奥田瑛二の初監督作品『少女~an adolescent』を見たときは感動した。 中学生の少女と田舎警官との肉体交渉をともなう恋愛を、「禁断の恋」などという惹句抜きであっけらかんと描いたこの作品は、 ヒロイン小沢まゆの奇跡的な可憐さと、故・室田日出男の凄絶な演技、何より、 人間のいとなみを見つめる奥田監督のやさしさが鮮烈な印象を残す作品だった。台詞が、話が、演技が、 映画のすべてがあたたかく濡れそぼっていた。そのニンゲン臭がいたく感動的で、筆者は何度も見直して、 ひたすらに奥田監督の新作を待った。
そしてついに、監督第二作『るにん』が公開される。
江戸時代末期。絶海の孤島であり流刑島である八丈島に、一人の男が流されてくる。佐原喜三郎(西島千博) 。博打で身を持ち崩した無頼の男だ。喜三郎は、役人や流人たちに身体を売りながら赦免を夢みる年増の遊女、豊菊(松坂慶子)と恋仲に。 二人は命を賭けて島を抜け出ようとするのだが……。
四方を海に囲まれた牢獄は残酷だ。水平線を眺めて可能性に乏しい脱獄を夢みて日々が無為に過ぎる。 希望のない日々を送る流人たちは、孤独と寂しさを舐めあうようにからだを交わらせる。幾筋かの関係が島に芽生える。 情は男女のあいだだけに結ばれるのではない。豊菊を慕う男娼の光(ひかる)は、罪人どもの愛玩物になることに自己の存在理由をみている。 いつ終わるとも知れぬ監獄暮らしでの、やるせのない「性」の数々。そのいとなみに奥田監督は執拗な関心を寄せている。
最底辺の最低のまじわりから、やがて至高の「情」が形作られる。喜三郎は豊菊にいう。 「あんたの中には深い闇がある。俺はその中に引き込まれて落ちていくと、安心するんだ」。かくして、数々の性愛場面が生まれることになる。 男女の裸体がスクリーンに蠢くことでしか表現できない何かがある。その光景に、 やはり奥田監督が最大限のリスペクトを捧げる神代辰巳の影響を見るのは筆者だけであろうか。
主演の松坂慶子は問答無用にすばらしい。男たちに体を与え、 ありもしない希望にすがり付いて生きるみじめな女だが、抱きしめたくなるほど可愛らしい笑顔を見せるかと思えば、 ひれ伏したくなるほど神々しい光を放つ瞬間もある。豊かな乳房を男の口に含ませ、慈悲深いまなざしで彼らを慰めるその絵姿。これは 「松坂慶子の映画」だと言い切っていいと思う。
そんな松坂と業の深い契りを結ぶ佐原喜三郎を演じるのは、国際的に高い評価を得ているバレエ・ ダンサー、西島千博。宮藤官九郎のドラマ、『池袋ウエスト・ゲート・パーク』を思い出そう。窪塚洋介と対立するチーム 「ブラックエンジェルズ」のエレガンスなボス、京一を演じた二枚目だ。さすがに松坂の隣に居ては存在が霞みがちだが、 終盤では舞踏さながらの迫力ある立ち回りを見せてくれる。
初めは頼りない十五歳の遊女として登場し、やがて島の男たちに身体を与えて抜け舟(脱獄) を画策する花鳥役の麻里也。徐々にふてぶてしく成長する様を地に足のついた演技でこなし、強い印象を残す。島の気丈な娘、 お千代を演じるのは『少女』のヒロイン、小沢まゆだ。まっすぐで誠実な演技にいっそう磨きがかかり、今後の活躍を期待させる。 島の流人たちには、金山一彦、大久保鷹、なすびら、バラエティ豊かな顔が揃っており、皆一様に人間臭さを放っている。『少女』に引き続き、 小説家の島田雅彦が、実在した近藤富蔵役で顔を出しているが、存外に演技が上手くて、プロの役者に比べても遜色がない。
名手・石井浩一による湿度の高い撮影。大ベテラン木村威夫による巧緻な美術セット。 三枝成彰の叙情的な音楽。いずれも濃厚な味わいで観るものを映画の世界に引きずり込む。
もちろん、その濃厚な味を嫌う客もいるだろう。 演出家の生理に根ざして引き伸ばされたぬらりぬらりとしたタッチが性に合わない人もいるだろう。 しかしこの独自の悠揚迫らぬテンポを持ったこの映画は、あえて喩えるならばセルジオ・レオーネの作品を見ているときのような、 なだらかな快楽を与えてくれる。そして訪れる、「これしかない!」といった確信にみちたラストシーン。もはや「菩薩」 としか形容しようのない松坂慶子の表情を見るだけでも、必見の映画だ。
(2006.1.9)
『るにん』
企画/製作/監督:奥田瑛二
脚本:成島 出
出演:松坂慶子,西島千博,小沢まゆ,麻里也,ひかる
島田雅彦,玄海竜二,金山一彦,なすび,濱本康輔
大久保鷹,片岡長次郎,根津甚八,奥田瑛二
http://runin.jp/
2006年1月14日
シネマスクエアとうきゅう他全国順次公開
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