インタビュー
熊切和嘉監督&脚本家・宇治田隆史氏

熊切 和嘉( 映画監督 )
宇治田 隆史( 脚本家 )

映画『海炭市叙景』について

公式

渋谷ユーロスペース、横浜シネマ・ジャック&ベティ、川崎市アートセンターにて公開中、他全国順次公開

函館出身の作家である佐藤泰志の小説「海炭市叙景」が熊切和嘉監督と宇治田隆史脚本家の盟友の組み合わせで映画化された。地元の映画館主の企画で、佐藤泰志の函館西高校時代の同級生や小説のファンなどが原作の映画化を目指し、2009年に函館で映画製作実行委員会を結成。製作費の募金などの協力を募って映画化に至った作品である。(取材:わたなべりんたろう 撮影:内堀義之)

熊切 和嘉 ( 映画監督 )
1974年、北海道帯広市生まれ。大阪芸術大学芸術学部映像学科の卒業制作「鬼畜大宴会」がPFFアワード97準グランプリ、イタリア・タオルミナ映画祭グランプリを受賞し、一般公開でもヒットを記録して一躍注目を浴びる。2作目の「空の穴」ではベルリン映画祭フォーラム部門などで上映。映画以外にも日本テレビの深夜ドラマ「トンスラ」の第10話なども手がける。
[他の監督作品]「アンテナ」(04)、「揮発性の女」(04)、「青春☆金属バット」(06)、「フリージア」(06)、「ノン子36歳(家事手伝い)」(08)。

宇治田 隆史 ( 脚本家 )
1975年、和歌山県生まれ。大阪芸術大学在学中に熊切和嘉監督作品「鬼畜大宴会」に協力して以降、「アンテナ」「揮発性の女」「青春☆金属バット」「フリージア」などの熊切監督作品の脚本を手がける。2008年「ノン子36歳(家事手伝い)」は「映画芸術」誌の2008年度日本映画ベストテンで1位を獲得、脚本が2008年度年鑑シナリオ代表作品に選出された。近年脚本を手がけたその他の作品にBS-i「東京少女・セピア編 疾走少女」、NTV「トンスラ」第10話、またCXアニメ「ミチコとハッチン」などがある。

「海炭市叙景」 「海炭市叙景」2

――今作の製作は「映画芸術」に製作資金の募金の広告を見て知りました。その製作方式からも並々ならぬ姿勢を感じました。こちらが実際に作品を観て、そのことを思い出したのは、大型船のタンカーの出港式で井川颯太役の竹原ピストルさんが動く大型船と共に駆け出すシーンです。あのシーンで竹原さんを動かすのは現場での思いつきだと思うのですが、いかがでしょうか?

熊切 何でそう思ったのですか?

――助監督などの現場での経験から、ああいう1回しかないような実際の式にあわせての撮影でカメラをあんなに激しく動かさないと思うからです。あの躍動感が今作の現場の熱さを伝えていると感じました。

熊切和嘉監督熊切 確かに、普通はああいうふうには動かさないかもしれないですね。実はあの進水式は2回を撮って、編集で組み合わせています。最初はクランクイン前に実景だけ狙って、二回目の時に会場の片隅で俳優に芝居をさせました。実景の時に「とりあえずこれだけあれば大丈夫」と思えるような圧倒的な引きの画を撮れていたので、俳優をからめる時は、「普通に撮っても面白くないよな」と近藤くんと盛り上がって、竹原くんを走らせることにしたんです。進水前に何度もシミュレーションというか、船が動き出したつもりでテストは繰り返したんですが、いざ本番となると思いのほか船が早く動きだして、しかもその動く速度も予想していたより遥かに早くて…もしかするとその慌てた感じが逆に躍動感に繋がったのかもしれない(笑)。

