サンドラの復職の望みは終えた。見事に半数に割れた票は、サンドラに投票した人、しなかった人、どちらが正しいとは言えない、白黒つけられない曖昧で厳しい現実を象徴しているようだ。サンドラが同僚たちに別れを告げ、職場を去ろうとしたその時、ダルデンヌ兄弟の作品の特徴である「ラストでの救済」として、同僚の半数を説得したサンドラに、社長が1つの提案をする。それは、もうじき契約が切れる同僚の契約更新をしない代わりに、全員にボーナスを支給するだけでなく、サンドラを一時解雇の後に復職させるというものだった。しかし、サンドラは迷わずその提案を拒否して、胸を張って歩き出す。
「今日から(仕事を)探してみる。私たち、善戦したわよね」と電話で夫に話すサンドラの表情は、晴れやかで美しい。これから始まる職探しは、彼女がやり遂げた説得よりも困難かもしれない。しかし彼女は、厳しい現実に立ち向かうことで自己嫌悪を乗り越え、1人の人間として大きく成長したのだ。きっと大丈夫、そう感じさせる彼女の背中には、爽やかな感動を覚える。

『サンドラの週末』場面3世界的な不況が長く続く今日において、本作で描かれた4日間の出来事は、明日にも世界のどこかで起きうることだろう。小鳥のさえずり、車の走行音、町の何気ない音と共に流れるエンドロールで、ダルデンヌ兄弟は鑑賞者に問いかける。「あなたがサンドラの同僚だったら、どう決断しましたか?」と。「サンドラに手を差し伸べることができる人間でありたい」と思うことは簡単だ。しかし、実際に直面したらどうなるかは誰にも分からない。だからこそ本作は、重く深い余韻を残して幕を閉じる。

(2015.4.21)

サンドラの週末 (2014年/ベルギー=フランス=イタリア/95分 )
出演:マリオン・コティヤール、ファブリツィオ・ロンジォーネ
監督・脚本:ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ
© Les Films du Fleuve -Archipel 35 -Bim Distribuzione -Eyeworks -RTBF(Télévisions, belge) -France 2 Cinéma
公式サイト 公式twitter 公式Facebook

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2015/04/24/19:56 | トラックバック (2)
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