
化粧品が開発される過程で、その安全性を確認するために動物実験を行う会社がある(そうでない会社もある)。商品成分の刺激性を調べるために実験用ウサギやモルモットの眼窩に点眼したり、炎症の有無を調べるために皮膚に試験薬を塗ってそのカブレ具合を診たりするわけだ。なんでも急性毒性試験という試験では、複数の実験体に開発中の成分を与えて、死ぬ割合を調査したりするらしい(詳しくはJAVAを参照されたい)。人間が美しく装うために、無数の動物が苛酷な実験に晒され、殺されていく。本作はそうした実験で殺されていった動物たちの怨霊が、高級品で身を固めて派手な暮らしを送る女に報復する、という構図を取っている。ホラー映画としてその着想は面白いと思う。ただ一点、その怨霊がウサギの形をしていることを除いては……。
身も蓋もない言い方をしてしまうと、「ウサギが襲ってくるホラー」は、余程の凄惨なメイクを施した化け物ウサギを登場させでもしない限り、『アタック・オブ・ザ・キラートマト』(ジョン・デ・ベロ監督)にしかならないのである。数年前に日本国内では禁止されたが、化粧品の原料には人間の胎盤が使用されたりしていた。その事実を生かした方がまだおぞましいホラー映画に仕上がったのではないかという気がして仕方ない。
ヒロインで売れっ子ホステスの美咲(田畑智子)は、夜道で拾ったウサギを飼育し始める。はじめは毎日の接客業で神経をすり減らしている彼女の心を癒すかに見えたウサギだが、ウサギは夜ごと美咲のベッドにもぐりこみ、あろうことか彼女の秘部にまで狂暴な侵入を果たす。それはウサギによるレイプ、獣姦である。だがそこに「幽霊によるレイプ」を描いた傑作『エンティティー~霊体』(シドニー・J・フューリー監督)のようなエロスや恐ろしさはない。なるほど、悪夢にうなされる田畑智子の顔は苦痛と恐怖に歪んでひたすら痛々しい。しかし、その股間にちょこんと乗っかっているのは、たかだか一羽の白ウサギなのである。キャメラを小刻みに震わせ、凄惨さを掻き立てるスローモーションにし、おどろおどろしい音響を轟かせようとも、映っているのは、鼻をヒクヒク動かす愛らしいウサギでしかない。いかなる映像効果を施そうとも、その可愛らしさは永遠不変なのである。
やがて美咲の瞳はしだいにウサギのように充血していく。メタモルフォーゼする。タイトル通りの「血眼」になっていく。悩んだ彼女は、自宅に招いた同僚ホステス(石川紗綾)にサングラスを外して見せる。勇気を出して充血した瞳をはじめて他人にさらす。すると同僚ホステスは悲鳴を上げてのけぞり、「こないでーっ!」と絶叫して部屋から逃げ去る……のだが、いやちょっと待て。目が赤く充血しているくらいで、なんでそこまで怖がられなければならないんだろうか。花粉症の人に失礼じゃないか。
かくのごとく、この映画はすべてにおいてちぐはぐである。同じくメタモルフォーゼを扱った、亀井亨監督の『妖怪奇談』が、肉体がおぞましく変化していくことへの恐怖を繊細に丹念に描出していたのに比べると、本作はあまりにも大ざっぱすぎるといわざるをえない。ちぐはぐな印象を決定的にするのはキャスティングだ。キャバクラのナンバーワンホステスで、客を手玉に取り、最高級品だけを所望するという、とことん高飛車な女を田畑智子が演じている。『お引っ越し
』の田畑智子である。『私の青空
』の田畑智子である。どこまでも庶民的で地味な顔立ちの彼女が、いかに悪女風を吹かせても、その所作には何のリアリティも宿らないのは当然である。ストリートミュージシャンのヒモ男(出合正幸)を養っているあたりに、女優と役柄との親和性をかすかに感じ取ることができるが、全編を通して見て、彼女がキャラクターとしての鮮やかな像を結ぶことはついになかった。演技者の側に問題があるわけでないことは言うまでもない。
不要にゲスト出演者が多い印象だが、小松千春、木下あゆ美、虎牙光揮、吉野紗香といったキャストは、第二部、第三部と続く『哀憑歌』シリーズのメインキャストとの由。拾いものは同僚ホステスを演じる石川紗綾。整った容貌とそれなりに落ち着いた演技で魅了した。
(2008.3.18)
哀憑歌~CHI-MANAKO~ 2008年 日本
監督・脚本:金丸雄一 撮影:釘宮慎治 美術:津留啓亮
出演:田畑智子,益子梨恵,出合正幸,石川紗彩,永倉大輔,街田しおん,剛州,辰己佳太,蟹江一平,町田政則,
山本修,水上竜士,小松千春,吉野紗香,池内博之,石井愃一,山田辰夫,戸田菜穂,根岸季衣,峰岸徹
作品情報詳細
2008年3月22日~4月11日、
シネマアートン下北沢にてレイトショー公開

私の青空・総集編
上・下(2枚組)BOX
出演:田畑智子
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妖怪奇談
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エンティティー/霊体
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主なキャスト / スタッフ
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