熊切 和嘉 (映画監督)
映画「BUNGO~ささやかな欲望~」/『人妻』について
2012年 9月29日(土)より、角川シネマ有楽町ほか全国公開!
宮沢賢治、坂口安吾など昭和の文豪の傑作短篇を、6人の気鋭監督と旬の俳優たちが映像化した贅沢なオムニバス『BUNGO~ささやかな欲望~』がこの秋公開される。30分に凝縮され新たな息を吹き込まれた名作の世界がいずれも見事な好企画だが、中でも永井荷風の艶っぽい佳作を、ここ最近骨太な原作もので気を吐く熊切和嘉監督が大胆な脚色で見せる『人妻』が出色の面白さだ。谷村美月、大西信満という正統派の俳優が色めいた世界で伸びやかに遊び、端正ながらも手触りには熊切監督らしいパンクを感じる。大西さんを2度取材した筆者としては、今までの作品で硬軟自在に演じ分けてきた大西さんの多面性を活かして新しい主人公像を創り上げていることに大いに感心したのだが、お話を伺うとやはりこだわりのキャスティングだったとのこと。素顔の大西さんのお話に笑わせていただきつつ、昭和の映画も愛する監督が、今その時代を撮るために取った果敢なアプローチを興味深く伺った。ぜひ劇場で巧みな仕掛けに驚きながら日本文学の世界を愉しんでほしい。(取材:深谷直子)
――今回は時代物でしたが、今までの作品でも昔の日本が残っているような地方を舞台にしたものが多いですよね。そういう風景を記録として残したいという気持ちがあるんですか?
熊切 残したいと言うか、僕自身都会の風景にはまったく萌えないんですよね。真新しい建物とか街並みとかは白々しい感じがして。人の匂いのする街並みだとか陰影のあるほうが好きなので、自然にそういうところを選んでしまうんですよね。
――では時代物を撮るのは面白かったですか?
熊切 面白いのは面白いんですけど、撮影で切り返しができなかったりだとかの制約が出ちゃうんですよね。これ以上行くと背景に現代的な建物が映ってしまうとか、俳優の芝居に制約が出るので、そこが難しいと思いましたね。
――この作品は設定としては『揮発性の女』(04)にも近いなあと思ったんですよね。ひとつ屋根の下で男女が暮らしていて、片方が思い詰めていくというところが。そこは意識はしていないですか?
熊切 いや、そんなには意識していないですね。
――でも閉じた世界を描くことが好きということでしょうか?
熊切 好きは好きなんでしょうね。あと、『揮発性』もそうだったんですけど今回も3日撮りという制約があったので、そういうときはあんまり外に出ないで芝居に集中しようという。
――いろいろと制約が多かったんですね。監督の前の2作が『海炭市叙景』と『莫逆家族』という重めの群像劇だったので、今回は遊び心のある作品で楽しまれたのかなと思っていましたが。
熊切 遊ぼうと言うよりも、短篇って大胆なことと言うか実験的なことがやれたりもするので、そういう感じでやってみました。
――今回は企画として日本の名作の世界に触れてもらおうという狙いがあると思うんですが、監督は本はよく読まれますか?
熊切 割と読みますね。何でも読む方ですが、文豪系だと太宰とか谷崎とか。
――今の若い人はなかなか昔の作品を読まないと思うんですが、そういう本の楽しみはどういうところにあると思いますか?
熊切 僕も子供のときと言うか、高校生ぐらいのときに文豪の作品を好んで読んだりはしていませんでしたが、意外と短篇とかに変なのがあるじゃないですか。前回このシリーズでやった芥川(龍之介)の『魔術』というのも珍品だと思うんです。短篇集とかを読んでいてああいうのに出会ったときは面白いですよね。知られた名作は名作でもちろんいいんですけど、隠れた珍品を探すのは面白いですね。
――昔の作家たちの想像力の豊かさには驚きますね。『人妻』のような作品はそういうものとは違いますが、戦後のお話で古臭いかと思うと、昔の人も今と同じようなことで悩んでいたんだなあとか男ってダメだなあという部分があったりしてやっぱり面白いですよね。
熊切 そこは原作を読んでも非常によく分かる感じがしたんです。
――この作品はオムニバスで観るので、その繋がりでの面白さもあると思うんですよね。これの前の作品の『乳房』(監督:西海謙一郎)は戦時中のお話なので、いろいろなことが制限されて大変な時代だったなあと思いながら観て、この『人妻』にはその窮屈さから解放され、徐々に欲望も出てきつつ理性と葛藤する人の姿があって、さらに時代が進むと最初の『注文の多い料理店』(監督:冨永昌敬)のように欲望丸出しになってしまうんだという。
熊切 ああ、そう言われてみるといい並びなのかもしれないですね。
――オムニバスの1本として撮ることでは何か意識はされていないんですか?
