シネブック・ナウ

特別篇 新春鼎談「2010年の映画本を振りかえる」【1/2】

岡田秀則(東京国立近代美術館フィルムセンター主任研究員)×真魚八重子(ライター)×佐野亨(ライター・編集者)

めまぐるしく変動する映画の「現在」を、批評や研究やルポルタージュは、いかに伝えているのか。伝説的な映画人の横顔がうかがえる本、黒澤明生誕百年に刊行された研究書、目を見張る実証研究の数々――2010年に刊行されたさまざまな映画本について、東京国立近代美術館フィルムセンターで関連資料の収集・保存を担当する岡田秀則さん、「映画秘宝」「TRASH-UP!!」などで健筆をふるうライターの真魚八重子さんとともに語りあった。(構成:佐野 亨

アンナとアンヌ、そしてショーケン

ゴダール、わがアンナ・カリーナ時代 [単行本]佐野 とりあえず三人それぞれが読んで面白かったもの、興味深かったものをランダムに挙げていき、連想式に話をつなげていければと思います。まずは、山田宏一さんの『ゴダール、わがアンナ・カリーナ時代』(ワイズ出版)からいきましょうか。

真魚 これはもう中身を確認しなくても、「買い」でしょう。映画ファンなら、山田宏一先生の本は出たら買うのが普通。

岡田 アンナ・カリーナのインタビューも、掲載されている『アルファヴィル』の写真も涙モノですね。そして、山田さんにしか書けない美しい本だと思います。

真魚 いわゆるゴダール研究はたくさんあるけれど、これは山田さんのトリュフォー関連の本とおなじく、同時代を生きた仲間の視点から書かれているんですね。

佐野 ええ。和田誠さんもそうですが、これだけたくさん映画を観ているのに、文章がいかにも専門家的な、知識をひけらかすような感じにならないのがすごい。純粋にファンとして映画を楽しんでいる。

真魚 読んでいてワクワクしますよね。「アンナのことが書けてうれしい!」という山田さんの興奮が読む側にも伝わってくる。

岡田 とくにアンナ・カリーナがゴダールに出会う以前の話は貴重ですよね。2009年の山形国際ドキュメンタリー映画祭で観たギー・ドゥボールの『かなり短い時間単位内での何人かの人物の通過について』に、アンナ・カリーナがピンナップになっている雑誌が出てくるんですよ。それで会場にいた人たちのあいだで「あれ、カリーナだよね?」と話題になったんです。50年代の、まだ誰も知らない頃だと思うんだけど。あの頃のことなんだ、と思い出して感慨深くなりました。

真魚 結婚しているあいだにも、ゴダールには愛人が何人もいたわけでしょう。紀伊國屋映画叢書の『ヌーヴェル・ヴァーグの時代』(紀伊國屋書店)にも当時の背景が書かれていますけれど、『女と男のいる舗道』の撮影中には、カリーナが自殺未遂をして精神科病棟に入ったりしている。実際にはそういう痛い話があったにもかかわらず、それを回想する文章はすごくきらめいているんですよ。

ヌーヴェル・ヴァーグの時代 (紀伊國屋映画叢書 3) [単行本(ソフトカバー)]少女 [単行本]日本映画[監督・俳優]論 ~黒澤明、神代辰巳、そして多くの名監督・名優たちの素顔~ (ワニブックスPLUS新書) [新書]岡田 その痛いけれどきらめいているという両義的な部分が、アンヌ・ヴィアゼムスキーの『少女』(國分俊宏訳、白水社)にも感じられる。もちろんあそこに書かれていることのすべてが事実ではないのでしょうが、いやなこともありつつ、それを否定できない17歳の心境を、40年後の自分自身が慈しみをもって書いている。これを読むとロベール・ブレッソンが高度にスケベな人間だとよくわかります(笑)。だから、ゴシップ的な読み方をされてしまうのも仕方ないけれど、それ以上にブレッソンと対峙しながら、自己を発見していくヴィアゼムスキーの心の揺れがみごとに伝わってくる。

佐野 ヴィアゼムスキーの文章って、ドロドロとした生々しさよりも、ものごとの表層をなでるような繊細さが感じられますね。

岡田 非常に明晰ですね。余談ですが、ブレッソンの映画って、いまでも女優同士がすごく仲良しなんですって。ドミニク・サンダとかフロランス・ドゥレとか。ブレッソンが死んだときも、彼女たちが奥さんと一緒にお葬式の準備をしていたらしい。いまもいったいどんな思い出話を交わしているのか、想像するだけで興奮してしまいます。

