アグニェシュカ・ホランド (監督)
映画『赤い闇 スターリンの冷たい大地で』について【1/2】
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2020年8月14日(金)より新宿武蔵野館、YEBISU GARDEN CINEMA ほか全国公開!
『太陽と月に背いて』『ソハの地下水道』で知られるアグニェシュカ・ホランド監督の新作『赤い闇 スターリンの冷たい大地で』が、8月14日(金)より新宿武蔵野館、 YEBISU GARDEN CINEMAほか全国で公開される。スターリン体制下のウクライナで1932年から33年に起こったホロドモール(人工的な大飢饉)の恐怖を、『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』のジェームズ・ノートン演じる若きジャーナリスト、ガレス・ジョーンズの目を通して描く。知られざる歴史の闇に光を当てるだけではなく、現代に通じる問いをも投げかける、驚きに満ちた歴史ドラマだ。衰えを知らぬ嗅覚と手腕で魅力的な映画を作り続けるホランド監督にオンラインでの合同インタビューを行い、作品についてうかがった。 (取材:深谷直子)
STORY 1933年、ヒトラーに取材した経験を持つ若き英国人記者ガレス・ジョーンズには、大いなる疑問があった。世界恐慌の嵐が吹き荒れるなか、なぜスターリンが統治するソビエト連邦だけが繁栄しているのか。その謎を解くために単身モスクワを訪れたジョーンズは、外国人記者を監視する当局の目をかいくぐり、すべての答えが隠されているウクライナ行きの汽車に乗り込む。やがて凍てつくウクライナの地を踏んだジョーンズが目の当たりにしたのは、想像を絶する悪夢のような光景だった……。
――本作を拝見して、スターリン政権下のソ連で起こったホロドモールのことを初めて知り、その悲惨さに衝撃を受けました。さらに身近な問題として驚いたのが、ジャーナリズムを取り巻く状況が当時も今も変わりないということです。フェイクニュースや検閲は世界中で問題となっており、今の日本の政権では、首相が原稿を読み上げるだけの記者会見を行い、マスコミがそのまま記事にするという、まさにこの映画に描かれているようなことが起こっています。脚本はアンドレア・チャルーパさんによるものですが、監督はどこに惹かれて映画化を決めたのですか?
ホランド 私は今までにホロコーストやナチズムを扱った作品を3本撮っており、それらがなぜかアカデミー賞候補に選ばれているのもあって(笑)、私のもとにはよく人類に対する犯罪についての脚本が送られてきます。ホロコーストはもちろん、アルメニア人虐殺、ルワンダ虐殺、ポル・ポト派による虐殺……。そうした作品を作るためには人生の数年を費やすことになり、その物語に身を置くことがどんなに大変かもわかっているから、ちょっと私には疲弊しているところがありました。ただ、ごくたまに共産主義の犯罪についての企画も来るのですが、なかなか共産主義、スターリン政権下で行われた犯罪を描く強さを持つ監督は少ないんですね。というのは、そうした犯罪は人類に対する犯罪でありながら、グローバルなコミュニティに意識されることなく、忘れ去られ、許されてしまって誰も責任を問われていない、そういう犯罪だと認識されているからです。それで、ホロドモールという大虐殺に光を当ててみんなに知ってもらいたい、スターリン政権がどんなものだったかを描きたいと、この作品に興味を持ちました。でも、もしかしたらそれ以上に重要だったのは、やはりこの物語がジャーナリズムの責任や本質に触れ、それに対する問いかけをしていたというところなのかもしれません。今は、公的な情報発信が、フェイクニュースや偽情報、SNSでのプロパガンダを利用することでとても効率よく操られています。スターリンやヒトラーによってかつて行われていたのと同じようなことが今も行われ、しかも効率的に、スムーズにできるようになり、より危険になったのです。そんな中で、勇気ある一人のジャーナリストが、誰にも知られず葬り去られようとしていた真実を救い出したというこの物語をみんなに知ってもらい、責任をどこに問えばいいのかを考えてもらいたいと考えて、映画化を決意しました。
――ジャーナリズムがあるべき姿を取り戻すために、情報の受け手側ではどんなことをするべきでしょうか?