熊切 どういう並びになるとかはまったく分からなかったですし、他の作品のことは意識しなかったですね。ただ他の作品が割とタレント的な俳優さんを起用しているところに、大西信満で行きたいというところがこだわりですね。うちはアングラで勝負!みたいな(笑)。
――そこに尽きますか(笑)。でもこれは正解のキャスティングだと思います。すごくハマっていました。
熊切 大西くんは昭和顔なんですよね。生成りのシャツが似合う感じで。やっぱり『赤目』のイメージが強かったのかもしれないな。
――大西さんにはこの役を「のび太のイメージでやってください」と指示されたそうなんですが。
熊切 言いましたね。空き地に土管を置いたのもそうなんですが、悪い方の桑田がドラえもんで、のび太がその力を借りてどうこうしようとするけど結局何もできず、最後に土管に座ってボケっとしているイメージで終わる、ということは言っていました。大西くんはそれまでものすごく深読みをしていたようなんですが、「いや、そんなに難しいことではなくて、言うなればこういうことです」と思い付きでドラえもんの例えを出したら、「なるほど分かりました!」と彼なりにピンと来たようですね。
――はあっ、なるほどそういうことなんですか! 何かとても分かりやすく普遍的な話なんだと私も腑に落ちました。永井荷風がまさかドラえもんの世界になるとは思いも寄りませんでしたが(笑)。
熊切 男の妄想の話ですからね。永井荷風を期待して観に来た人は怒るんじゃないかなと怖いんですけど……(苦笑)。妙なものを撮ろうとしてはいたんですが、妙過ぎるものになりましたね。
――いえ、谷村さんも大西さんも本当に新鮮でしたし、いい意味で予想を裏切られて見応えがある作品だったと思います。こういう企画ものも最近少なくなっている中、どの作品も粒選りだったと思いますし。
熊切 西海さんは王道な感じでちゃんと撮っていたけど冨永くんと僕は変なことをやっているので不安なんですけど、難しいことを考えずにこの妙な世界観を味わってもらいたいなと思いますね。
( 2012年9月12日 飯田橋・角川書店で 取材:深谷直子 )
「見つめられる淑女たち」 95分
『注文の多い料理店』 原作:宮沢賢治 監督:冨永昌敬 脚本:菅野友恵 キャスト:石原さとみ 宮迫博之
『乳房』 原作:三浦哲郎 監督:西海謙一郎 脚本:岨手由貴子 キャスト:水崎綾女 影山樹生弥
『人妻』 原作:永井荷風 監督:熊切和嘉 脚本:山田太郎 キャスト:谷村美月 大西信満
「告白する紳士たち」 108分
『鮨』 原作:岡本かの子 監督:関根光才 脚本:大森寿美男 キャスト:橋本愛 リリー・フランキー
『握った手』 原作:坂口安吾 監督:山下敦弘 脚本:向井康介 キャスト:山田孝之 成海璃子
『幸福の彼方』 原作:林芙美子 監督:谷口正晃 脚本:鎌田敏夫 キャスト:波瑠 三浦貴大
配給:角川映画 © 「BUNGO ささやかな欲望」製作委員会
2012年 9月29日(土)より、角川シネマ有楽町ほか全国公開!
- (著):宮沢賢治,三浦哲郎,永井荷風,岡本かの子,坂口安吾,林芙美子 ほか
- 映画原作
- 発売日:2012/8/25
- ▶Amazon で詳細を見る
- 監督:熊切和嘉
- 出演:石井苗子, 澤田俊輔, 星子麻衣
- 発売日:2005/03/16
- おすすめ度:
- ▶Amazon で詳細を見る