――初めの助監督の現場が「ザザンボ」でした。

熊切宇治田 それは大変な現場だ(笑)。

――いえいえ。同じように現場でのコントロールが大変そうだったシーンに立ち退かない一軒家の周りをダンプカーが数台、通るシーンがありますね。

熊切 あのシーンは、もちろんダンプカーの動きを指示していますが、うまくいきました。

――立ち退かない老婆のトキを演じた中里あきさんは、適役でしたが女優ではないような演技に感じました。

熊切 中里さんは街でスカウトした一般の方です。実はロケハンで函館にいる時に一度色々あってプロデューサーとヤケ酒したんです。ベロンベロンになった勢いでそのまま裏町の方へ行ったら、そこにイメージしてたトキそのものみたいな中里さんがいたんです。

宇治田 トキにぴったりの女性を見つけたという電話がありました(笑)。

――でも、そこから映画に出演させるまでに持っていくのはかなり大変だったのでは?

熊切 だから、お店に何度も通いました(笑)。出演してくれることになってホント良かったです。それからトキが飼ってる猫のグレも中里さんのとこの猫で、これもイメージ通りでした。今回の映画には、こういう奇跡的な出会いが結構あったと思います。

――さっき話しに出た「ザザンボ」も基本的に素人を起用していたのですが、素人の方は1回目の演技が一番よくて、2回目以降は意識して演じてギコチなくなってしまうことがありました。その点はいかがでしたか?

宇治田隆史氏熊切 逆にうちの場合は、プロの俳優と一緒に芝居をするってこともあったと思うんですが、その人が「その場にいる」って感じに見えるまで何度もテストしましたし、テイクも重ねました。平気で10テイクいくこともあれば、4テイク目くらいにふいに吹っ切れたように良い芝居をする人もいました。中里さんの場合も最初のうちは台詞を一言言うたびに救いを求めるように僕の顔を見たりしていたんですが、徐々に慣れてきて、ある瞬間から吹っ切れたようにトキそのものとして台詞を相手に喋ってました。

――この映画の奇跡的なことのまた一つですね。今作は脚本の構成から「クラッシュ」やこの作品と比べられそうですが(「マグノリア」のDVDを出す)、あえてそこも避けているようにも感じました。

宇治田  特に考えていません。

――実はこの作品を意識しているのかとも思ったですが(「雨月物語」のDVDを出す)。観ているときに、撮影も含めて想起しました。

宇治田 「雨月物語」も意識していないですね。監督が書いたラフなプロットは、原作から4つのエピソードを抜いて構成していて、どちらかと言えば「クラッシュ」のようになっていましたけど。ただ、何か少し違うなと思い、熟考の末に3つのエピソードを新たに加えて、今の脚本になりました。

――そのエピソードを選ぶポイントはどこにありましたか。

宇治田 プロットのトーン、これは監督の持ってるトーンとも言い換えられます。そして、原作の書かれることがなかった結末、そんな事を考えながら映画版としてのテーマをまず原作から探し直す。それに沿って、パズルを組み立てる様にキーワードを抜き出した気がします。なのでポイントはテーマを再構築できるか否か、だったかと。

――それぞれのエピソードが交差する塩梅がすばらしかったですが、エピソードのつなげかたで気を付けた点、こころがけた点はありますか。

宇治田 交差する箇所でのことですか?個々のエピソードのことですか?交差する箇所では特に何かに気を付けたりって事はなかった気がします…。あ、いや、分からないです。路面電車に皆が乗っている、それを博の父親が運んで行く、書いている時には何かしらの事はあったとは思います。言葉では言い表しにくいですが、ほんの僅かな感情の揺れみたいな。個々に関しては、大雑把な言い方をしてしまいますが、投げっぱにしてしまう事でした。完結させないと言うか。

「海炭市叙景」3――三浦誠己さんは「結び目」でも光っていましたが、以前から注目していた俳優でした。以前の熊切監督作品の「フリージア」のように、キレた役が多かったですが、今作では抑えた演技を要求される役です。三浦さんは強いていえば、ゲイリー・オールドマンに似たテイストを感じる俳優で、今作は「ハリー・ポッター」シリーズや「バットマン」シリーズのオールドマンのように普通人の役だなとも思いました。