真魚 日本の俳優の本では、私はショーケンが印象的でした。

岡田 日本映画[監督・俳優]論』(萩原健一・絓秀実、ワニブックスPLUS新書)はよくぞあそこまで訊き出したものだと感心しましたね。

佐野 面白かった。これは絓秀実のインタビュアーとしての力量もさることながら、編集協力の山本均さん(※1 映画研究者。井土紀州監督の『ヴェンダースの友人』に登場する。)の功績が大きいと思います。昨年は「映画秘宝」や「nobody」にもショーケンのインタビューが掲載されて、どれも面白かったけれど、これはその集大成という感じですね。

真魚 「映画秘宝」のインタビューは、神代辰巳についてショーケンに訊く、という趣旨でしたが、ああいう切り口は面白い。

佐野 ショーケンの語りがなぜ面白いかというと、単なるゴシップの披瀝にとどまらず、彼の周りにいた映画人の実像がきっちり分析されていることですね。そこに単なるタレントの聞き書き本とは違う厚みがある。

真魚 豪放磊落に見えるけれど、冷静な観察眼を持っていて、思慮に富んでいるんです。

岡田 短い言葉での人物評、人間への視線がすごく鋭いですよね。「俊藤浩滋の仕事は全部断っていた」とかね(笑)。

佐野 企画の相談をするときに、本物のやくざの調書を持ってくるという(笑)。「男はやくざとロマンやんけ」という言葉がいかにも俊藤浩滋らしい。

真魚 自伝の『ショーケン』(講談社)を読むと、女性に関する記述も面白いんですよね。中学生のときに好きになった女優がシルヴァーナ・マンガーノで、最初につきあった女優が江波杏子さんという、なんか絶妙なショーケンらしさ(笑)。

黒澤明研究の新たな地平

佐野 2010年は、黒澤明の生誕百年ということで、予想どおり膨大な数の関連書が出版されました。

岡田 資料関係では、『大系 黒澤明』(浜野保樹編、講談社)の刊行は快挙でしょう。いままでなかなか読むことのできなかった貴重な資料が全部まとまっている。また、『黒澤明「七人の侍」創作ノート』(黒澤明・野上照代、文藝春秋)もついにきたか、という感じでうれしかった。ページのコピーがまるごと掲載されていて、野上照代さんにしか書けない解説も付いているから、細かいメモがどういう意味で書かれたものかよくわかる。黒澤さんが98年に亡くなるまで門外不出だったものがようやく日の目を見たわけで、今後の黒澤研究はここから新しい一歩が開かれると思います。

大系 黒澤明 第1巻 [単行本]血の玉座――黒澤明と三船敏郎の映画世界 [単行本]佐野 黒澤関連本は玉石混淆で、焼き直しも多かったんですが、上島春彦さんの『血の玉座 黒澤明と三船敏郎の映画世界』(作品社)はこれまでのどの黒澤研究とも異なる、力の入った評論集でした。『蜘蛛巣城』という決して黒澤の代表作とはいえない作品を中心軸に据えて、黒澤と三船がコンビを組んだ作品だけに的を絞って論じている。

岡田 これまでの黒澤本というのは、基本的にはエピソード研究でしょう。いろんな関係者に話を訊いて、作品の舞台裏や監督本人の人間性をさぐることが「クロサワ」を知ることだった。上島さんはそれらとはまったく違うやりかたで黒澤作品を分析しているから、昔からの黒澤ファンは逆に戸惑うかもしれない。フィルムセンターの黒澤明展では、上島さんにギャラリートークに来ていただいたんですが、映画の一場面を説明する語りが抜群に面白い。そのシーンがまざまざとよみがえってくる感じで。この本はそういう感受性のたまものだなあと納得しました。

佐野 「『蜘蛛巣城』を見るとは巨匠の巨匠たる所以を確認する作業ではなく、むしろ黒澤がさまざまな伝説に彩られた巨匠から一人の裸の映画作家へと変貌する瞬間に慄くことなのだ」としたうえで、「卑小さとは作家の作家たる証であり唯一の存在理由なのである」と断言する。こうした視点から黒澤映画を読み解いていくと、巷間傑作とされていない作品にこそ黒澤の本質が垣間見える、という上島さんの主張がとても説得力を帯びてきます。

映画ルポルタージュの隆盛

岡田 最近の黒澤本の傾向として、実証研究の流れがありますね。何年かまえに出た田草川弘さんの『黒澤明VS.ハリウッド』(文藝春秋)は、実際にアメリカへ行って、20世紀フォックスの社内資料まで調査して『トラ・トラ・トラ!』の製作背景をさぐり当てている。フィルムセンターの黒澤展にポスターをご貸与いただいた槙田寿文さんなどは、黒澤と文学作品の関連性についても調べている方です。よくドストエフスキーとシェイクスピアの影響がいわれますけれど、彼は黒澤明研究会の会誌でバルザックがいかに黒澤に影響を与えているか、という論文を実証的に書いておられます。
たとえば小津安二郎は、80年代に画面研究だけが先に進んでしまったという状況があって、そのあと田中眞澄さんがまったく違う方向でアプローチしたでしょう。その新鮮さというのもあるんですね。当時の文化史を調べて、そこから小津の全体像を読みほどいてゆく。黒澤に関しても、今後はそういう研究が増えてゆくのではないでしょうか。

佐野 黒澤、小津、溝口という三巨匠を論じた本としては、古賀重樹さんの『1秒24コマの美』(日本経済新聞出版社)があります。僕は未読なんですが、いかがでしたか?

