レビュー

はじまりのうた

( 2013 / アメリカ / ジョン・カーニー )
2015年2月7日(土)より、シネクイント、新宿ピカデリーほか全国公開

わたなべ りんたろう

『はじまりのうた』 『はじまりのうた』場面1 早くも今年のベスト級の映画が「はじまりのうた」だ。「ONCE ダブリンの街角で」の監督ならではのさりげないながら魅力的なキャラクター描写が素晴らしい。「ONCE」はいかにも低予算でカメラも手持ちで撮り、編集もザクザクつないでいた。でも「伝えたいことがあれば、これでいいんだ!」と思わせる力強さが作品にあり、コロンブスの卵のように多くを気付かせてくれた(スピルバーグを含む多くの人たちが絶賛していた)。だからこそ「ONCE」ラストの「ここぞとばかりの」クレーン撮影は、あれだけ力があった。

監督のジョン・カーニーはアカデミー賞受賞(歌曲賞)までした「ONCE」の後に「ONCE」とは違うジャンルの映画を数本撮ったが「はじまりのうた」で「ONCE」と同じ音楽映画に戻ってきた。そして、見事に成功させた。ハリウッドで活躍するキーラ・ナイトレイとマーク・ラファロを主演に脇にミュージシャンのアダム・レヴィーン、モス・デフ、シーロー・グリーンを配し上手く生かしている。カーニーが元ミュージシャンで音楽業界を知っているからこそ生きた配役だろう。「ワン・チャンス」でポール・ポッツを演じて注目されたジェームズ・コーデンも人懐っこい魅力が生かされている(コーデンは「イントゥ・ザ・ウッズ」でも「はじまりのうた」と同じく見事な歌声を聞かせてくれる)。「トゥルー・グリット」の子役だったヘイリー・スタインフェルドはギターも披露して魅力を発散している。

今作で個人的にとても嬉しかったのは音楽担当がグレッグ・アレキサンダーだったこと。アレキサンダーは19才で89年にソロデビューしたが売れず、ニューラディカルズで98年に「You Get What You Give」をヒットさせる。ポップながらツボを得ていて職人的とも言える良さがある曲だが歌詞が辛辣で「8人のダスト・ブラザーズとベックとハンソンに助けてもらってファッション雑誌の撮影。コートニー・ラブとマリリン・マンソン、お前らみんなニセモノだ」などとショービズをかなり皮肉っていた。しかし、「逃げ出しちゃいけない。君にだって生きてく理由はあるだろ。忘れるなよ。頑張った分だけきっと返ってくるんだってことを」「諦めちゃいけない。君の中には音楽がある」と皮肉だけでなく音楽への愛も込めていた。子役時代に売れてからシンガーソングライターになったダニエル・ブリズボワのデビュー盤「もし神様が空から落ちてきたら……」は今でも聴き返すことのある10代から20代の女の子の胸のうち(とても愛されたいが同時にほおっておいてもほしいなど)を独特の表現で赤裸々に綴った名盤でアレキサンダーのプロデュースだった。ニューラディカルズとダニエル・ブリズボワ(ニューラディカルズにも一時在籍)で名前を覚えたアレキサンダーだったがニューラディカルズは1枚であっさり解散、 ブリズボワも2枚目が録音されながら発売されなかった(後者は海賊盤あり)。だが、その後にアレキサンダーは作曲家として大活躍を始め、ミッシェル・ブランチをフィーチャーしたサンタナの「The Game of Love」、元ボーイゾーンのローナン・キーティングの「Lovin' Each Day」、ロッド・スチュワートの「I Can't Deny It」などを提供。「はじまりのうた」の楽曲でもアレキサンダーならではの曲調や節回しが随所にあり、昔からのファンとしては嬉しい驚きだった。しかもマルーン5のアダム・レヴィーンが歌っているのだから、とても面白い。サントラの3曲目の「No One Else Like You」の歌い出しはマーティ・バリン の「ハート悲しく」(稲垣潤一のカバーでも知られるAORの有名曲)に似ていたりとロック/ポップマニアのアレキサンダーらしい隠し味も存分に楽しめる。これらの珠玉の曲が収められたサントラも素晴らしい出来だ。

『はじまりのうた』場面2 『はじまりのうた』場面3

映画「はじまりのうた」に戻るとヒロインの最後の顔のアップがこれほど雄弁に語る映画を久しぶりに観ることが出来たのも収穫だった。「可愛らしい映画」として観ることも出来るが、マーク・ラファロ演じる男の再生のストーリーでもあり、各キャラクターがきっちり描き出されているからこそ、ストーリーのレイヤーが幾つもあり(各レイヤーが魅力的に各レイヤーを輝かせる)見応えがある。「(500)日のサマー」の脚本家コンビの新作「きっと、星のせいじゃない。」も驚くほど良作だったが、今年はラブストーリーに収穫が多いかもしれない(共にアメリカなどの公開は昨年なので、あくまで日本公開として)。なお、カーニーの新作 「Sing Street」(2015) はまたも音楽映画でカーニーが育ったダブリンを舞台にしていて、とても楽しみだ。

(2015.2.16)

映画『はじまりのうた』スペシャルミュージッククリップ
「Lost Stars」 Performed by キーラ・ナイトレイ

映画『はじまりのうた』スペシャルミュージッククリップ
「Tell Me If You Wanna Go Home」

音楽がつなぐ予想外の出会いと、最高のはじまりの物語
落ち目のプロデューサーのダン(マーク・ラファロ)。妻と娘と別居して、ぼろアパートで寂しい一人暮らしの日々を送っている彼は、仕事もうまくいかず会社をクビになったばかり。一方、無名のミュージシャン、グレタ(キーラ・ナイトレイ)は最愛の恋人に裏切られ、音楽の夢も諦めようとしていた。そんな二人がニューヨークのライヴハウスで偶然出会い、一緒に音楽を作ることに。そして、お金のない彼らは、ニューヨークの街角をスタジオ代わりにレコーディングすることに?!音楽がつないだ数々の出会いが予想外の展開を生み、自分の人生と向き合うための、かけがえのない時間がはじまる――。

はじまりのうた 2013年/アメリカ/カラー/104分
出演:キーラ・ナイトレイ,マーク・ラファロ,アダム・レヴィーン(マルーン5),ヘイリー・スタインフェルド,ジェームズ・コーデン,ヤシーン・ベイ(モス・デフ),シーロー・グリーン,キャサリン・キーナー
脚本/監督:ジョン・カーニー 製作:アンソニー・ブレグマン,トビン・アームブラスト,ジャド・アパトー
撮影監督:ヤーロン・オーバック プロダクション・デザイナー:チャド・キース
編集:アンドリュー・マーカス 衣装デザイナー:アージュン・バーシン 音楽:グレッグ・アレキサンダー
配給:ポニーキャニオン ©2013 KILLIFISH PRODUCTIONS, INC. ALL RIGHTS RESERVED
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2015年2月7日(土)より、シネクイント、新宿ピカデリーほか全国公開

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  • 監督:スチュアート・ブルムバーグ
  • 出演:グウィネス・パルトロウ, マーク・ラファロ, ティム・ロビンス, ジョエリー・リチャードソン, ジョシュ・ギャッド
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