大正期、済州島から新天地を求めて大阪に渡った金俊平は、強欲で酒乱、女好きで人殺しだが、
それなりの成功を収める実業家として、異国のちっぽけな路地に王国を築く――。俊平の息子の視点から語られるこの物語は、
俊平を中心とする家族史、または小さな共同体の歴史を描くことを主眼としている(エンドロールでの家族写真の最後が、
路地の夕空で終わっていたことが象徴的だ)。土地の風景の変遷が肌理細やかに描かれ、
労働の現場の活気と熱気が汗臭さ漂うリアリティで描かれ、男や女が、酒を飲んだりめしを喰ったりセックスしたり子供を作ったりして、
いつしか老いていく姿を、強靭な凝視で捉えていく。舞台は大阪・生野の在日朝鮮人ばかりが暮らす路地であり、
宮崎の片田舎に育った筆者などには別世界のはずだが、映画には普遍的な郷愁を喚起する空気が横溢していて、
しばしば胸に熱いものがこみ上げた。日本映画は凄い。そんなことを素直に感じさせてくれる、大変な力作である。
まずは役者陣の層の厚さが素晴らしい。体型まで変えて俊平を熱演した北野武は、神話的な凄みを漂わす「怪物」ではなく、
どこの町にも一人はいる(いた)、迷惑きわまりない暴力男としてスクリーンに佇む。俊平は頻繁に不条理な暴力行為を爆発させるが、
描写自体は、"リアルな暴力"とはいささか趣を異にしている。崔洋一監督は、虚構の中の暴力をリアルに描く達人であり、その気になれば、
『マークスの山』のように、気分が悪くなるような傑出した暴力映画を撮ることができる人だが、
ここでは血の色やライティングやサイズや編集効果によって、いくらでも"リアル"に描きえた暴力表現の手練手管をあえて封印し、
役者と役者の生身のぶつかり合いを真正面から記録する、ストレートな演出に賭けた。それでいけるはずだ、と確信させたのが、俳優・
北野武が漂わせる殺気にほかならない。
北野武は彼自身の監督作品や、遠く遡れば『夜叉』や『コミック雑誌なんかいらない!』で演じた狂気の振る舞いで、
多くの人々の戦慄を誘ったわけだが、金俊平役においては、むしろ老いて半身不随になってからの枯れ方に味わいを感じさせる。
これまで自由自在だった手足の動きに制約を課され、彼の複雑怪奇な内面がクローズアップされてくるからだろうか。足を引きずり、
不自由な口調で町をうろつく姿に、我侭に人生を全うせんとする男の孤影が滲む。
俊平の息子であり、本作の語り部を演じた新井浩文は、中途半端な人間の矮小さを余すところなく体現して見事。こういう家庭に育つと、
こういう顔の人間が出来上がる、という意味での異様なリアリティがある。原作でこの息子がどのように描かれたかはともかくとして、
彼は最後にチンケなスマートボール屋の店員におさまっている。そのどこまでも半端な生き方が愛しい。そもそも寡黙な役柄が多い松重豊だが、
ここでは生涯を俊平に付き従うことに捧げた、主体性に乏しい男を静かに熱演して素晴らしい。彼の髪型が時代とともに変化するたび、
なぜか言い知れぬ感傷が襲ってくる。また、老いた俊平と彼が二人で電車に乗って旅をする場面には、男同士の長年に亙る情愛が滲み出て、
しみじみとした情緒が漂う。ふてぶてしいヤクザを演じるオダギリジョー。凄みは足りないが、色気だけはたっぷりある。
俊平の息子に煙草を吸わせる場面など、ちょっと動揺してしまいそうなエロティシズムを醸し出している。
そんな彼が主人公に向けた最後の言葉が「勉強せえよ!」というあたりも、涙腺をくすぐりますなあ。
崔洋一という監督は、女優の裸をきちんと「裸」として見せる達人でもある。俊平の愛人を演じる中村優子に目を奪われぬ男はいないだろう。
そのほっそりとして清楚な裸体が、薄汚い俊平に蹂躙される場面の官能は、凡百のポルノ映画を超える鮮やかさで見る者をノックアウトする。