ホランド ジャーナリズムの価値や資質を考えるとき、事実を調査し、報道し、闘うというタイプのジャーナリズムがいちばん必要だとよく言われるのですが、そういうものにはお金がかかるんですよね。そこに資金が行っていないということがまず問題なんです。シリアスな調査型の報道がなされなければならないのに、今は、西部劇ではないけれど、ジャーナリスト個人が正義のために闘いながら町から町へ……という感じになってしまっている。受け手の私たちはそれをよしとしないことが大切です。客観性を持った誠実なジャーナリズムを支援していかなければいけない。それなくしては民主主義の存続はあり得ないと思っています。
――ソ連の五か年計画は、当時、近代化のために必要な実験であるとされており、映画の中でもどの立場の人も肯定的なのですが、そこに一人で立ち向かっていった主人公のガレス・ジョーンズは本当に勇気ある人だと思いました。1933年にホロドモールを目撃して、35年には29歳の若さで殺されてしまったという不遇の人物でもあります。有名人ではないので人物像を作るのが難しかったと思いますが、どのように作っていったのでしょうか?
ホランド ガレスは本当に忘れ去られた人物で、おっしゃるとおり彼についての資料はあまりありません。最近ウクライナの歴史学者が彼のことを調べ始めており、また脚本家のアンドレアのおじいさまがホロドモールの生存者の一人で、アンドレアが家族史を紐解く中でガレスのことを調べて、だんだん彼のことが明かされてきているのですが、それでも彼についての情報はとても少ないので、パズルのピースを集めながら想像力で補ってキャラクター造形をしていきました。彼は好奇心が強くて野心家の側面もあるウェールズ出身の若い男性です。母の影響を強く受けており、口琴を吹くのもそれが母の趣味だったからです。彼の母も好奇心にあふれる女性でした。私は好奇心の強さが彼の性格の核であると考えてキャラクターを組み立てていきました。彼を突き動かしたのはまず好奇心、それゆえに海外のことを知りたいと思い、当時のウェールズの青年にしては珍しく4ヶ国語も話せました。とても聡明で、国際社会への洞察力があり、危険が潜んでいるところへのカンを持っていました。そして若いジャーナリストとして人が見つけてはいないものを発見したいという思いのある、とても誠実な人物だったと思います。ウクライナであの悲劇に直面し、被害者のために闘うことを自分の使命と感じて、メッセンジャーのような存在に変化していくというのが彼の物語です。何百万人もの被害者に対して責任を感じ、自分が報道することで彼らを救うことができるなら、代価として自分の命さえ差し出せる人物だと考えました。ガレスは今日のジャーナリストの素晴らしいお手本でもあります。モスクワで2006年に暗殺されたアンナ・ポリトコフスカヤや、この映画の製作準備中の2018年に暗殺されたヤン・クツィアク、彼はイタリアのマフィアとスロバキア政権との癒着を調査している最中に27歳の若さで殺されてしまい、ガレスとよく似た境遇を辿ったのですが、そういうジャーナリズムにおけるヒーローが、現代にもいるのです。私たちが日々生活する中で忘れたい、目を覆いたいと思うような真実を発信する彼らの言葉に私たちは耳を傾けなくてはなりません。メディアの腐敗はとても危険なことだけれど、臆病で日和見主義的な政治家と、一般の人たちの無関心がさらに世界を危険にしており、今私たちは最悪の惨事へのドアを開くも同然の状況にあるんじゃないか?と、この映画の制作中に強く感じました。
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監督: アグニェシュカ・ホランド『太陽と月に背いて』『ソハの地下水道』
脚本: アンドレア・チャルーパ
出演: ジェームズ・ノートン「戦争と平和」(BBC ドラマ) ヴァネッサ・カービー『ワイルド・スピード/スーパーコンボ』 ピーター・サースガード『ブルージャスミン』 配給: ハピネット 配給協力: ギグリーボックス
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