今週の一本
(2005 / アメリカ / ロバート・ロドリゲス&フランク・ ミラー)
徹底した美意識が描き出すピカレスク・ファンタジー

仙道 勇人

シン・シティメイン 惚れた女のためならば、人肌でも二肌でも脱いでやろうともさ―― そう密かに思っている世の男達は少なくないのではないか。譬え現実に「じゃあ死んで」と要求されてしまったら「え、 ちょっと考えさせて」なんて口走ってしまうような輩であろうとも。否、現実にはそうであればあるほどに、 男達はそんなマッチョな夢に密かに胸を焦がすものかもしれない。

 本作は犯罪と暴力が日常の暗黒街「シン・シティ」を舞台に、 愛する女のために文字通り命懸けで戦う三人の男達の姿を描いたバイオレンス活劇である。三つのエピソードで主人公を張る男達は、 皆一様に余りにも不器用で余りにも愚直に愛を貫こうとするが、愛を貫くと言ってもその姿は「崇高さ」とは程遠い。本作が描く「愛」とは、 限りなく自己愛に近く、自己完結的なナルシズムとギリギリのところで成立するような「愛」だ。冷静に見渡せば、 一方的でかなり幼稚なきらいすら感じさせるそんな愛の形がごく自然なものと映ってしまうのは、「シン・シティ」 という非日常空間を舞台にしているがゆえであろうか。とにかくモノクロームの世界で蚊かゴキブリか何かのように平然と他者の命を奪い、 自らの命をも投げ出していく彼らの姿は、ひたすら格好いいのである。

シン・シティサブ1 彼らの格好良さの最大の要因は、極限まで単純化された行動原理と行動形式とによって、 その生き様が彼ら流の美学にまで高められていることであろう。そしてこれは同時に、 作品に実に自然な形で活劇的な醍醐味を添えることとなっており、それが一瞬も揺らぐことがないのだ。 圧倒的な存在感を放つ魅力的なキャラクター達が、目的遂行のために繰り広げる血みどろの饗宴は、 ファンタジーとしてだけでなくアクション映画としても最高水準に達していると言っていい。

 注目すべきは、本作がピカレスク・ロマンへの過度の傾斜を注意深く避けている点だろう。クライヴ・ オーウェン主演のエピソード2に見られる喜劇的と言うよりもギャグチックなシークエンスはもとより、 頻繁に挿入されるグロテスクで残虐極まりない描写にそれが見てとれる。これら一連の描写は、もとよりロバート・ ロドリゲスの持ち味の一つではあるが、本作においてはその余りの格好良さから犯罪を賞賛してしまいかねないというある種の危険さ―― 観客をファンタジーにのめり込ませてしまう――を巧みに回避する為に、暴力の持つ黒い魅力を存分に見せつける一方で、 そのおぞましさをもきっちりと観客に知らしめる、という周到な計算が見え隠れしているのである。

シン・シティサブ2 本作はロバート・ロドリゲスの作品の中でも傑作であることは疑いようがないが、 これはひとえにフランク・ミラーの原作を得たことによるのは間違いない。これまでロバート・ロドリゲス作品と言えば、 お世辞にも作品世界がしっかりしていたとは言い難かった。その薄っぺらい世界を、 アクションとギャグの勢いだけで押し切っていた面が大きかったように思う(もちろん、 それが彼の作風の最大の魅力でもあったわけだが)。しかし、フランク・ミラーの世界観を得た本作には、 そうしたB級チックな粗雑さは微塵も感じられない。本作にあるのは痺れるような男の美学と完璧な映像美、 そして圧倒的なアクション、ただそれだけである。「マンガの映像化」という試みはこれまでにも数多くなされてきたが、ロバート・ ロドリゲスのアクション美学とフランク・ミラーの映像美学/世界観という、最高にして幸福なコラボレーションによる本作において、 殆ど究極のレベルに到達したと言えるだろう。原作ファンならずとも見逃せない一本である。

(2005.10.3)

2005/10/03/17:37 | トラックバック (21)
仙道勇人 ,今週の一本
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