今月の注目作
(2004 / 日本 / 崔洋一)
風に逆らわぬ葦のごとく

鮫島 サメ子

 ごく一部の事例で「男は」「女は」といった括り方をするのは、ヒジョーに乱暴&無茶な話ですが、今回はあえて一言。まったく、 男ってのは困った生き物であることが、よーくわかる作品です。

 女にも常軌を逸した心臓と欲を持った向きはおりますが、ごく一部。我欲にしても、ラクして安穏な生活したいとか、イイ男にモテたいとか、 綺麗なもの着て美味いもん食べて時々は褒められたいとか、仕事をきちんと評価されたい(=出世に非ず)とか、 全体にこぢんまりした身の丈感があります。
 それに比べて、必要以上の金銭欲や権勢欲、破滅願望としか思えない闘争心等々の我欲で身を磨り減らすのは、圧倒的に男子でしょう。 大きくは国家間の駆け引き、小さくはこんな中小企業の中で権力争いして何が愉しいんだか馬鹿じゃないのまで、 犬と一緒でとにかく格付けしなきゃ気が済まない連中がいっぱい。
 おまけに、その上昇志向の果てにナニがしたいのかと問えば、あんまり考えてない。金や権力や地位をこの手で掴む、 ただ単純にそれが嬉しくってたまらないらしい。それって、単なる子ども。図体はでかくなっても、中身がお砂場における権力闘争レベルから、 ちっとも成長しちゃいない。

 本作では、超弩級のエゴイスト・金俊平だけでなく、昔の不祥事の結果の息子(わかりやすくやさぐれてる)や娘婿(暴力癖)、 娘が実は慕っていた相手(こういう机上の理想主義者は得てして周囲を不幸にする。足元を見んかい!)等々、様々なタイプの「困った男ども」 を例示してくれる。分別があるのは、俊平の舎弟で義理の息子となった高信義くらいだ。

 そして、こうした馬鹿な男たちに振り回されている…はずの女たちは、その実、とてもしたたかだ。一見、やられっぱなしに見えるが、 風に逆らわない葦のようなもので、どうしてなかなかへこたれるもんじゃない。
「奴隷扱い」を嘆く俊平の妻・英姫だって、(少なくともスクリーン上では)直接ボコボコにはされてないし、 時には凄まじい暴君である夫を痛罵する。逃げ足も速い。目と鼻の先に愛人と暮らす夫への当てつけ(だけじゃないだろうが)に、食堂を開く。 何だかんだ言いながらも、逞しく地に足をつけて生きてゆくのだ。癌を宣告されたって、それからだいぶ粘ったもんなあ。 そして夫婦関係は最悪でも、信義にずーっと誠実な愛情を捧げられた人生は、それほど悲惨なものではなかったはず。

 最も象徴的だったのは、花子の通夜のシーンだ。仏様そっちのけで大乱闘を始める男たちに慌てることもなく、「せーの」 で布団ごと遺体を緩衝地帯に避難させる女性陣。そこが危なくなったら、また別の場所へ。頭に血が上った男共を諌める、 なんて労多くして益のないことはせず、手っ取り早い現実策を採る。静かに、素早く、プロの手際で。何のプロかといったら、生きることの、 である。
 「こんないろいろされて、なんで旦那と別れないのかなあ」と思う若いお嬢さんもいるだろうが、あの時代、 離婚した女が自活するのは大変だったんですよう。「世間」の偏見も現在とは比較にならないほど厳しかったし。だから、 本編で描かれた地域に限らず、多くの女性たちはずいぶんな目に遭っても、結構土俵際で踏みとどまっていたのでありました。

 こうした「実は強い」女たちの中で、唯一の例外は花子だ。父親にも暴力夫にもやられっぱなし。逆らえなくてもせめて逃げればいいのに、 お地蔵さんになってしまう。これでは、嗜虐癖のある人間の琴線に触れまくりだ。そしてついに臨界点を超えて自死。 やられたら三倍返しをモットーにしている筆者にとっては哀しくも腹立たしい顛末だが、最も癇に障った相手は暴力夫ではなく、 花子の弟で超日和見キャラの正雄である。そのサイテーな姉婿に借金などしくさって余計姉の立場を弱くした上、 ギリギリの思いで相談した彼女に「死ねるものなら死んでみたら」と放言。そして縊死した花子の前で号泣しときながら、 通夜の席で反省の色もなく麻雀に興じる義兄に毅然とした態度もとれないという、絵に描いたような腰抜けぶり。なぜ、 卓上の酒瓶を相手の脳天にかまさないのか。怒りに身が震えた私としては、俊平の暴れっぷりに初めて共感。

