今週の一本
(2007 / アメリカ / マイク・バインダー)
前進する意志と新しい出会い

膳場 岳人

再会の街で1 N.Yの歯科医、アラン(ドン・チードル)は仕事も順調、愛する妻と二人の娘に囲まれて順風満帆な生活を送っている。ある日、大学時代のルームメート、チャーリー(アダム・サンドラー)と偶然再会する。チャーリーは9.11テロで妻子を失い、すっかり別人と化していた。学生時代に熱中したザ・フーやブルース・スプリングスティーンの楽曲を絶えず耳に注ぎ込み、家では台所のリフォームとゲームに熱中し、メル・ブルックスの映画を見て過酷な現実から逃れようとする。死んだ家族の話題に触れることはご法度で、彼はしばしば発作的なヒステリーを起こすため、あらゆる対人関係は破綻をきたしている。アランは彼を見捨てておけず、精神科医(リブ・タイラー)を彼に紹介するのだが……。

 アランは一見幸せそうに見えるが、判で押したように“幸福”な家庭生活に倦怠と虚無感を覚えており、破天荒なチャーリーと行動を共にするうち、70年代ロックを愛聴し、夜ごとジャムっていた学生時代に戻りたくなってくる。徐々に家庭生活からの解放に心が傾いてゆく。一方、チャーリーは友情に胡坐をかいてアランを引きずりまわしながら、漫然と死への憧憬を深めていく。チャーリーの痛みは大変に深刻だが、アランの平々凡々たる悩みもそれなりに切実だ。誰しもが完全な調和を保ちながら生きているわけではない。

再会の街で2 後半にいたり、作品はふたりの友情から、周辺人物が総力を挙げて取り組む、チャーリーの心の再生へとシフトしていく。肉親を喪ったのはチャーリーだけではない。当然、チャーリーの亡妻の両親も同じ傷を抱え込んでいる。しかし、チャーリーに言わせれば彼らには「お互いがいる」。痛みを分かち合う存在がいる。チャーリーにはいない。ドラマはこの同じ苦しみを分かち合えるはずの両者が衝突するという、やるせない展開を見せる。結局、喪失感を埋めるのは、前進する強い意志と新しい出会いだけなのかもしれない。アランは図らずもその両方を用意する役目を果たし、映画は救済の曙光を見せて幕を下ろす。

 ニューシネマ以降、『ジャックナイフ』や『バーディ』といった帰還兵同士の男の友情を描いた一連の作品では、友情に篤いマッチョな男が傷ついた者の魂を癒すべく奔走してきた。ここでは9.11テロがベトナム戦争の代役を果たしており、傷ついた友人を救おうとする男は、“ホモ”という差別語に敏感に反応して目くじら立てる、リベラルな人物として設定されている。主人公のふたりは歯科医師というアッパーミドルに属する人物であり、テロの報復としてイラクやアフガンに駆り出された貧困層出身の兵士の影など、本作からはきれいさっぱり拭い去られている(申し分程度にイラクからのニュース映像が数秒挿入されてはいるが)。

再会の街で3 したがって、別にチャーリーがテロ被害の遺族である必要もないように思えるが、「死と再生」「友情」といった普遍的なテーマを扱う上で、言い方は悪いがキャッチーであり、間口が広い。筆者はアーサー・ミラーの戯曲のような、個人の背景に現代社会が透けて見えるような構造を期待していたため、そうした意味では肩すかしの感も強かった。

 余談だが、アン・ネルソンというオフ・ブロードウェイの劇作家が書いた『ザ・ガイズ/消防士たち~世界貿易センタービルは消えても』という作品がある。9.11テロのわずか三ヶ月後に、シガニー・ウィーバーとビル・マーレイ主演で舞台化された二人芝居で、倒壊したWTCビルの救助活動で八人の部下を亡くした消防隊長と、彼に代わって弔辞を代筆する女性ジャーナリストとの会話から、テロに対する怒りと悲しみが浮き彫りにされていく構成である。この戯曲のクライマックスで、ヒロインは激しい口調でこう語る。

「あの人たちを返して。みんなを返してください。あの日死んだ人全部です。それ以外の条件には応じられません」。

 これはテロリストに向けてはなった言葉ではなく、不条理きわまりない試練を与えた神への怒りとして発されたものだが、本土攻撃がニューヨーカーに与えた、怒りと恐怖の大きさがよく伝わる生々しい台詞である。しかしそれから七年近くが過ぎ去った現在、この大事件についてことさら大上段に語られることに、彼らは疲弊しきっているのかもしれない。『再会の街で』がシリアス一辺倒に陥らず、たくさんの笑いに包まれているほんとうの理由は、もしかするとニューヨーカーにしかわからないのかもしれない。

再会の街で4 演技陣がみな好演を見せている。コメディ映画の印象が強いアダム・サンドラーが、初めてスクリーンに顔をさらす場面、その荒みきった表情がショックだ。自分勝手で、気が触れており、はた迷惑な彼の芝居は、筆者のはた迷惑な知人の顔を想起させ、嫌悪感を催す一歩手前である。だが悲しき心情を吐露する場面の、平易だが実感のこもった演技にはさすがに落涙を誘われた。それを受けるドン・チードルも充実している。いささか太ったリブ・タイラーは、チャーリーからのセクハラに耐える精神科医をしっとりと演じ、ウィル・スミスのかみさんも「家庭生活を疎かにする夫にブーブー言う妻」という、アメリカ映画おなじみの退屈な役回りを、物静かにこなしている。

 もっとも目を引いたのが、ドン・チードルにストーキングする美人患者のサフラン・バロウズ。シャーロット・ランプリングと同じ唇のかたちをしている! 「フェラチオ女」などというありがたくないあだ名で呼ばれる彼女だが、高い頬骨と薄い胸が実に美しい。趣味です。……って結局そこか。

(2008.1.7)

再会の街で 2007年 アメリカ
脚本・監督:マイク・バインダー 撮影:ラス・オルソーブルック 美術:ピポ・ウィンター
出演:アダム・サンドラー,ドン・チードル,ジェイダ・ピンケット=スミス,リヴ・タイラー,サフロン・バロウズ,
ドナルド・サザーランド,ロバート・クライン,メリンダ・ディロン,マイク・バインダー

(c) 2007 Columbia Pictures Industries, Inc. All Rights Reserved.
ALL IMAGES ARE PROPERTY OF SONY PICTURES ENTERTAINMENT INC.
公式

2007年12月22日(土)より
恵比寿ガーデンシネマ、新宿武蔵野館ほかにて全国順次公開

2008/01/08/02:03 | トラックバック (0)
膳場岳人 ,「さ」行作品 ,今週の一本
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