熊切 それは本人はも喜ぶ例えかもしれないですが、三浦くんは、この役に困っていましたね。台本を読んで途方に暮れたと。

――そうだったんですね。三浦さん演じる荻谷が連絡船に乗るときのシーンでの風景が、ジャ・ジャンクーなどの中国映画のようで印象的でした。近藤くんのカメラが冴えています。

熊切 あのシーンも、船が海に出る前は吹雪いてて山も全く見えなかったんです。あの船は青森行きなので、一度乗ると8時間は帰ってこれないんですよ。だから乗るかどうかぎりぎりまで迷ったんです。で、乗ったはいいけど、船が動き出しても視界はゼロで、山がどこにあるのかさえ分からない。でも乗ったんでとりあえずカメラ回そうって感じで本番いったら、雪曇が徐々に薄くなってきて、山のシルエットが見えてきたんです。あれは奇跡的でしたね。

――宇治田さんも撮影現場には立ち会っていたのですか。

宇治田 いえ、一度だけ見学には行きましたが。

――16mmを35mmにブローアップした荒さもよかったです。路面電車の運転手を演じている方は原作者の佐藤泰志さんの同級生の方だと聞きました。

熊切 そうなんです。本当に多くの方の協力でできた作品です。

――その熱意が映像から静かな激情のように伝わってくる作品でした。ジム・オルークの音楽も音響的でとても映画にあっていました。

熊切 ジムさんとは何度か飲みながら打ち合わせして、音楽の入れ所とイメージは伝えていたのですが、出来上がった曲を聴いて、「本当にこの人はこの映画のことを分かってくれていたんだなあ」と、感激しました。

熊切和嘉監督&宇治田隆史氏――宇治田さんはそのジム・オルークの音楽を聴いてどう思いましたか。

宇治田 初めて聴いた時は、どうだったですかね…?ちょっと思い出せないです。初号の時だったので、音楽だけに集中していたわけではないですし。ただ、ずっとどういう音楽になるんだろうとは思っていて、「あ、こういう風になったんだ」って感じたのは覚えています。

――熊切監督と宇治田さんは『アンテナ』以来ずっとタッグを組んでいるわけですが、『海炭市叙景』に共に取り組んで発見した相手の新しい一面や、これまでの作品と違った点などはありますか。

熊切 どうなんでしょう…(笑)。新しい一面といえば、今までは二人で一緒にシナハンへ行ったとこなんてあんまり無かったんですが、今回は初稿が上がった後だったかもしれないけど、シナハンに行ったんです。そこでのウジの仕事ぶりというか、意外とウジはマメにメモするんだなあって(笑)。

宇治田 これまでと違った点…。監督と顔を合わす時間が極端に減ったとか、遂に2時間を超えたとか(笑)? でもまあ、脚本を書いてる時はいつもと変わらない調子のつもりだったですけど、終わってから振り返ってみると、何かしらの違いみたいなのが自分にはあったんだなとは思いましたよ。自分ですらこの調子ですから、相手の事なんて…。ただ何かしらの化学反応は無意識でもお互いにあったんじゃないかなとは思っています。

――映像も音も劇場で味わうべき作品だと強く思います。本日はありがとうございました。

(取材:わたなべりんたろう 撮影:内堀義之)

海炭市叙景 2010年 日本 第23回東京国際映画祭 コンペティション出品作品
監督:熊切和嘉 原作:佐藤泰志 (クレイン刊「佐藤泰志作品集」所収/小学館文庫刊)
脚本:宇治田隆史 音楽:ジム・オルーク 製作:「海炭市叙景」製作委員会(アイリス、スクラムトライ、日本スカイウェイ)
出演:谷村美月,竹原ピストル,加瀬亮,山中崇,三浦誠己,南果歩,小林薫 他
配給:スローラーナー 配給協力:シネマ・シンジケート (c)2010佐藤泰志/『海炭市叙景』製作委員会
2010年/日本/カラー/35mm/DTSステレオ152分/
公式

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佐藤泰志作品集 [単行本]
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2010/12/29/17:28 | トラックバック (9)
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