 そして共感といえば――ではなく単に思い出しただけだが――本作は極端な事例に過ぎるものの、我が家も父親は北の某国の「将軍様」 並の専制君主でありました。えー、父の名誉の為に申し添えると、身体的な暴力は一切なし。けど、 「誰のおかげで飯が食えていると思ってるんだ!」という憲法の下、言葉のテポドンが民草である我々を直撃。恐怖政治で、 だーれも逆らえなかったもんなあ。ギャンブルや女には走らなかったけど、酒は死ぬほど呑んだしなあ。外面がいい分、内面悪かったしなあ。 コンプレックスを基にした強烈な上昇志向、持ってたしなあ。哀しいことに、子どもは親を選べません。ホント、哀しいことでありますが―― はともかく、今ならこういう夫は即刻三行半でしょう。が、私が子どもの頃は、程度の差はあれ、おとーさんが法律! てな家はまだ珍しくなかったんですよう。その意味でも、しみじみ、彼も我も昭和だったのねえ、と思うです。

 肝心の(?)エロティックな場面にも少々言及を。うーん、ちょっとだけ期待してた鈴木京香とのシーンはまんまレスリングで、「ああっ、 ここでフォールだわ」と心中叫んでいた私。中村優子も濱田マリもちゃんと脱いでたのに、この大女優だけは着衣のままだったなあ。 そして全体に思ってたほどの「おお」感はなく、あえて申し上げれば「おつとめ、ご苦労様です」。
 むしろ「おお」と唸ったのは、彼女たちの下着。白い木綿(コットン、ではない。あくまでも木綿)で作ったシュミーズなのよう。 決してスリップではありません。素人さんは木綿なの。そしてこの「おお」は、懐かしさ+この垢抜けなさが何ていやらしいんだろう(感嘆)の 「おお」です。ナイロンの「スリップ」を身に付けていたのは、オダギリジョーの相手だけだったなあ。
 そして肢体の色っぽさでは、何と皆に押さえつけられてキーキー悲鳴を上げていた昇天寸前の豚の綺麗なピンクの臀部(というのか?豚でも) が一番でした。愛くるしくもふくよかな曲線に、思わずうっとり。

 ただ、儲け役ながら清子役の中村優子はよござんした。特に、脳腫瘍の手術後、退院して(しかし、あんな状態で退院させるのか????) えっちも出来なくなってからの俊平との交流は哀切なエロスに充ちていて、いいよお。彼女はまさしく殿方が抱く神話の体現であり、 俊平にとっての聖女でもありますが、この純愛は男性諸氏のツボに嵌りまくるだろうなあ。(額面通りであれば)この世にただ一人、 俊平を愛した女性。三つ指ついてあーんなこと言われたら、誰でもコロッと参っちゃうよなあ。それでも俊平の返事は「脱げ」。 哀しいほど不器用な男。この徹頭徹尾、金しか信じない男が、言葉も利けず寝たきりになった清子だけは、文字通り「最期まで」 面倒を見るんだから。愛だな。

 あー、忘れちゃいけないもう一人の綺麗どころ、朴武役のオダギリジョーにも一言。ファンだしな。うーん、身体に紋々入れちゃってあの言動。 仁義なきシリーズかと思ったです。悪かあない。悪かあないけど、彼の無駄に垂れ流してるフェロモンは、こういう「わかりやすいワル」 キャラでは当たり前過ぎて、面白くも何ともないの。やっぱ、猫を被りつつ、それでも隠し切れない色気が諸所に…の方がずっとそそるです。

 そしてラスト。家族全員に背かれ、面当てに全財産を背負って赴いた「約束の地」で悲惨な最期を迎える俊平(巻き添えを食った末息子が哀)。 「どうしようもない男」を安直に許したりしない、この辛口加減が良。老残のメーキャップも迫力充分だし。
ただ、キャラクターはともかく、体格的には(ずいぶん身体を造ったらしいが)やっぱりべらぼうに強そうには見えなかった武パパ。だもんで、 彼が暴れまわる時、数に勝る皆がなぜ押さえられないのか、ちょっとだけ不思議。イメージからすると、監督自身が演ってもよかったじゃん。 でも、『御法度』で披露した、あの超絶大根ぶりを勘案すると、やっぱ止めといて正解だったかしら。

 どちらかというと、こうした大河ドラマは苦手なんですが、2時間24分、役者の魅力で飽きませんでした。万歳(マンセー)ですわ。ただ、 封切り4日目でこんなに空いてるなんて、おーい大丈夫か、新宿ピカデリー。

(2004/11/12)

血と骨 2004年 日本
監督・脚本:崔洋一 脚本:鄭義信 撮影:浜田毅 美術:磯見俊裕
出演:ビートたけし,鈴木京香,新井浩文,田畑智子,オダギリジョー,松重豊,中村優子,濱田マリ,北村一輝,中村優子,唯野未歩子,柏原収史,塩見三省,國村隼,寺島進,伊藤淳史,仁科貴,佐藤貢,中村麻美 (amazon検索)
公式サイト
血と骨 コレクターズ・エディション
血と骨
コレクターズ・エディション

おすすめ度:おすすめ度3.5
血と骨〈上〉 (幻冬舎文庫) (文庫)
血と骨〈上〉
おすすめ度:おすすめ度4.5
血と骨〈下〉 (幻冬舎文庫) (文庫)
血と骨〈下〉
おすすめ度:おすすめ度5.0

2005/05/01/12:50 | トラックバック (0)
鮫島サメ子 ,血と骨 ,今月の注目作
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