今週の一本
(2007 / 日本 / 内田けんじ)
切れはあるけどコクのないミステリ

仙道 勇人

アフタースクール同一シーンを多視点で描くことで予想外のオチに着地させる、という緻密な構成で多くの映画ファンを魅了した「運命じゃない人」(05)の内田けんじ監督の新作は、やはり観客の予想を思いもしない形で裏切る娯楽ミステリに仕上がっている。

物語の骨子は恐ろしく単純だ。母校の中学で教師している神野(大泉洋)の元に、同級生だった木村(堺雅人)の連絡先を知りたいという島崎なる男(佐々木蔵之介)が現れる。同級生で現在も木村と懇意にしている神野は、木村が失踪したという島崎の話を俄に信じることができないが、失踪の原因と思われる女(田畑智子)と密会している証拠写真や、昨晩も木村と暮らしている美紀(常盤貴子)が産気づいた際に連絡が取れなかったことなど、失踪を思わせる要素がないわけではなかった。木村に限ってそんなことするはずがない、と頑なな姿勢を崩さない神野は、島崎に言われるままに木村探しを手伝うことにするが――。
と、要するに教師と探偵の凸凹コンビが失踪した男の行方を追いかけるというだけの話なのだが、そこは内田けんじ作品だけあって一筋縄でいかない。人捜しというありふれたプロットを二転三転させながら、気がつけば当初とは全く別の物語にすり替えてしまう辺り、テクニシャン・内田けんじの面目躍如と言ったところだろう。

内田けんじ監督の「騙しのテクニック」は、ミステリ小説で言うところの「叙述トリック」に似た「梯子外し」が基本だが、今作でもそれは遺憾なく炸裂している。観客の固定観念や先入観を巧みに利用しながら大まかなストーリーを組み上げ、その後で観客が注視していたストーリーそのものが実はフェイクであったことを暴露する。観客は囮ストーリー自体の完成度と、その裏で進行している真のストーリーのギャップの大きさにただただ驚かされるという寸法だ。

前作「運命じゃない人」では「視点」という作劇的な部分を利用したトリックで観客を見事に手玉に取ったのに対して、今作では作劇ではなくストーリーテリングによるトリックが用いられている。テクニカルな仕掛けは殆どない代わりに、何気ない描写や会話の多くがミスリードを誘うように計算されており、あらゆるシーンに様々な伏線が仕込まれている念の入れようで、ぼんやりとストーリーを追いかけているとすっかり騙されてしまうことだろう。特に中盤以降に次々と回収されていく伏線の数々と、その度に白が黒に反転していく鮮やかな演出には、素直に感嘆せずにはいられなかった。

にもかかわらず、本作を観終わった後に不思議なモヤモヤがつきまとうのはなぜだろうか。良いミステリーは、ある意味で騙されたこと自体がカタルシスに直結するものだが、本作にはそうしたカタルシスをついぞ得ることができないのだ。
これはやはり、オチと言うかネタに今ひとつリアリティが感じられないからだろう。本作はトリックと伏線こそ緻密に練り込まれている反面、ネタのリアリティを担保する工夫が非常に乏しく、率直に言うと「こんなこと実際起こりうるのか?」という疑問を最後まで頭から拭い去ることができないのである。
前作ではこうした部分は、無条件でリアリティを担保できる「視点」をトリックにしていたからこそ特に問題視されなかったが、構成やストーリーテリングをトリックにした本作の場合、相応の処理が求められるのは言うまでもあるまい。どうも監督は前作と同じ感覚でトリックを仕掛けている節があり、「ネタのリアリティ」に対する配慮もそこそこに、観客を欺く仕掛けに腐心しているように思えてならない。結果として、パズル感覚の「謎解き」としてはそれなりに楽しめるものの、"勧善懲悪"というドラマ性が最後の最後まで上滑りしてしまったと言わざるをえないだろう(勿論、誰が「悪人」なのかという謎が最大の謎になってはいるのだが)。
エンドロールが終わった後にまで映像を挿入して伏線を回収する徹底ぶりは、監督の職人気質を窺わせるに十分だが、次回作ではトリックや仕掛けだけで終わらないミステリーで思いっ切り酔わせてほしいものだ。

(2008.6.5)

アフタースクール 2007年 日本
監督 脚本:内田けんじ 撮影:柴崎幸三 美術:金勝浩一
出演:大泉洋,佐々木蔵之介,堺雅人,田畑智子,常盤貴子,北見敏之,山本圭,伊武雅刀
公式

5月24日より、シネクイントほか全国ロードショー

運命じゃない人
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おすすめ度:おすすめ度5.0
監督:内田けんじ
WEEKEND BLUES
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監督:内田けんじ
運命じゃない人+WEEKEND BLUES ツインパック 運命じゃない人+WEEKEND BLUES
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2008/06/05/17:27 | トラックバック (3)
「あ」行作品 ,仙道勇人 ,今週の一本
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