岡田 古賀さんは、日経新聞の文化部の記者として、以前からクォリティの高い映画記事をお書きになっている方です。この本は、日経新聞の「美の美」というコーナーが初めて映画を扱ったときの論考をまとめたもの。まさにジャーナリストならではの仕事で、溝口についてならば、美術監督の水谷浩を調べるために生前の水谷本人がシネマテーク・フランセーズに寄贈した資料を調べに行ったり、溝口を語るときによく名前が出てくる日本画家の甲斐庄楠音についても調べている。映画史研究者がやっていないことを実践している。

佐野 少しまえの本ですが、『頗る非常! 怪人活弁士・駒田好洋の巡業奇聞』(新潮社)をまとめた前川公美夫さんも北海道新聞の元編集委員で、あれもたいへんな労作だった。

黒澤明vs.ハリウッド―『トラ・トラ・トラ!』その謎のすべて (文春文庫) [文庫]1秒24コマの美 黒澤明・小津安二郎・溝口健二 [単行本]頗る非常!―怪人活弁士・駒田好洋の巡業奇聞 [単行本]脚本家水木洋子 大いなる映画遺産とその生涯 [単行本]天才 勝新太郎 (文春新書) [新書]岡田 あの本のおかげで私なんか非常に助かることが多いんです。フィルムセンターでいま常設展のリニューアルをしているんですが、駒田好洋が北海道から鹿児島まで全国を縦断したということが書けるのもあれのおかげですよ。駒田好洋は北海道から鹿児島まで全国を縦断した、という一文が躊躇なく書けるのもあの本のおかげです。

真魚 元朝日新聞記者の加藤馨さんが書かれた『脚本家・水木洋子 大いなる映画遺産とその生涯』(映人社)も、メモの破片にいたるまで徹底的に調べて書いていますね。しかも水木洋子が映画界に入るまえ、東京大空襲の体験が彼女にどんな影響を与えたのかというところから書いている。

佐野 450ページ超の分厚い本ですが、その半分くらいがデビューまでの話なんですよね。

真魚 普通の映画評論家だったら絶対、成瀬巳喜男の話からはじめるでしょう。もちろん成瀬の話は出てくるんだけど、それ以前に水木洋子というシナリオライターがいかに自身の書くべきものを見つけ出していったのか、そのルーツを丹念に辿っている。戦争中に疎開していた家までわざわざ出かけていったのに、もう建物がなかったとか。水木洋子市民サポーターの会の方々のあの熱意には頭が下がります。

岡田 2010年は国内のあちこちに映画資料館ができた年でした。2月には下関に「田中絹代ぶんか館」ができたし、9月には兵庫県朝来市に「志村喬記念館」ができた。それはいい流れですが、そこでますます感じるのが、水木洋子に関する市川市の取り組みの先駆性です。本気で、レベルも高い。これが一つのモデルケースになって、資料保存に対する意識が高まっていけばいいなと思います。

真魚 天才 勝新太郎』(文春新書)の春日太一さんは、映像京都の所に泊まり込んで取材をしているわけですね。それでスタッフの方々から、打ち合わせのときの勝新太郎の表情とか肉体とか、そういう細部にいたるまで話を訊き出している。評論ではなくルポルタージュとしての映画本の凄みですね。

佐野 映画しか観ない人、映画の本しか読まない人だと、そういう書き手のエアチェックを怠りがちなんですよ。あるとき一冊にまとまったものを読んで、ああ、こんなすごい調査をしていた人がいたんだ、と驚かされる。

真魚 でも、事実を訊き出すうえで気をつけなければいけないのは、関係者でも嘘をつく、ということですよね。アンナ・カリーナにせよ、ショーケンにせよ、やっぱり自分の立場から脚色してある部分もあるわけで、それをそのまま鵜呑みにするのは危ない。

佐野 ジャンルは違いますが、藤子不二雄の「まんが道」ってあるでしょう。あれを読むとトキワ荘って温かくて素敵なところだったんだな、と思うけれど、近年になって刊行された長谷邦夫さんの『漫画に愛を叫んだ男たち』(清流出版)を読むと、漫画家同士のわだかまりとか、いろんな葛藤があったんだなということがわかるんですよ。だから、なにが正しくてなにが間違っているということではなくて、読者としてはそういう資料を複数読んで、事実に近づいていくということですよね。

