レビュー

はじまりのうた

( 2013 / アメリカ / ジョン・カーニー )
2015年2月7日(土)より、シネクイント、新宿ピカデリーほか全国公開
ニューヨークに映し出される、自由な創作精神の尊さ

岸 豊

ネ タ バ レ あり 『はじまりのうた』ONCE ダブリンの街角で』(07)でお馴染みのジョン・カーニーの最新作『はじまりのうた』(14)は、ニューヨークの街角の何気ない風景とキャッチーな音楽が溶け合った、最高にフィール・グッドなサクセス・ストーリーであり、公開当初は全米で5館の限定公開だったにもかかわらず、クチコミによって公開が拡大し、制作費8億円に対して、興行収入63億円を超えるスマッシュヒットとなった注目作だ。

かつては多くの大ヒットを飛ばして90年代のヒップホップシーンを牽引したが、今や落ちぶれた音楽プロデューサーのダン(マーク・ラファロ)は、見込みのある歌手がなかなか現れず、行き詰まっていた。私生活でも、妻のミリアム(キャサリン・キーナー)とは別居しており、娘のバイオレット(ヘイリー・スタインフェルド)と会うのも月に一度、学校から家への送り迎えだけ。
そんなある日、ダンは会社での会議をぶち壊しにしてしまう。娘の目の前でクビにされてしまい、やけになって飲み逃げをしたらバーテンに殴られる始末。ダンはどん底に落ち、酒に溺れて地下鉄で自殺も考える。しかしダンは音楽を諦めることができず、たどり着いたとあるバーで、グレタ(キーラ・ナイトレイ)という女性シンガーの歌を聴く。彼女の歌に輝きを感じた彼の頭の中で楽器が鳴り出し、最高の曲を奏で始める。自分の人生と重なるグレタの歌詞に運命的なものを感じたダンは「僕と一緒にアルバムを出さないか」とグレタに持ちかけるのだが……。

監督のジョン・カーニーの映画における音楽は、洗練されたキャッチーなメロディと等身大の歌詞で見る者の心に染み渡るような魅力がある。これは、彼が「ザ・フレイムス」というロックバンドで90年から93年までボーカルとベースを担当していた経歴が大きく寄与している。そして本作では、ロックバンド「ニュー・ラディカルズ」のグレッグ・アレキサンダーが音楽を担当しており、2人の感性が融合した結果、繊細で詩的なフォークソングやポップスとパンクが溶け合ったキャッチーなナンバーが生み出されている。しかしジョン・カーニーは、本作を「音楽が良い映画」にとどめるのではなく、音楽業界のリアルな「今」をしっかりと切り取りながら、切ない人間模様を物語に組み込んでいる。

『はじまりのうた』場面1本作で描かれるダンやレコード会社が業績の停滞に悩まされる姿は、ジョン・カーニー自身が映画業界に来る前に実際に見つめてきた風景だ。「俺たちにはビジョンがいる。小切手じゃない」というダンの言葉は、作り手の立場からすれば正しい。しかし「ずっとお前についてきた、でも過去5年で売れた奴がいるか?」というソール(モス・デフ)のビジネス重視の言葉は真実であり、ダンは言い返すことができない。
音楽業界は映画業界と同じく、世界的不況や余暇に対する様々な選択肢の登場によって、少しずつ陰りを見せてきた。もはやダンが思い描くような、自由な音楽創作が出来る時代ではなくなり、劇中で議論されるコメンタリーなど、音楽に付加価値がなければビジネスとして成り立たない時代になりつつある。事実、音楽業界の売上高はゼロ年代以降、伸びを見せず横ばいの状態だ。今や主流のダウンロード販売の売上も大幅に落ち込みつつあり、一部のスター以外の楽曲はストリーミングで刹那的に消費されては忘れられるコンテンツになりつつある。ビジネスとして成り立たせるため、レーベルが音楽に対して抱く価値感では、「人々の記憶に残ること」よりも、「売上に直結すること」の方が重要なのだ。
それゆえに、この映画で描かれる「ゼロからのアルバム制作」の自由さと、制作を楽しむバンドメンバーの姿には多くの人が憧憬を抱くと同時に、「こんなにうまくいくわけない。理想(映画)と現実は違う」と悲観的に見る人もいるだろう。それはそうかもしれない。しかし、ジョン・カーニーが伝えたいのは、スタジオやレーベルの商業的意向が、アーティストの「自由な創作精神」より尊いことがあってはならない、ということだ。
ダンは全てを失った。しかし、それこそが彼に必要なことだったのだ。どん底からしか見えない景色もある。それがグレタとの出会いに繋がった。そして彼らは文字通りゼロからアルバムを作り始める。資金はゼロ、機材は手持ちだけ、バンドメンバーは後払いでスカウト、スタジオもレーベルの後押しもない。しかし彼らには、完璧な自由がある。ゼロから作るということは、後ろ盾が何もない代わりに、何の制約もない、「自由な創作」そのものでもある。そんな彼らを後押しする、かつてダンが成功に導いたヒップホップスターのトラブルガム(シーロー・グリーン)の「正しくなくても 間違ってても 道は長いさ 次の一歩は 君だけの強さ」という粋なラップもグッとくる。そしてダンとグレタは、互いの失恋や挫折を共有しながら、距離を縮めていく。

