エドワード・バーンズはいい。日本では「プライベート・ライアン」 に出演していた俳優程度の知名度かもしれないが、個人的には俳優として以上に映画制作者としてのエドワード・バーンズが好きだ。 彼が製作・監督・脚本・主演を一人でこなした(基本的に彼が監督した作品は全部そうなのだが)「ノー・ルッキング・バック」 (1998)というかなり地味な小品は、しかし、ブルース・スプリングスティーンの詩世界を見事にフィーチャーして、 特に強い印象を与える作品であった。自らのルーツをとても大切していると思われる彼が撮る作品は、アイリッシュ・ アメリカンの小さなコミュニティを舞台にした作品ばかりで、勢いメイン・ ストリームからは外れてしまう傾向があるのは致し方あるまい。それでもエドワード・ バーンズは自分の世界をフィルムに焼き付ける作業をコツコツと続けている。メイン・ストリームからは距離を置きながら、 誠実に映画と向き合う彼の姿勢に共感と敬意を抱く者は筆者だけではないだろう。
エドワード・バーンズが、ショーン・ペンのように「映画制作の資金集めのために俳優業をしている」 と公言しているかどうかは寡聞にして知らないが、 自分の好きなように作品を制作するための手段の一つとしている可能性は大いにあることだろう。そして、本作「サウンド・オブ・サンダー」 で彼が扮するトラヴィスという人物が、「絶滅種動物の復元手段の研究」という大きな目的のために、 不承不承タイムマシンを使った白亜紀ハンティング・ツアーのガイドをしているということであれば、エドワード・ バーンズとSF映画というやや意外な組み合わせにも妙に納得できるというものかもしれない。
物語の舞台はタイムトラベルが可能になった2055年のシカゴである。
6500年前にタイムトラベルして恐竜狩りを楽しむ、というハンティング・ツアーのガイドを務めるトラヴィスは、
ある時レーザー銃の故障というトラブルに見舞われる。一行は、トラヴィスの機転によってなんとか無事に現代に帰還を果たすものの、
翌朝になると街は異常成長した街路樹に覆い尽くされているのだった。この事態がタイムトラベルによる影響であることを察したトラヴィスは、
タイムトラベルを制御するスーパーコンピューターTAMIの開発者であるソニア博士(キャサリン・マコーマック)と共に、
突然生態系が異常進化をし始めた原因を突き止めようとするが――。
本作は、世界的に有名なSF作家レイ・ブラッドベリの同名短編を映画化したものだが、半世紀以上前の1952年刊行の原作ながら、
レトロSF特有のアナクロ臭さをさほど感じさせない脚色はなかなか見事だ。物語の骨子は、今となってはありがちな範疇に入るタイム・
パラドックスものに過ぎないながらも、タイム・パラドックスの影響を「タイム・ウェイブ」という形で可視的に表現してみせたことが、
本作の最大の勝利と言っていいだろう。人類に向けて次々と襲いかかってくる「タイム・ウェイブ」
とそれによってもたらされる"異常進化"の数々によって、本作はタイム・パラドックスを扱ったSF映画であると同時に、
サバイバル系ディザスター映画にもなっているのだ。
しかも物語そのものは、この「タイム・ウェイブ」を引き起こした原因と推定される「わずか1.3gの何か」
の正体を突き止めようとするトラヴィスとソニアの姿を軸に進んでいく。かくして本作一本の中に、謎に一歩一歩近づいていくミステリー、
生態系の異常進化が人類そのものに及ぶかもしれないというスリルとサスペンス、
狂った生態系の中で繰り広げられる一大アドベンチャーといった様々な要素が、割と違和感のない形で絡み合うこととなって、
なかなか飽きさせない展開を実現しているのである。
この手のあれもこれもと「良いとこ取り」に走った作品というのは、「一つの味」に絞りきれないために、 傾向としてどうしても大味になってしまう面があるのは如何ともしがたい。しかし、 それでも本作は意外なほど破綻が見られないまま最後まできちんとまとめられており、良い意味で「幕の内弁当」 さながらのバランスの取れた作品になっている。この優れたバランス感覚は、流石"映画職人"として名を馳せるピーター・ハイアムズの面目躍如といったところだろう。
優れたSFが常にそうであるように、本作からも人間の愚かさ、欲望の醜さ、 過剰な科学信奉に対する警鐘というような何らかのメッセージ性を汲み取ることはできるかもしれない。だが、 こと本作に限って言えばそうしたメッセージ性を探すよりも、スクリーンに展開される映像を無心に追いかけた方がより面白いように思う。 特に本作は音響に拘ったシーンが何カ所か用意されており、設備の良い劇場であればライド・アトラクションの如く楽しめるのではないだろうか。 複雑な世界設定や難解な展開もない娯楽に徹底した明快な作品だけに、観る人を選ばず誰もがそれなりに楽しむことができるに違いない。
(2006.3.20)
主なキャスト / スタッフ
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