戦争未亡人が性的に開花する"わななき"、などと言うと官能小説みたいだが、決して下品に陥らない気品と美しさが中村優子には漂っている。
そんな彼女が脳腫瘍に倒れ、醜く歪んだ坊主頭になり、裸体からセクシャルな要素が丸ごと剥奪されてしまう痛ましさ。
客としては殆ど罠に嵌められたようなものだが、その効果を計算し尽くした精緻な演出術は、職人芸のそれである。
田畑智子が子供のころに主演した『お引越し』を見て以来、彼女が映画に出てくると、
まるで孫の成長を見守るおじいちゃんのような気持ちになるのだが、男の暴力に耐えて耐えて、
しまいには世界に背を向けるように死んでいく儚い女性像は、彼女の芸域をまた一歩広げるものとして歓迎したい。
鈴木京香が俊平の妻役に最適だったかどうかは判断に迷うところだが(生来の柔和な品位に、決定的な荒みと哀れが滲まない)、
フィルムに映える女優であることは疑う余地がない。それから、図々しい愛人を演ずる濱田マリ。
俊平を凌駕するしたたかさを強気な顔立ちに貼り付け、痛快。
共産主義にかぶれ、ついには北朝鮮に渡って消息を絶つ柏原収史の狂気と純粋さの漲る瞳の強さ。
彼にひそかな思いを寄せる田畑智子との別れの場面は、この殺伐とした世界で唯一純朴さを残した者同士の悲恋として涙を誘う。
戦慄すべき静謐な死にざまで、この作品世界における命の唯物性を象徴する國村隼、同胞を戦地に送り込んだ裏切り者から成金になり、
最後には俊平から手痛いしっぺ返しを喰らう塩見三省。蒲鉾工場で仕事に励む姿が妙に似合っている北村一輝。
生々しい家庭内暴力演技を披露する寺島進――。等々、日本映画界の役者の豊饒をこれでもかと見せつけられ、ただただ溜息をつくしかない。
もちろんこれは、登場人物一人ひとりのキャラクターをガッシリ掴んだ、脚本と演出の賜物であろう。
ワンカット、ワンカットに細心の注意を凝らした、装置や美術や小道具の仕事振りも充実している。目立ったところでは、
インスタントコーヒー「ネスカフェ」の瓶に、キムチを詰めて男二人が旅をしている場面。あの昭和ならではの貧乏臭い感覚に、
たまらなく親近感がわいて爆笑した。路地に犬や猫のように戯れる子供たち一人ひとりの挙動も、実に丁寧に演出されている。つまり、
画面に映り込んでいるものを隅々まで味わいたくなる映画なのである。自殺した娘の葬式で俊平が大暴れする場面も、危機を察した女性たちが、
布団に横たえられた遺体を「せえの、せえの」と持ち運びするという細かい描写が最高だ。好きな場面は数え上げたらきりがなく、
またその感動を上手に書くこともできそうにないのでこの辺でやめるが、「人間が生きている」ことを強く実感させる猥雑な生気に満ちていて、
ただそれだけで感動してスクリーンを見つめつづけてしまった。日本映画は凄い。
(2004.11.13)
監督・脚本:崔洋一 脚本:鄭義信 撮影:浜田毅 美術:磯見俊裕
出演:ビートたけし,鈴木京香,新井浩文,田畑智子,オダギリジョー,松重豊,中村優子,濱田マリ,北村一輝,中村優子,唯野未歩子,柏原収史,塩見三省,國村隼,寺島進,伊藤淳史,仁科貴,佐藤貢,中村麻美 (amazon検索)
血と骨
コレクターズ・エディション
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血と骨〈上〉
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血と骨 E Cinema Review
BLOOD AND BONES ・・・・・ 公式ホームページ (監督:崔洋一) ☆☆☆ ・カテゴリー: 人生>家族 ・上映時間:144 分...
Tracked on 2005/05/06(金)18:08:30
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