『はじまりのうた』場面2アルバム制作での移動録音という斬新なアイディアが活かされる中で、「音楽の魔法だ。平凡な景色が意味のあるものに変わる」というダンの言葉通り、ニューヨークの何気ない一瞬が、グレタの歌声とバンドが奏でるメロディに合わせて輝き始める。画面に映し出される、名も無き通り、選択物を干す女性、裏路地で遊ぶ子供達、ビルの屋上、地下鉄、グリニッジ・ヴィレッジ、イースト・ヴィレッジ、タイムズ・スクエア、ワシントン・スクエア公園、セントラルパークといった、観光スポットというよりはローカルなロケーションに、その一瞬にしか現れない美しい景色が現れてくる。グレタとダンがニューヨークを歩きながら、互いのプレイリストを聴かせ合うシーンも最高だ。街並みに合わせて絶妙にチョイスされた、フランク・シナトラ、ドゥーリー・ウィルソン、スティービー・ワンダーらのレジェンドたちで構成されるプレイリストからは、ジョン・カーニーのニューヨークと音楽に対する愛をひしひしと感じる。
移動録音を通じて、ダンとグレタはニューヨークという街自体が出す音や喧騒を自分たちの音楽に取り込み、他にはない音楽を生み出した。時には「うるせえ!警察呼ぶぞ!」と怒鳴られたりもするけれど、彼らが奏でる音楽は限りなく自由で心地よい。また彼らは劇中のレコーディングでもアドリブを多用している様子が見て取れるが、実は本作におけるセリフも多くはアドリブだ。役者の自由な感性によって生まれた即興の会話も、本作をリアルで斬新な、ニューヨークと音楽が融合した音楽映画として成立させる重要な要素となっている。

一方で、グレタと恋人の売れっ子歌手のデイブ(アダム・レヴィーン)との別れも本作の重要なパートになっている。デイブが売れてしまったことで2人の間にできた溝とデイブの浮気は、グレタを深く傷つけた。しかし、その傷があったからこそ彼女はダンに促されて自分の殻を破ることができたのだ。
彼女はデイブがツアーから帰還した時にヨリを戻すこともできた。しかし、自分を自由に、そして成長させてくれた別れをチャラにしてしまうのではなく、ダンに、そしてニューヨークに育てられた「今の自分」を大切にするため、敢えて別れを選ぶ。彼女はシンガーとしてだけでなく、一人の女性としても大きく成長した。そしてグレタとダンとの関係も、「数秒の沈黙」が暗示するように、互いに好意を抱くものになっていた。しかし彼女は、ダンは家族のもとに戻るべきだと考えてそれ以上踏み込まない。

完成したアルバムはレーベルからも高い評価を得て、「映画やドラマの挿入歌にできる曲もある」とまで言われる。しかし、レーベルの介入や縛りを受けたくなかったグレタは「ごめんなさい。やっぱり契約したくない」とダンに明かす。そんなグレタをダンは責めない。より大きな商業的成功があるとわかっていても、ダンはグレタの意思を尊重する。彼もまた大きく成長したのだ。そして彼らは、たった1ドルでアルバムをネット販売することを決める。宣伝はなし、クチコミで広がる爆発的人気は、本作が大ヒットとなった経緯と重なっており、ジョン・カーニーの「良いものには成功がついてくる!」という本作に対する自信を象徴していたように思える。『はじまりのうた』場面3

もしあなたが、生みの苦しみを味わっている人だったり、恋人との関係に悩む人だったり、人生に窮屈さを感じている人なら、この映画を見て欲しい。あなたが見失っている自由が、きっとこの映画の中にあるはずだ。そして、あなた自身を見つめ直して前に進む勇気を与えてくれるだろう。

(2015.1.25)

はじまりのうた 2013年/アメリカ/カラー/104分
出演:キーラ・ナイトレイ,マーク・ラファロ,アダム・レヴィーン(マルーン5),ヘイリー・スタインフェルド,ジェームズ・コーデン,ヤシーン・ベイ(モス・デフ),シーロー・グリーン,キャサリン・キーナー
脚本/監督:ジョン・カーニー 製作:アンソニー・ブレグマン,トビン・アームブラスト,ジャド・アパトー
撮影監督:ヤーロン・オーバック プロダクション・デザイナー:チャド・キース
編集:アンドリュー・マーカス 衣装デザイナー:アージュン・バーシン 音楽:グレッグ・アレキサンダー
配給:ポニーキャニオン ©2013 KILLIFISH PRODUCTIONS, INC. ALL RIGHTS RESERVED
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2015/01/26/19:47 | トラックバック (0)
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