岡田 日本映画の研究はまだまだ一次資料のあつかいに慣れていないんですね。そもそもどこにどんな資料があるのかも整理できていない。いま古書カタログを眺めていると、成瀬巳喜男の旧蔵資料がところどころ流れているんですよ。ある古書店で、東宝争議のときの成瀬の日映演(労組)の組合員証が売られていて驚いたこともある。フィルムセンターでもどこにどんな資料があるのか調査をはじめていますが、なかなか難しいのが現状です。

清流出版の快進撃

佐野 高崎俊夫さんが企画・編集している清流出版の映画本ラインナップは、2010年も良書が目白押しでした。まずうれしかったのは巌谷國士さんの『映画 幻想の季節』が出たこと。底本になっているのは、70年代末に刊行された『映画の一季節』(青土社)という映画論集ですが、今回はそこに収められた文章を再精査したうえ、初収録の文章やインタビューも盛り込んで、まったく新しい本になっている。

岡田 これは本当に、待ってました、という感じですね。

映画 幻想の季節 [単行本]徳川夢声のくらがり二十年 [単行本]徳川夢声のあかるみ十五年 [単行本]英国コメディ映画の黄金時代―『マダムと泥棒』を生んだイーリング撮影所 [単行本]剣とサンダルの挽歌 ~イタリア歴史活劇映画大全 (映画秘宝COLLECTION 40) [単行本(ソフトカバー)]佐野 虫明亜呂無、武田泰淳、菊池寛などにつづいて、いまは山川方夫の映画論集をまとめられているそうですが、清流出版の本はおそらく普段、映画の本を集中的に買う人ではなくて、近代文学とかを好む人たちに愛読されている。そこがほかの映画本とは明らかに違う点ですね。

岡田 映画の内側の話だけではなくて、映画とその周辺にあるものとのかかわりをしっかり見据えるということですよね。巌谷さんならシュールレアリスムというものがあり、虫明さんならスポーツとか文学とか、隣接する分野との相克と複合のなかで生まれてくるものがある。フィルムセンターでも、ポスター展をやるとなれば必ずグラフィック史についても触れなくてはいけないし、「映画の中の日本文学」という特集にもそういう意図があります。映画の外側から見た映画、というものを考えてゆく必要があるでしょうね。

佐野 昨年の夏、『バード★シット』と『ハロルドとモード 少年は虹を渡る』がリバイバル上映されたときに、キネマ旬報の上野昂志さんとの対談で、坪内祐三さんが自分の少年時代を思い出しながら「あの頃は文化に興味があるひとって、映画に関してもこれぐらい見ちゃいますよね」とおっしゃっていましたが、たしかにそれに比べると、いまは映画しか見ない、本しか読まない、という一点集中型の人が多いような気がします。

真魚 情報量がすごいから、一つのことだけで手いっぱいなんじゃないでしょうか。近年の名画座の回転具合もちょっと異常なものがありますよね。ラピュタ行って、ヴェーラ行って、新文芸坐に行ってとなれば、ほかのことをする時間なんてもうない。コピーロボットをつくって、私は映画、あなたは音楽、みたいに分担していかないと、いまの情報の早さにはとても追いつけないでしょう。

岡田 高崎さんはその点、本をつくったうえで、映画の上映企画もやっているのが素晴らしい。徳川夢声の『くらがり二十年』『あかるみ十五年』(ともに清流出版)が出て、ラピュタで特集上映がおこなわれるとなれば、そこからまた新しい読者や観客が育っていく可能性はあります。

佐野 ちょうど昨年末にこのINTROのインタビューで高崎さんが準備中だとおっしゃっていたチャールズ・バーの『英国コメディ映画の黄金時代 「マダムと泥棒」を生んだイーリング撮影所』(宮本高晴訳、清流出版)もついに刊行されました。

岡田 あれはすごい本ですね。二階堂卓也さんの『剣とサンダルの挽歌』(洋泉社)と並んで、2010年の「日本じゃ観られない映画についての本」の双璧です(笑)。

佐野 ここに書かれている作品について語れる人が日本にはほとんどいないという(笑)。ようやく最近になってDVDが出はじめて、イーリング・コメディの主要作品が確認できるようになってきましたが。撮影所の記録というだけにとどまらず、これまで「イギリスらしい笑い」とか「モンティ・パイソンにつらなるブラックユーモア」とか、漠然と語られていたものが初めて体系的に捉えられるようになった。そういう意味でも記念碑的な一冊ですね。

Part2へ続く

2011/02/05/20:54 | トラックバック (0)
佐野亨 ,シネブックナウ
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